2012年1月22日日曜日

古都の風情が漂わない京都

はんなりした京都駅
  大河ドラマの『平清盛』をみていた。その中に、羅生門と思われる壊れている門が見えた。言わずと知れた羅生門。これは現在の京都駅にあった。その門の中が洛中。外が洛外。京都市に勤めていた時、『〇○さん(芸能人だったりする)が入洛する』なんて言っていた。未だに『入洛』と言うというのに驚いたものだ。さすが京都と思ったりした。

  でんは現在の羅生門である京都駅。あんまりでは無いだろうか。。でかすぎるのである。。別に大きな大きな駅が京都に必要だとは思わない。それにこの駅のおかげで道路が南北で寸断され、京都市民にも評判が悪い。京都に初めて住みだした2002年。僕は京都駅南に降り立った。さあこれから京都ライフだ!なんて思っていたのだが、あまりの汚さと京都駅の大きさに、これからの未来に黒い雲がおりた気がしたものだ。また京都駅の北側の看板の多さは、いかがなものだろうか。観光客が一番最初に見る物が宣伝用の看板になっているのである。その看板の後ろには赤と白の京都タワー。僕のがまだ幼い頃。テレビでウルトラマンが流れていた。ウルトラマンが怪獣と戦うのだが、多くの場合赤と白のしましま模様の塔やコンビナートの周りで戦っていた。なのであの塔を見るとウルトラマンを思い出す。けして京都らしくはないと思うのだ。

風情漂う京都タワー
  だが京都駅や京都タワーが好きな人々もいる。京都駅は有名な建築家が作った(名前は忘れました。。)僕には、どのようなつもりで作られたのかは理解できないし、するつもりも無い。好きな方々から言えば、あの大きな箱を考え抜いた想像力はすばらしいそうだ。でも京都じゃ無くてもいいのではないか。。またタワーは灯火(ともしび)をテーマにしているらしく、そのコンセプトが好きらしい。なのであのカタチが素敵だそうだ。。『デザインってそういう物でしょ』、なんて言われた事がある。特にデザインに詳しい、世に言う『できるデザイナー』にこの意見は多かったりする。灯火であのデザイン。。『えっ、しゃれじゃね?』なんて僕のような適当な人間は思ってしまう。以前に京都の共産党の方が議会で『観光被害』なんて事を言われていた。つまり京都は観光地だからといって、古都を強調する必要はなく、京都市民のために便利な物を作れという意味だと思う。しかしだ、京都は京都であるから京都なんだと思う(ややこい。。)

  以前京都市観光企画課に勤務していたとき、京都の通りに多くのハングルがあった。これは日韓ワールドカップで、韓国から多くの人々が来る事を想定し、京都市の思いやりでできあがったのだが、『そろそろ辞めません?』って僕は上司にとうとうと言った事がある。あった方が良いという意見も合ったのだが、若手を中心として賛同してくれて、『無しって方向で。。』って事になった。京都は日本の古都。ハングルが氾濫していたら、その文字自体が自己主張し風情が一気に日本で無くなる気がしたのだ。僕のような思いやりの無い日本人も、少しは世の中のためになったのだ(と思う。。)共産党の方に怒られるかもしれんが。。立上がる気がさらさら無い世界の労働者の一人である僕には、そう思えてなりません。

  京都はもう少し観光を考えた方が良い気がする。タワーや駅だけではない。嵐山に美空ひばりの記念館やジャーニーズショップなどいらない気がするのだ。本当にこれで良いのだろうか?

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