2013年6月28日金曜日

『日本ふんどし協会』 へのいざない

   和の心を知る僕は、自宅では和装が多い。設計を生業(なりわい)にしているくせに、クーラーも断熱材も網戸もないむさ苦しい小部屋でお仕事をしている僕は、大抵は甚平 (じんべえ) を来ている。そして足下は下駄だ。いろいろ試したが、日本人だからだろうか、やはりこれが一番落ち着く。実はこの習慣は年季が入っている。まだ僕がアメリカでマスコミ関連のお仕事をしていた時、堂々とジーンズに下駄でお仕事をしていた。会社所有のフォルクスワーゲンのオープンカーを下駄を履いて乗りこなし、フリーウェイを140㎞で飛ばしていた。横には金髪の姉ちゃん (部下) である。不思議なものでこれを履いているとアメリカ姉ちゃんにキャッキャ言われるのである。そんな僕ではあるが一つだけまだ挑戦し切れていない和装がある。褌 (ふんどし) の事である。

   まだ日本が戦争をしていた頃、日本の兵隊さんらはもちろん褌だった。これは軍が支給していたからだ。軍隊というところは独特の世界で、娑婆(しゃば)っ気を抜く必要があり、今でも世界中の軍隊ではパンツまで支給品というところが結構ある。我が帝国陸海軍で支給されていたのが越中 (えっちゅう) 褌。これは褌の究極のカタチである。越中褌はヒモと布だけで出来ていて、とても潔く清々しい。女には分らない世界がここにはある。

   どことなく古くさいイメージがあるが、実は医学的には良い下着と言えるようで、最近では女性も付けいている人だっているそうだ。医学的に言えば褌は締め付けないので血液やリンパの流れを妨げない。また適度な通気性は菌の繁殖を妨げないようである。それに前方は布が2重になっているのでポンポンも冷やさないらしい。確かにブリーフは通気性は悪い。トランクスだって通気性は褌には勝てんだろう。それにブリーフは緩むとどうもしっくりこない下着であるので、リンパの流れをうんぬんという観念では作られてはいない。だから僕らの壇蜜さんは褌を締めていたんだと今更ながら気づいた。

   褌のことをインターネットで調べているととんでもない物を発見してしまった。日本には 『日本ふんどし協会』 というものがあるらしい。ふざけているのか。。と思ったらこれが結構真面目にふざけている協会である。バレンタインデーである2月14日を 『ふんどしの日』 に決めているそうだ。協会曰く、バレンタインデーに褌を送る女性は、知的で (ふんどしの日を知っているという意味で)、ユーモア精神があり、そして相手の健康を考えてい素敵な女性なのだという (詳しくは協会のホームページで読もう ! ) 年取るとな~んもワクワクせず、ホワイトデーの出費の事ばかり考える日を 『ふんどしの日』 としている所が気に入った ! そして 『ベストフンドシスト』 を選んでいる。。受賞されているのは元NHK女性アナウンサーである住吉美紀さんや、いとうせいこうさん、そして僕らの壇蜜さん。。実に本気である。。

   住吉美紀さんが 『今年もフンドシの季節がやって来た~』 とブログか Facebook で書いていたようだ。じ~くり考えてみた。。う~ん、機能美が分っている。。実にカッコイイ女性じゃないか !! と感動した。僕も褌にしてみようかとちょっぴり思って来たので、軽くだが自分のボクサータイプのブリーフを締め上げてみた。う~ん、実に良いと息子が笑ってらぁ~ !!

   う~ん、ナイスふんどしっ !!

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大まじめにふざけている人って美しい !!

2013年6月27日木曜日

断捨離のひびきあり

   僕は宮崎の田舎町に住んでいるのだが、我が町のゴミ捨ての規則はややこしい。燃えるゴミと不燃物はもちろん別ける必要はあるし、プラチック類などももちろん別けねばならない。そしてスチールとアルミは別けねばならないようだしキャップもしっかり外さねば受け取ってはもらえない。おかげさまで僕の6帖の小部屋には大きなゴミ箱が4つもある。実にめんどくさいが仕分けねば町の方々からおしかりを受ける。正直言えばこんなめんどくさい生活をせねばならない町からさっさか引っ越してスモールハウスなどを建てたいのだが、年老いた婆さんの面倒を見なければならないのでそういう訳にもいかない。ここは一つ断捨離を実行してみようかとガラにもなく思ったりしてみた。

   断捨離とは2010年の流行語大賞にも選ばれた言葉で、断捨離を実行する人々のことをダンシャリアンという。どこか斑点がいっぱいある犬のような名前だが、そう言うらしい。この言葉は基本的にはヨガの行法であるところの 『断行』 『捨行』 『離行』 から来ている。それらの行を実践することにより、人生や日常生活に不要な物を断つ、または捨てることで物への執着から解放された身軽で快適な人生を手に入れようという考えだ。よくよく考えれば断捨離。。諸行無常の響きさえある。さすがはお釈迦様がお生まれなはったインドだけはある。そんな事を考えるインド人ってすげ~

   前々から書いているがスモールハウスを作りたいと考えて入る。僕が考えて入るスモールハウスは小さいのは3坪から大きいのでも10坪ぐらいなので、住むには断捨離は絶対に必要な考えである。小さな家に沢山の収納を入れるのはもちろん設計するのは可能であるだろうが、基本的には物を持たない生活あってこそのスモールハウスである。物を持ち込まない考えで生活しなければ、僕の部屋のようにゴミ箱だらけとなり住空間として不便である。

   ふとそんな事を書いておきながら自分の部屋を見渡せば本があちらこちらに散乱していた。。設計のお仕事は本を沢山読まねば仕事にならないからである。ぱっと見300冊は超える本が僕の部屋にあるじゃないか。。既に本棚は占領されてベットの上にも本があるし、それにどうでも良いがダルメシアンが欲しくなってきた。。

   インド人への道はまだまだ遠い。

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宮崎以外の方々しか注文がこないんだな。。
スモールハウスって。。
土地余ってるからな。。

2013年6月26日水曜日

木製サッシが町を変える

これ設計した人、カッコイイ
   僕が26の時にアメリカから日本に帰って来て強烈に感じた事は日本の町並みの汚さと、その家々の陳腐さであった。アメリカから見渡す日本はそれはそれは美しく、宝石箱のような国のように思えたのだが、日本に帰って来てこれほどちゃっちい生活が待っているとは思いもしなかった。日本に帰る前にアメリカで勤めていた会社から日本法人の立ち上げの中心メンバーとしてやってくれないかと誘いを受けていた。だがこれでは日本があんまりだと思い、今まで勉強していた専門分野や築いてきたキャリアを捨て一大決心で建築業界に入った。それから考えて見れば10年近く立つ。いっぱしの設計士となって家を作る立場になったわけだが、相変わらず日本の家はちゃっちいし、そのちゃっちい家を作ることを実質強要されている。。だが何とかしたいのだが、ちゃっちい事があたりまえの基準となってこそ成り立っているのが建築業界ではある。そこを何とかしたいと日々悶々としている。日本の家のちゃっちさの象徴としてあるのがアルミサッシだと僕は思う。これを変えて木製のサッシや鋼鉄製のサッシ(戦前の公共施設は多かった)に変えるだけで町の雰囲気は変わると思う。

   日本にアルミサッシが一般的に普及したのは戦後のことであろう。普及した理由は明快だと思う。安価な既製品だからだ。アルミは比較的低温で折り曲げることが出来るので寸法にくるいが少なく、また材料自体もそれ程高くはない。昔の家々には木製のサッシが多かった。それらは手作りで安い木材を使っていたので、経年劣化と共にすきま風が吹く。それを嫌ったという事もあるだろう。日本は戦後、一生懸命に働き、得た給料で昔からある伝統的な生活と家々を壊して、妙な新築を建ててきた。そのため家には安いサッシが求められ、そしていつの間にやらアルミサッシが標準の国となってしまった。

木製サッシです
   アメリカの窓枠にアルミサッシを使っている家を僕は一度も見た事がない。アメリカ人の美的感覚には合わないのだろうと思う。ではアメリカで一番使われているサッシは何かと言えば木製と鋼鉄製 (スチール) のサッシだ。僕の経験であるが、ちょっとお金がありそうなお家は木製のサッシを使い、一般的な住宅やアパートメントは鋼鉄製だったような気がする。もちろん鋼鉄製のサッシに錆が出るのはアメリカ人は許せないようで、しっかり塗装で化粧をしていた。

   ではアメリカでその木製や鋼鉄製サッシが高いのかと言えばそうとは言えないだろう。昔から日本と違い大量生産するお国柄である。職人がまちまち作るのが好きな日本と違い、欧米の国々はいかに美しい物を安く作るかに情熱を傾けるからである。日本で木製サッシが消えていったのには木製サッシの既製品化が遅れたという理由もあるのだと思う。

   木製サッシはくるいがでると大工さんらは言う。そのとおりだ。だが木製サッシはもちろん擦れて行くと削れるので、くるいが少々出たからと言って閉まらないという程でもない。また木製は燃えるじゃないかという人もいる。もちろん燃えることは燃える。だが木の大きな特徴として、火災時などに木の表面は燃えるのだが、あくまでそれは表面だけであり、内部は火災により炭素化した表面部分が酸素をシャットアウトし実際は燃え落ちない。ではアルミサッシはどうかと言えば、ある程度の温度まで上がると溶け落ちてしまう。また木製は腐るじゃないかとも言う。だがアルミだって塩害のある地域(海の近くなど)ではしっかり錆びる。表面的には錆びていなくても、内部の歯車やクレセントが錆びてくる。またアルミはよごれが目立つし、それに耐久性が低いので傷がつき安い。要はメンテナンスが重要であるだけである。

   アルミサッシの特徴として結露しやすいという事がある。結露は空気中の水分が冷たい面にあたることにより、その表面に水滴として現れる物であるが、アルミは熱伝導率が高いので結露しやすい。だが木は結露はし難い。熱伝導率が低いからである。だがアルミサッシの一番の特徴はその質感のなさであろう。木製のと比べれば一目瞭然であると思う。要はちゃっちいのである。

   僕は日本の町から木製や鋼鉄のサッシではなくアルミサッシが当たり前の時代に生まれて来た。だがよくよく考えると僕が生まれる30年前ぐらいまでは木や鋼鉄が当たり前であった。アメリカなどの諸外国と日本を比べて、いかに日本が陳腐な家に住むのが当たり前になっているのかよく分る。木製サッシの工業化は大分進んだ。だが値段はまだまだ高い。だが日本の町並みを美しくするために木製やスチールが普通に普及する時代が来ることをせつに願っている

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少しでも日本を綺麗にしたいだけです。

チェーン店と景観問題

   僕が人生初のコンビニに寄ったのは確か1994年の事だったか。まだうら若き純朴な高校生だった僕は部活の大会のため宮崎市内に寄り、その時に初めてコンビニという物がこの世にあるのを知った。そこは多分ローソンだったと思う。その美味しい牛乳が売ってそうなユニフォームのお店で、おにぎりはお金を出して買う物だと知った。初めて食べたシーチキンマヨネーズ味のおにぎりはとても美味しく、誰がこんなに美味しい組み合わせを考えたんだ。。フランス人かな。。と妙に感動した。その時の感動が忘れられず、今でもコンビニで買うおにぎりはシーチキンマヨネーズである。

   僕が人生初の吉野家の牛丼を食べたのは1995年の春だった。福岡の天神のど真ん中にあるだいだい色の看板が妙に斬新で気になったので入店した。狂牛病以前の吉野家である。メニューを見たのだが、メニューに牛丼ぐらいしか載ってないのに驚きつつ人生初の牛丼を食べた。育ちの良い僕は、実家では牛丼は出たことがなかった。初めての牛丼は、僕の想像を超えていた。これほど美味しい食べ物はこの世にないのではないかとさえ思った。僕はその後アメリカに留学した。そこでアメリカにも吉野家がある事を知り、サンフランシスコの吉野家に車を転がして出かけた。サンフランシスコ市内にある吉野家はほぼ日本と同じ味だる。発泡スチロールのどんぶりは最悪だし、生姜を多くとったら中国系の店員からあからさまな悪口を言われるが、これを食べると日本を思い出し泣いたもんである。

   僕が一応所属する工務店は宮崎県は西都市にある。ぶらぶらと運転していると工事中の店舗が目に入ってきた。すき屋 (だった気がする。。) がいつかは知らないがOPENするらしい。ついに西都市にも牛丼チェーンができるんかいなとちょっとだけにんまりした。また先週だったか、今ならポイント2倍のヤマダ電機さんが西都市にもOPENしたようだ。町中に警備員が沢山いたところを見ると、繁盛しているようだる。ますます西都市は便利になるだろう。喜ばしい事ではある。

   だが、これで本当に良いのだろうかと立ち止まってしまう。確かに便利になるのは大歓迎ではある。だが、大手チェーン店は日本中どこの町に出店しても同じ建物をど~んと作る。設計士という職業は国から町並みの形成を委託されている仕事である。僕からみれば日本全国同じ建物が乱立するのは実には面白くない。それにその建物の工事に地元の業者が入れるかと言えばそうでもないし(簡単な工事は入れるだろうが。。)、それに大手チェーン店は看板が大きすぎるきらいがある。その看板の色と大きさは、昔からある町並みにとてもそぐわないし、それに町の景観にも良いとは言えないだろう。どうも配慮さえ必要無いと言わんばかりの建物である。

   こんな問題は日本中に溢れている気がする。日本の市町村は景観条例を設けていないところが多い。僕は思いきった規制を設けるべきだと思う。その規制は建物の色の規制や看板などの広告物に禁止も含む思い切った設けるべきだ。既に日本は金太郎飴のような町並みである。これを嫌だと思う人々は実に多い。今なら多くの方々が賛同はしてくれると思う。

   宮崎は景観に関する規制は少ないし、その意識はほぼゼロに近い。だが今から動くべきだと僕は思っている。他国はその努力はちゃんとしているのだから。

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2013年6月25日火曜日

富士山ついでの三保の松原とその景観

見ない努力
   ブログが遅れて申し訳ない。お客様と打ち合わせをして帰って来たのが。。0時15分。。できるだけ一日一回はブログの更新をしようと思っているのだが、間に合わせようにも間に合わなかった。。晩飯も食べていないのでお腹はぐ~ぐ~、朝からずっとパソコン見ているので目はしゅぱしゅぱ、だが頭はコーヒーの飲み過ぎでギンギラギンだである。。

   実にめでたい事に、富士山が世界文化遺産に登録された。そして、これまたおめでたい事に三保の松原も富士山ついでに登録された。実に喜ばしい事である。富士山はやっとこさ感はある。だが富士山は一度しか見た事がないのに何となく富士山が大好きな僕は新聞を見て涙した。それにしても、あの三保の松原も登録して下さったユネスコさんは誠に粋な計らいである。きっと草葉の陰で歌川広重 (有名な浮世絵画家です) も喜んでいるはずだ。しかし、ユネスコさんもよ~く富士山の事が分っとる ! 大きい声では言えないが、2日前まで三保の松原の事を知らんかった僕でさえ、三保の松原と富士山はワンセットな気さえするじゃないか !

   三保の松原をついでに登録するにあたって、各関係者さまらは大変な努力をされたと聞いている。なんせ最初は三保の松原は除外勧告が出ていたからだ。ユネスコさんが言うには富士山から45㎞も離れとるんで、いらんじゃろ。。という事だったらしい。それにユネスコの担当者さんが三保の松原に来られた際には、消波ブロックや松林と海岸の狭間にあるコンクリート壁を気にされていたそうだ。そりゃ気になるだろう。景観に関しては日本はウルトラ後進国。日本人は意図的にそのブロックやコンクリート壁を見ないよう普段から訓練しているが、外国の方々は自分の国でそんな訓練する必要はない。普通はそのような物を見ていないので気になってしょうがないのだろう。それをひっくり返した方々は実に良い仕事をしたと本当に思う。

見ない努力
   だがこれからが大変なのは確かだと思う。ユネスコさんからは2016年までに保全状況を報告するよう求められているからだ。つまり我々日本人はそのブロックなどを何とかしろと言われているのに等しいと言える。三保の松原にあるブロックやコンクリート壁は波からの浸食を防ぐために設けられている。それらを撤去すれば三保の松原はますます砂がなくなる可能性があるからやっかいである。

   そもそもこの浸食の原因は、1960年代に安倍川により流された土砂を大量に採掘したこと、安部川での砂防ダムや護岸工事など、川から供給される砂や礫の減少により、波や沿岸流で供給される流砂と波によって侵食される土砂の需給バランスが崩れたためと考えられている。つまりブロックを無くすためには阿部川での砂防ダムや護岸工事などを含む一体的な保全計画が必要となってくる可能性もあると言える。もちろんその一体的な保全計画を実施するには、莫大な予算が必要だろう。景観を一度壊したバツがこのようなところに回ってきているとも言える。

   一つの世界を守るのには単に一つの物をどうこうすれば良いという物ではない。ボルヴィックという水がある。ヨーロッパには珍しい軟水で日本でも人気が高い銭払って飲む水である。このボルビックの味を守るために厳しい規制があるのは有名だ。一つは水源の周りや上流では農薬は絶対に使ってはならないという事。ではどうやって害虫駆除をするのか?害虫を食べる虫 (テントウムシ) などの住みやすい環境を人工的に作ったり、虫が近づきたくない植物を植えたりしているそうだ。また地上・地下を問わず水源地周辺での建築物の建造を一切禁止したり、産業規制を行ったりと実に厳しい。そんな事をフランスはしている。

   これが日本だとどうだろうか?ある水が人気が出たとすれば、大中小企業問わず、ついでに中国人がその土地と水を買い独占するだろう。地元の観光協会さんは 『水の里〇○』 という看板は立て村おこしを始め、観光客が気安くその水を手に入れれるよう道路を敷く。そこにはフランスのような規制はなく、もちろん環境や景観を守ろうという気持ちはあっても見ない努力を自らに課す。そんな気がする。

   我々は富士山ついでの三保の松原の世界遺産登録で、景観や環境保全を複合的に考える必要性をユネスコさんから言い渡されたようなものだと思う。少しは日本人もフランス人を見習った方が良い気がしている。

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嗚呼、富士山言ってみたいわ。。

2013年6月23日日曜日

新しい朝が気持ちええ~


   今日は宮崎市内のカフェでお仕事をしていた。明日に提出する予定の図面があと一歩で出来上がるのだが、どうも僕的にしっくり来ないので気分を変えるためだ。15時半過ぎであったか、友人から電話があった。その友人は日曜日しか休みがないので、飯でも食いに行きたいのかと思って電話に出たのだが、 『〇○君(同級生)の父親が亡くなったので通夜がある』 と言われた。病気なのは知っていたのだが、急なことなのでこちらもびっくり。 『んで通夜はいつなん?』 と聞き返せば今日の18時からなので、17時前には向かえに来るという。『おい ! ちょっと待て ! 背広の準備もしていないし、それに僕は宮崎市内だぞ ! 』 とは言ったものの、同級生の父親かて好きで死んだわけではない。ママよ ! 息子には世話になっとるんで行かねばならん ! って事で宮崎市内から 30㎞ 離れた我が家まで車をぶっ飛ばして帰り、風呂に入って髭をそり落とし、銭包んでお通夜に行って来た。ただ慌てていたので、ズボンのベルトは締め忘れていた。。ネクタイピンも忘れていた。。靴下は赤だったのでさすがにコンビニで黒靴下を買った。。

   色々書きたい事は沢山あるのだが、実は仕事が超いそがしい。。何とか明日までに仕上げなくてはならない図面や、補助金を得るために申請しなくてはならない書類がたくさんあるのだが、通夜で (ついでに飲み方で。。) 帰って来たのが22時半。。って事で今から仕事します。。

  って事で今日は音楽でごまかします。Michael Bublé さんで "Feeling Good" です。単に 『気持ちええ~』 と訳すべきではなく、新しい日が始まるという意味で気持ち良いという事です。
 
It's a new dawn
It's a new day
It's a new life
For me
And I'm feeling good
   って良い歌詞だと思うんですが。。どないでしょう?

   不謹慎かな。。新しい日々が〇○君に始まると考えて頂くって事で。。

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今から朝の2時までがんばります。。

2013年6月22日土曜日

車を止める門を作る

   門を作ろうとしている。よくあるような洋風の名札と郵便受けがあるようなものではなく、車を置けるような本気の日本的な門である。予算もそれ程かけずに 『かろやか』 な門を作りたいと考えている。敷地は住宅街の真ん中にあり、入口は東からの15メートルほどでしかない。かといってシャッターがつける事が出来るほどの予算はないので、車は一度敷地には行ってから、ぐるりと周り駐車せねばいけない。だが門があることによりその家の目隠しにもなる。敷地の東側を少しだけセットバックした場所に紫陽花(あじさい)などを生けるとそれだけでよい雰囲気の門が出来上がると、ぼんやりだが思っている。セットバックすることにより、車を出し入れする際に楽だからという理由もある。問題は時間がないこと。明日には提出しなくてはならないし、それに予算も厳しい。だが。。大工さんらが本当に作ってくれるか。。これが一番問題なのではある。

   日本の家を考える時に門は重要な要素の一つと言える。門があったのは基本的には裕福な階級の人々。公家や上級のお侍、また成功している商家といったところだろう。門は威厳をはるため、または外部からの敵や賊から家を守るために設けられた。なのでそれらの心配がない家々は門と呼ばれるほどの門は持っていないところが多い気がする。

   ふと考えてみた。西洋の場合、門らしい門を持っている家は少ない気がする。もちろん、あるにはある。だが西洋の門はステータスという意味合いの門ではなく、どちらかと言えばセキュリティーという意味合いでの門である気がする。大抵は鉄のゲートで装飾が入っている感じのがビューティフル ! その程度である。

   だが日本の門は屋根がついている物が多い。やはりその一番の理由は木製だからだろう。木製の門の上部に屋根がないと雨量が多い日本ではどうしてもその門は朽ち果てやすい。朽ち果てた門ほどみすぼらしい物はない。家の顔であるから、そのあたりは重要なのである。

   ぼんやりとだが、旗本屋敷のような門が作りたい。だが本格的な物を作れば、もちろん予算オーバーとなってしまうので、そこは違うデザインに持っていく必要がある。最悪の場合も考えて植栽でごまかすか。。または、カーポートを買ってくるか。。まあ、そこは避けた方が良い家になるんだが。。

   う~んどうしたモンかね。。

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今日は高鍋のモスで1日ねばります。
がんばろう。。

2013年6月21日金曜日

台風小咄(こばなし)


   昨日は、ブログが書けなかった。施主さんと打ち合わせをして、家に着いたのが11時過ぎ。。とてもではないが、ブログには手が出なかった。申し訳ない。まあ、何とか良い図面が上がってきた。あと少しである。図面を書いていて思うんだが、最初は細かく作っているが、最後は気合いで仕上げる。現在、気合いの一歩手前の状態である。出来上がりが楽しみではある。

   台風が近づいている。午前8時半現在、僕が住む宮崎では小雨が降っている感じだ。これから昼過ぎにかけ 150 ㎜ の雨と風速 25 m の風が吹くそうだ。にわかに信じがたいが、そうなるらしい。僕としてはちょっぴりだがありがたい。というのも蒸し風呂のような素敵な我が事務所 (クーラー無し、断熱材無し) では、ちょっと雨が降ってくれた方が過ごしやすいからである。現在快適な環境で仕事が出来ている。台風さまさまである。だが、ふと考えてみた。僕が住む宮崎で台風の直撃は久しぶりではないだろうか。僕が宮崎に帰ってきたのは4年ほど前ではあるのだが、どうも最近は直撃はほとんどない気がする。南九州なので台風にはもちろん慣れているのだが、台風らしいごっつい台風はここ数年は来ていない気がしている。

   宮崎などに生まれると、台風はさほど恐くないし毎年の通例行事のようなものである。あっ、台風来ているね。。ぐらいである。幼い頃は、台風が沖縄辺りを通過する頃になると、うまいこと宮崎を直撃し学校が休みにならないかワクワクした。だが文部科学省の指導よろしく、台風さんは熊本の方へ去って行き、雨の中ずぶ濡れで登校。とても楽しくない。ワクワク感を返せ ! と嘆いたもんである。まあ、その程度の心持ちではある。

   だが京都に住んで初めて知ったのだが、それは台風慣れしている僕らだからである。京都の方々の台風のびびりようは半端ではない。僕などは、あっ台風来ちょるね ♡ って程度なのだが、朝っぱらから職場の人間はそわそわ。NHKを付けっぱである。四国辺りを貫通して北上しようものなら、敵機襲来とばかり周りが騒ぎ出し、上司がテレビの前から動かなくなる。神戸辺りまで台風が来ようものなら、総員退避命令が下る。 『そんなに、心配せんと大丈夫ですって。。』 とのんきな宮崎県民的模範解答を言えば、 『鴨川が溢れたら、どないしはります?』 と真顔で返された。。どう考えたって鴨川もそんなにヤワじゃないと僕は思うんだが。。

   台風も場所によりとらえ方が違うというお話である。

   あっ雨が強くなってきた。。せめて夕暮れまで降ってくれんかね。。

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雨にも負けず、風にも負けず。。
そんな図面書きになりたい。。
だが、暑さには毎度、負けている。。

2013年6月19日水曜日

床の間で死んでいる。。


   現在、個人住宅の床の間を設計中だ。設計と言ってもまだ基本設計の段階。結構良いプランを出して施主さんには気に入って頂けたのだが、床の間の風水が悪かったらしく変更要請が入った。僕は家を作る際、たたき台的な間取りを作っては行かず、がっつりはまった図面を持っていく。適当なプランを持っていくのは好きでないからだ。だが、後に変更となると対応が難しい場合もある。あまりにもがっつりはまったプランだと、部屋が動かせない場合が多く、容易に間取りを変更できないからである。って事で一日中悩んでいるのだが、まだ納得したカタチにはなっていない。。どうやら考え方を変えるしかないと思って来ている。。最近は住宅で和室を作るのが少なくなってきた。和室を作ったとしても、大壁 (柱が見えないタイプの壁) で整える事が多い。そんな和室には床の間がない場合が多い。床の間は必要ないと言えばさして必要無いからである。だがそれではどうもさぼしい。

   一般に床の間の認識と言えば、畳から一段高い場所にあり、正月やお盆などの時に母親が鏡餅や生け花を飾り、厳かにしつらえた空間と言ったところだろうか。そこには大抵は掛け軸がぶら下がり、どことなく華やぐ。和室という空間は床の間があると無いとではその輝きが違うものではある。それはこの空間が日本人にとってハレの空間である事とも関係する。


   床の間の起源は、鎌倉時代末期だったか。。に登場した書院造りに取り入れられた 『主君の座』 である。時代劇などで殿様が座っている場所だ。一段高くなっていて、殿様などはそこで下々の人間と話す事により、権威を表す場でもあった。そもそもトコという日本語は『永久(とこしえ)』などに使われるように永遠という意味を持つ。床の間をしっかり作るのも、その家の繁栄を願うという考えもあるようである。


   意外と知られてはいないのだが床の間の脇には窓を設置しているところが多い。その光取り窓には障子などがついており、ぼんやりとした光を取り入れている物もある。これは床の間を間接照明のように照らすためである。ハレの空間である床の間を浮き立たせるため先達が考えた工夫だ。実によく考えていると思わないだろうか?まあ、興味がない人には分らないだろうが。。


   って事で床の間についてもの凄く悩んで頭が一日中停止している。今回作る和室は大壁で一般的な和室ではなく、また4.5帖という小さな小さな和室だ。であるが単に畳を置けば和室にはならないだろう。やはり雰囲気もとても重要だからだ。って事でごっつい悩んでいる。。玄関も含めてたったの15㎡なのだが、それをどうやったら素敵なカタチに出来るんだろうか。。


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2013年6月18日火曜日

竜馬がいなければ 『少年時代』 は無かったかも


   いやいや、暑くて暑くてたまらない。僕は毎日会社に行き仕事をする人間ではなく、必要な時だけ会社で仕事をしている。会社に行かない時は地元の図書館や公園、またはマックや喫茶店で仕事をするのだが、詳細な図面を書く場合は自宅にこもる。さすがに資料をガン見しながらでないと詳細な図面は書けないからだ。だがクーラーも断熱材も網戸もない僕の部屋はさすがに暑い。シャワーを何度も何度も浴びる日々が続いて困っている。ふと夕暮れ時に仕事をしていたら、近所の子供らが網と虫かごを持って 『イケメンのおじさ~ん、こんにちわ ! 』 と挨拶をしてきた (イケメンのおじさんも読もう ! ) どうやら小学校をさっさか切り上げカブトムシを取りに来たようだ。もうそんな季節かいな。。と思った。僕らが小さいころはカブトムシ取りは夏休みに入ってからという妙な不文律があったのだが、今の子供らにはそんな不文律は関係ないのだろう。カブトムシをとる子供らを見て、夏休みは楽しいんだろうなと、ちと思ったりした。こんな暑い日の夕暮に少女らを見ていたら 『少年時代』 という曲を思い出した。

   幕末の奇跡と言われる坂本竜馬が長崎で亀山社中をやっていた頃の事、土佐から一人の若者が転がり込んできた。中江兆民のことである。フランスの哲学者であるルソーの社会契約論を漢文訳である 『民約訳解』 を世に出し歴史に名を遺した中江ではあるが、その当時はまだペーペーの土佐藩の留学生。藩派遣の留学生ではあるのだが、土佐藩もいい加減なもので、中江は長崎で学校に行く金もないどころか、その日の飯もありつけない始末だったらしい。そこで土佐の先輩であるところの竜馬がいる亀山社中に転がり込んだようだ。中江は向こうっ気の強い性格で、年上であろうと容赦なく批判する人なのだが、坂本竜馬は格別な人物に見えたらしく、竜馬に煙草を買いに頼まれると不思議と不満には思わず、ハイハイと煙草を買いに行っている。中江は生涯、坂本竜馬を尊敬し続けた。

   その兆民の門弟に幸徳秋水という人がいる。この秋水は 『萬朝報』 (ゴシップ紙のはしり) の新聞記者の時に書いた 『自由党を祭る文』 の 『ああ、自由党死すや』 という文はとても有名である。その後、社会主義・無政府主義にかぶれ大逆事件 (幸徳事件) で明治政府により死刑となる。天皇を殺そうとしたということらしいのだが、明らかな濡れ衣。愛人は本当に天皇を殺そうとしていたようだが、そのついでに社会主義者を一掃しようということだったようだ。。めちゃくちゃである。。その秋水は恩師であるところの中江を生涯尊敬していたようで 『兆民先生行状記』 という本さえ書いている。この秋水という名前、実は中江兆民から譲り受けた名前でもある。

   その秋水を尊敬していたのが、井上某(名前はわからない)土佐生まれのこの方は秋水とは懇意にしていたが、秋水が大逆事件を起こしたため、どうも土佐には居たたまれなくなったらしく、土佐を離れた。だが大逆事件で処刑された秋水を生涯尊敬し続け、自分の子供らには秋水の水をとって、水のつく名前をつけたそうだ。そのうちの一人に若水という方がいる。

   その若水という方は戦争で帰還した後に福岡県に住み着き、その地で歯医者を始めた。そのうちに長男が生まれる。その家の決まりごとのように水の名前を付けることになったようだが、幸徳秋水は処刑されたので、水に流れていくような名前は縁起が良くはない。よって水を揚げるで揚水(あきみ)となった。長じてこの少年は日本を代表するシンガーソングライターとなる。井上陽水のことである。本当は揚水(あきみ)なのだが、陽水(ようすい)の方が気に入っているらしい。
 
   もちろん井上若水がいなければ井上陽水はいなかった。そして幸徳秋水がいなければ井上若水さんという人はいなかっただろう。もちろん中江兆民がいなかったら幸徳秋水はこれほど活躍できたか怪しいし、坂本竜馬が亀山社中を作ってなければ中江兆民は長崎で野垂れ死んでいた。

   井上陽水は以前、 『アンドレ・カンドレ』 と名乗っていた時代があった。だが結局泣かず飛ばず。。陽水と名前を変えたのちに 『夢の中へ』 でヒットした。

   陽水という名前は結構なインパクトがあるし覚えやすい。坂本竜馬がいなければこの名前は生まれてこなかったのかもしれない。仮に陽水さんがアンドレ・カンドレで音楽活動をやめていたら、もちろんこの 『少年時代』 という曲が発表されていたかは大分怪しい。。

   そう考えると歴史は楽しくなる。。と思うんですが、いかがでしょう?

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2013年6月17日月曜日

屋外で使える暑さ対策

   ブログが遅れて申し訳ない。先日、お客さんにざっくりとした間取りプランを持っていったら大好評。一応、僕の会社の社長にも見せねばならんだろと思い会社に行ったら、社長にも大好評。社長もテンション上がり飲み方になったので帰りが遅くなった。。飲み方と言っても会社から代行で帰ったら6,000円取られるので、僕はお茶ばかり飲んだのだが。。気が付けば帰り着いたのは夜11時。。というわけでブログをすっぽかしました。。すみません。。

   熱いのである。実に熱い。。現在、18:20なのだが、僕が住む宮崎の気温は28度である。昭和の中頃に建てられた僕の部屋には断熱材は入ってなければクーラーもない。ほこりっぽい扇風機しかおいてない。。パソコンから出る熱気だけでもきびしいのに、網戸が無いので窓開ければ、何かとんでもない虫が入ってきてビビる。設計屋としてこれではイカンだろうとは思うのだが、給料の大半を本の購入に回してしまう貧乏設計屋としては銭がもったいない。一度だけつけようかと建材屋さんで物色したのだが、本よりも高かったので諦めて本屋さんへ行ってしまった。。まったく貧乏時代が長いのは一概に良い事とは言えない気がする。

   朝方、必ず我が家ではNHKのニュースを見るのだが、宮崎県からの発表で、今日のような暑い日には屋外で働くことの多い現場作業員などに熱中症対策を施すよう言っていた。僕は設計屋なので屋外での作業はしない。というよりしない事にしている。大工さんではないので、大工仕事は素人同然だからだ。それに設計のお仕事は本気で良い物を作ろうとすればもの凄く時間がかかる。なので昼間現場に行き、夜に設計のお仕事をするというのは体力的にも無理だし、お客さんに申し訳ない。だが希に屋外作業をする時はそれなりに暑さ対策をしている。

   僕の場合けっこう単純である。タオルを冷たい水に浸し、それを軽くしぼり、首に巻く。それに冷却デオドラントスプレーを吹きかけるだけである。これがあら不思議、ちょっぴり寒いぐらいに感じてしまう。僕が使っているデオドラントスプレーは OXY (オクシー) の Deo Shower だ。普通のドラックスストアーならどこでも売っている安い商品である。臭いもグレープフルーツの良い香りさえする。意外と現場で働く大工さんらもこの事は知らないらしい。なので彼らは普通のタオルに水を浸しただけである。もちろんそれでも涼しくなるのだが、タオルに含まれる水分の温度がすぐに体温と同じになるのであまり効果は長持ちしない。だがこの方法だと、タオルの温度はそれ程上がらないため体感温度は違うように感じると思う。タオルはちょっとびちょびちょぐらいがちょうど良い。その方が服に付着した水分が蒸発する時に体温を奪ってくれるからである。単純だが、良い方法である。

   騙されてると思ってやってみましょう。違いがすぐに分ります。

   だてに蒸し風呂でお仕事はしていないんでね。。


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2013年6月15日土曜日

マカフェリ・ギターが欲しい。。


   先ほどまで、ブログを書いていた。建築家と景観に関するかた~いブログだ。だが実を言うと明日の15時からお客さんに提出する図面のCAD化作業がまだ終わっていない。紙ベースでは概ね4案を書いたのだが、どうも時間がかかり気が付けば既に22時30分を回っとるじゃないか。。って事でいったんそのブログはお蔵入りにした。。真面目に書いたのだがしょうがない。生活がかかっているんだ。

   って事で、音楽でごまかします。

   現在、いわゆるジプシージャズ界で世界屈指のテクニックをもつといわれる Stochelo&Romane さんで I'll See You In My Dreams です。この曲は僕が尊敬するジャンゴ・ラインハルトさんの曲で、大学では政治学と楽典を専攻していた僕は、この曲を耳コピーして弾いていました。既に10年ほど真面目にギターは弾いていないので、もう弾けませんが。。

   この Stochelo&Romane は本当にギターがうまい。。よく見たら分るんですが、二人ともメロディーを一緒に弾いているんです。そんじょそこらのコンビではできないと思ってます。。

   って事でお仕事がんばります。。

   嗚呼、マカフェリのギターってなぜこんなに素敵な音が出るんだろう。。

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徹夜します。。

マグネットがくっつく壁 チョークで書ける壁

   僕はまだ設計の世界に落ちていない頃、アメリカでマーケティングっぽい仕事をしてた。日本で同じタイプの仕事はあまりなので説明しづらいのだが、情報屋さんのような仕事である。僕は極東アジアを専門に扱う部署に配属されていたので、よく台湾やその他の国々の方々と食事を共にしていた。台湾人の方々は日本人である僕に対して概ね好意的で、僕が若かったという事もあり大変かわいがって頂いた。

   台湾という国 (正式には国とは言えないが。。) は日本が作ったような国である。旧大日本帝国が清国との戦争に終止符を打った下関条約で、李鴻章 (りこうしょう) に台湾割譲を認めさせたわけだが、台湾を軍事占領する以前の台湾は国と呼べるものではなく、もちろん 『国民』 と呼べる人々はいない。当時の日本は、清国役人が言う 『化外の地(けがいのち)』 であるところの台湾に、インフラ整備を身銭を切って行い (当時の台湾に特産品や地下資源はない)、大日本帝国臣民として日本本土と同等の教育を施した。もちろん日本の国益のためでもあるが、一等国と認められたいという無邪気な明治政府の願望と日本人の親切心である事は言うまでもない。当時は帝国主義の時代である。被植民地の住民に自国民と同等の教育を施すなどは植民地の経営手法として効率としては良いとはいえない。だが日本はやった。それらを台湾の方々は正当に評価されているようで、僕に対し親切にしてくださったようだ。どっかの半島とは大違いなのである。

   ある時、台湾のご家庭で飯を食べさせて頂いていた時のこと、そのお家の爺さん70歳ぐらいが日本の神社の美しさについて、日本語とミン南語 (台湾の元からある言葉) 混じりの英語で語り出した (ややこしい。。) 当時、僕はまだ建築には目覚めてはなく、その良さがぼんやりとしてわからない。だが、とりあえず 『ア~ハン』 と英語で答える。だがその息子 (40代ぐらい) が、日本の神社の無色彩なのだけは理解できないと言いだし、親子でよく分らない言葉で討論になってしまった。。よく分らない言葉に挟まれている僕は、日本人が得意な 『とりあえず笑顔』 でごまかした。

   大陸の建築と日本の伝統建築を見比べた場合、その色彩の使い方には明らかな違いがあるのは誰にでもわかる。大陸系の方々は原色を好むが、日本は原色ではない薄めいた色を好む。神社などの日本の伝統建築の多くは大陸の塗装とは明らかに違う。有名どころのでさえ塗装を全くしていない神社が多い。それには理由がある。

   大陸は日本と比べれば良質な木材が取れなかった事に起因するらしい。そのため木目を見せるような日本的な美意識は生まれず、塗装をする事によってそれを補ったようだ。また、木材はシロアリや腐食に弱いという問題がある。それらを防ぐために木材へ塗装をするという意味もあるようである。日本はその逆でシロアリや腐食に強い良質な木材は沢山あった。木材を切っても勝手に生えて来るのが日本の気候であるからだ。また他国よりも日本は植林という意識が強いようで、すでに縄文時代からその痕跡はあると聞く。

   もちろん奈良時代から武士が政権を握る鎌倉初期ぐらいまでの建物には、塗装をしている神社や寺が結構ある。それも日本らしくはない原色系の塗装だ。あるお寺などは極彩色の塗装を施され、とても今を生きる僕らからすれば日本的ではない。それにもやはり理由があり、当時ぐらいまで多くの渡来人が海を渡り日本へ大きな影響を与えていた証拠と言えよう。だが、渡来した大陸の方々も世代を重ねることにより、日本的になっていったようで塗装をする事自体をやめ、日本的な素朴な色と木目を愛するようになったようだ。塗装をする事を 『化粧する』 とも言う。この化粧をする文化が日本で発展しなかったのはそんな理由からだと言われている。

   塗装をしないのが美しいと考えて来た日本ではあるのだが、その弊害も多い気がする。最近のお家は既に伝統的な作りはしておらず、塗装をかけるお家が多い。だが元来、塗装をする文化的気質を持ち合わせていない国民であるようで、塗装が剥げても再塗装をかけるつもりはあまりないようだ。例えば日本の標識やガードレールの汚れなどは特に目につく。これが塗装が当たり前の国々ではそうではない。しっかりと塗装をかけるし、そのための予算も初めから計上している。僕が住んでいたアメリカなどは塗装をする国柄だ。ありとあらゆる物に塗装を定期的にかける。僕が住んでいたアパートなどは年に1度はどこかしら塗装を入れていた。

   塗装にも色々あり、設計をする際には出来るだけ取り入れたいとぼんやり思っている塗料がある。それは塗装をするだけでチョークが使える黒板のような塗料 (黒意外にも沢山の色があります) やマグネットがペタンとくっつく塗料だ。例えばこの塗料を子供部屋やリビング、もちろんキッチンなどに塗装しておけば、子供らは楽しいし、押しピンを使わなくても十分に簡単なメモぐらいは貼ることが出来る。これは使える !! そう思っている。

   以前、この塗料を同僚に相談したら、 『そんなのいらんし、飽きるでしょ。。』 と言われた。。だが面白いと僕は思っているし、あの白い壁だけ内装ではいかにも、何も考えてないようで作り手としても不誠実と思う気がしている。だが、塗装は結構高い。一缶の単価は良い品だと結構な値段がするし、職人さんらの給料かて一般の事務員さんらよりも高かったりする。

   だが、思うんだ。。自分で塗ってしまえば良いんじゃないかと。。

   実は、昨日このマグネットと黒板の塗料について書こうと思ってたんですが。。気が付いたら白の壁紙について書いてました (ついでになぜ白い壁紙が多いのか?も読もう !!) だから国語が2なんだよな。。

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長くなってもうた。。
日をまたいどるじゃないか。。

2013年6月13日木曜日

なぜ白い壁紙が多いのか?

   子供部屋を設計している。すこし最近の考えではあるのだが、子供部屋は小さい方が良いそうだ。けしからん事に最近の子供らは、小学生からパソコンは習うし、スマートフォンだって持っている。僕でさえ使いこなせているかだいぶ怪しいのに、彼らは産まれた頃から既にそれらが当たり前の日本に生まれてきたわけで、仮に大きな部屋に彼らを住まわせておき、彼らが中学生や高校生になると、その文明の利器を駆使して自分の部屋に引きこもる。なので最近は小さい部屋を作って住み心地をあえて悪くする。どっかのPTAさんらが言っていたので、まあ間違いないだろう。彼らは30代の僕らとは住む世界が違うのである。設計のお仕事は施主さんとじっくり話す。大抵のお客さんらはその事に理屈としては納得してくれるのだが、結局は普通の部屋を作ってしまう。まあ決断はできないのだろう。ではその普通の部屋だが、何か工夫をしたいものだ。設計をする立場の人間としては、少しはそのお部屋をさわりたい。色ぐらいは工夫を工夫したいとふと思った。だが何故に日本人は壁紙を白にするのだろうか?人は壁に囲まれて暮らしている。人間の人生で一番よく見る色はやはり家の壁の色と言えるのではないだろうか。なのでもう少し、色にこだわって作った方が良いのではないだろうか?勉強するであろう子供部屋はやはりそれなりの色を選ぶべきだとは思っている。

   新築の建物を作る際、大抵の家主さんらは壁紙を使う。壁紙のサンプル冊子というものがある。そのサンプル冊子から壁紙を選ぶのが一般的だろう。その冊子には色んなトーンの壁紙がたくさんあり、分厚さも結構なものだ。そこには白以外の壁紙もたくさん載っているのだが、とりあえず白を選んでまう場合が多い。なぜだろう。。

    日本において壁紙が白であることには多少のメリットがあると漠然と信じられている。たとえば壁紙が白だと部屋が広く感じるというもの。建築学を勉強したものからすれば、それはどうかと思う。部屋を広く感じさせるには天井を高くするといった空間論的な知識も必要だし、窓から見える風景をいかに利用するか?はたまた窓枠の高さなどにもよる。壁が白いだけで家が広いと感じると言い切るには、少し無理があるのでは無いだろうか?僕にはまったく説得力がないように思える。また白が無難な色という説。。というか暗黙の了解。。多くの人々が言うところの無難という根拠は薄いと僕は思っている。白い壁紙は部屋に置かれる電気製品のカタチや色を浮き立たせる色であるからだ。それを無難の一言ですますのはあまりにも作り手としては不勉強だろうと言える。もちろんその家電製品らを全て白にして、積極的に部屋の色を白く整えて行くというなら話は別だが。。だが白い壁紙が一番安いというのは本当だ。まあこれも皆が使うからであるのだが。。だが日本の住宅の壁紙の9割以上が白の理由は、決して 『安いから』 からではないだろう。

   僕が思うに白の壁が一番使われている理由は、やはり 『考えてない』 とう理由だと思う。たとえば工務店さんらが家を作る場合、たたき台の図面を引いて詳細は施主さんにサンプル冊子を渡し 『選んでね』 と一言言えば終わりである。色の演出などという考えはそこにはなく、施主さんの希望のみに答えるとうスタンスで家を作るため、建築学的知識の無い施主さんらは、 『とりあえず白で。。』 となるのだろう。一言だけ家主さんに 『色の演出を一緒に考えませんか?』 というのは余計な事であり、むしろ工務店さんらからすれば坪単価が高くなるので嫌われる。

   だが、白い壁は何も問題が無いように見えて実は問題は大ありな色でもある。煙草を吸う人は分るかも知れないが、白い壁だと変色は免れない。また傷にも敏感な色だと言える。また十分に照明計画を行わないといけない色でもあるのは確かだ。例えば、部屋の中央にシーリングライトが一つだけという部屋が結構あるが、離れた部屋の隅にある壁は光量不足に陥りやすい。なんとなく薄暗い壁となるという事だ。白という色は光を多く反射する。つまり光の量に敏感な色なのである。光量不足という状態に陥ることにより、冴えないインテリアの演出に一役買ってしまいがちな色と言えよう。これがもっとダークな、またはマットな色だと、暗くはなく落ち着いた感じに見える。色というものはそういう物である。

   僕が思うに賃貸アパートや会社の寮などは壁紙が白というところが多いと思う。賃貸などは日本の住宅の貧しさが凝縮されている空間であると言っても言いすぎではないだろう。壁紙が白なのは当然だし、間取りや空間設計、または断熱性などに到るまで全てに手抜きで出来上がっている。コストを抑えるためだ、それはしょうがない。日本人は結婚して家を持つまでこういったところに住む人々が多いと思うのだが、それによって 『壁は白』 という固定観念に飼い慣らされて行くのだと思う。そして、いざ自分の家となると 『とりあえず白で』 って事になるのだろう。安けりゃ良ければそれでも良いとは思うが。。

   お客さんらと建材屋さんで重機器(トイレやキッチンやシステムバスなど)を選ぶ際、高いものを選ばれる事が多い。だがそこは立ち止まって考えた方が良いと思うことがよくある。そこに回すお金を別の所に回してた方が、より良い精神的に素敵な生活を遅れる気がしている。人生で一番見る色をそんなに安易に決めて良いはずはないと僕は思う。

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2013年6月12日水曜日

動線の良いキッチンの作り方

悪い例
   新築の設計をしている。宮崎などの田舎で家を作る際は、工務店では大工さん、ハウスメーカーでは営業さんが設計する場合が多い。その大方には設計屋さんは入らない。入らない方が費用が安いからである。では何を宮崎の設計事務所はやっているかと言えば、もっぱら確認申請業務だ。確認申請とは、役所が法律に照らし合わせて、その建物が問題ないかを調べるための図面やその他の書類といったところだ。それらを大工さんらに頼まれて作るの生業の設計事務所が圧倒的に多い。。これで良いのかとは思うが。。まあ、しょうがない。設計士はたんなる絵描きと思われている宮崎などの田舎では、大抵は大工さんらが間取り図を書く。そして設計事務所に所属する設計士がそれらを役所にとおす。そしてお客さんと建材屋さんで待ち合わせし、使用する外壁などの建材や重器関係 (トイレやキッチンなど) を決めて、ハイ着工。。まあこんな流れだろう。僕ら設計する人間からすれば、少しは目線の高さや光の使い方についてじっくり考えたらどうだろうとは思うが、安いのだからしょうが無い。そこはあえて気にしないというのがこの業界の常識のようなものだからだ。その大工さんらが作る図面でもかまわないが、作る際に注意した方がよい場所がある。キッチンだ。

   僕の勝ってな思い込みかも知れないが、手際の良い人が作る料理はうまい。冷たくして食べたい料理は先に調理して冷蔵庫に入れ、熱々にして食べたい料理は出来たてホヤホヤを食卓にだしたいもの。その狭いスペースに多くの材料や調味料が飛び交うキッチンは、空間デザインはもとより出来るだけ機能的であることが求められる。

良い例
   詳細設計を設計屋に任せない場合は、大工さんと建材屋さんなどに行くか、大工さんが持ってきたパンフレットからキッチンを選ぶ事となる。だがシステムキッチンのシンクや IH コンロをどこに配置するかは、自分でよくよく考えた方が良い。意外と知られてはいないが、キッチンのシンクとIHヒーターは、設置の際に大工さんが取り付けるので簡単に逆にだって出来る。だがキッチンの動線などを考えずに性能と見た目でキッチンを選びそのまま進めると、考える手間賃をもらっていない確認申請屋 (設計事務所の事 : 設計を自分でしていないという意味で) は図面をパンフレットのまま上げる事が結構ある。その役所で確認申請がとれた図面を、これまた誰もチェックせずに大工さんや電気屋さん、また水道屋さんに渡すとそのまま出来上がる。その際、不幸にも動線がめちゃくちゃだと、嫁さんはキッチンで回転しまくり目が回り、旦那は飯が遅いとイライラしだす。夫婦げんかの元である。

   ではどのような間取りが良いのか?これは結構色んな意見があるのだが、僕は冷蔵庫→シンク→カッティングスペース→クッキングヒーターの順番が良いと思う。これだと大抵はスムーズに料理ができるからだ。もちろん色んなタイプのキッチンスペースがある。パラレル型 (シンクとIHが平行なタイプ) や対面型や I ランド方..etc 僕の経験からだが、基本的にこの配置で置いていけば間違いはない。

   まだ設計を始めたばかりのころ、対面型のキッチンを設計している時に IH と冷蔵庫の位置で僕が迷っていた。そんな時、知り合いのど偉い建築家の先生が教えてくれた。 『熱々の料理を食べさせるため、IH ヒーターはキッチン入口手前に置くものだ』 そのキッチンはダイニングから見て左側に入口があり、右側の面が壁に付いた対面式キッチン(ペニンシュラ型)だった。建築家は右奥に冷蔵庫を置き、IHを左前に置けば真っ直ぐに料理を食卓に運べると言うものだ。その時は、さすがはどっかの番組で 『匠(たくみ)』 として道路の真ん中を歩いていただけはある。。と感心したのであるが、今はそれは間違えていると思っている。冷蔵庫は誰でも開けれる場所に配置する方が良いし、 IH を手前に置けば、やけどの心配だってある。その方が配慮がある設計だと思う。

   現在、他社が書いた図面を見ながらそんな事を考えた。う~ん、もう少し勉強した方が良いねという図面だった。。まあ、だからこそ僕らの商売が成り立つのだが。。

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2013年6月11日火曜日

太陽光発電を無料で取り付けれるかも !?


   先日、地元の建材屋さんで 『住宅のゼロ・エネルギー化住宅事業』 についての講習会に行って来た。この事業は一般社団法人である環境共生住宅推進協議会さまが進める事業で、『住宅の省エネルギーをさらに促進するため、戸建住宅供給の相当程度を担う中小工務店における躯体と設備を一体化したゼロ・エネルギー住宅の取り組みを公募によって募り、予算の範囲内において、整備費等の一部を補助し支援するもの』 との事である。実に読んでいて意味が分らない。。まあ簡単に言えば、太陽光発電を取り付けるなどして環境負荷の少ない住宅を作れば、最大165万円の補助金が工務店に支払われるというものだ。今まで銭が足りなくて太陽光発電をとりつけ出来ない人々には朗報ではある。また、この補助金には制限があり、年間50軒以上を作る大きな工務店やハウスメーカーさんらは入れないという事だ。小さな工務店さんにはありがたく、大手のハウスメーカーさんらからすればフェアな補助金とは言えない。実を言えば、2012年の7月に国土交通省は、2020年までに住宅やビルの全ての新築の建物を、次世代の省エネ基準に適合するよう義務づける方針を決めた。つまりこういった補助金を出すことにより、日本の中小企業に省エネ基準の家造りの技術を身につけて欲しいという事らしい。

   言うまでもないが、人が生活するにはエネルギーを必要とする。クーラーは使うし、風呂も入る。それらに使うエネルギーは海外に頼っている物が多い。火力発電をするためには石油を必要とするし、水力発電は自然エネルギーではあるがそれを作るには膨大なエネルギーを使う。日本は先進国であるのでCO2削減を義務づけられている訳であり、がんばらんといかんようだ。もちろん、東日本大震災での原子力発電所事故によりエネルギー不足という現実問題も絡んでいるようではあるが。。

   だが、この補助金を取るためには様々な工夫がいるらしく、ちとむずい。。家庭がだすエネルギーをゼロに持っていくためには結構な工事が必要だからだ。断熱材の厚みをとある係数からたたきだし、ペアガラスを使いまくり、そしてエコキュートを取り付ける。またガス給湯をIHに変えなくてはならん。。って事で結構なお金がいるのだが、それでももちろんゼロ・エネルギーにはもっていけない。結局はやっぱり太陽光発電を取り付ける事を強いられる事となる。太陽光発電を取り付ける事によって、出来るだけマイナスのエネルギー排出へ持っていかねばこの補助金は出ないのだ。

   まあそのための太陽光発電ではあるが、設計する人間の多くは太陽光発電は嫌いだ。なぜなら町並みの景観を著しく悪化させるからである。あの単一色の機械的な色が伝統的な町並みには合わないからである。エネルギーのためなら伝統を捨てねばならないのだろうかと思うと悲しくなる。

   もっと薄く、そして瓦の上にもピタッと貼れるような太陽光発電は出来ないのだろうか。。そんな事を最近思っている。

   いつか、太陽光発電メーカーに聞いてみようかな。。

   どうもあの角張ったカタチとメーカー名が嫌なんだな。。

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新築も中古もいけますが、中古は実質難しいようです。。
宮崎の方は相談下さいね。

2013年6月10日月曜日

炭と珪藻土のチカラ

   テレビをぼ~と見ていると、関東甲信越方面は空梅雨(からつゆ)なのだと言っている。関東甲信越地方の梅雨入りは先月の25日だったようだが、梅雨入りから今日まで4㎜ほどしか雨は降っておらず、ダムの水位が低いとの騒ぎになっているそうだ。まあ心配せんと、来週辺り台風がド~んと来よるから大丈夫だとは思う。関東甲信越地方では空梅雨なのかも知れんが、僕が住む宮崎の田舎町ではそうではない。がっつり梅雨入りしている。会社に行っては濡れ、現場に行っては濡れ。。服が何枚あっても足りない。梅雨時になるとどうも僕のプリンターは不具合を起こす。湿度が高いため紙がふにょふにょになるからだ。もちろん床はべとべとしてるし、どことなくカビ臭い。これではいけませぬとクーラーをオンにした。木造住宅を劣化させる要因の一つとして湿度がある。湿度が高いとシロアリを呼び込む原因にもなるし、結露を引き起こす原因ともなる。その湿度と悪臭はお金になるようで、色んな対策方法が世の中に出回っている。だがそれらが正しい使われ方をしているかと言えば、そうでもない気がする。

   僕は設計屋だが、ホームインスペクションという仕事もする。分りやすく言えば、業者サイドにもお客である依頼者サイドにもたたない、第三者としての住宅のかかりつけの医者 (専門医ではないから安い※専門医=シロアリ駆除業者など) みたいな仕事だ。新築や中古の住宅を購入する際に依頼者さんに同行し、建物を簡易に調査し報告するといった仕事がホームインスペクションである。その業務のオプションの中に床下調査や小屋裏調査という物があり、僕らはその住宅の木材に含まれる湿度を調査する。その際、木材の含水率 (がんすいりつ) を専門の機器を使って調査するのだが、20%未満の含水率ならセーフと言われている。それよりも高いとシロアリを呼びこむ危険性があるという事である。

   以前、僕が調査した築40年の建物の床下に入った際、炭が大量に使われているお家があった。どうも地盤が悪いらしく湿度が高くカビ臭い。よって湿度を下げるため前に住んでいた家主さんが炭を入れたとの事である。 『ああ、そうですか』 と一応答え、床下に入って含水率を調べたところ、がっつり30%越え。その基礎は布基礎 (べた基礎と違い床下に土がある基礎のこと) であったのだが、基礎下に防水シートなどの処置をしていないお家だったようだ。よって地盤に染みこんだ水分が蒸発し、床下の環境を悪くし 30% という高い含水率が発生したと診断した。

   一般の方々 (まれに業者も。。) は大きく勘違いしているのだが、床下は室内ではなく室外である。炭を少し入れたぐらいではさほど湿度に影響をあたえない。床下の構造は、大きくいえば地盤から400㎜ぐらいコンクリートの基礎が立上がり、その上には105㎜ぐらいの土台 (防腐処理された木材) を置いた工法が多い。その基礎と土台の間には基礎パッキンというプラスチックを入れて隙間を作っている。その基礎パッキンがある事により、屋外から床下へ空気を送り込み込むことにより、実際は換気しているわけだ。つまり床下は外の空気と同じ湿度を持った屋外であるといえる。そこに炭を撒いたところでさほど影響があるとは思えない。もちろん炭を細かく砕き表面積を増やせばまだマシだという考えもあるが、炭はある一定どの含水率を超えると調湿作用がなくなる。これを天日で干して乾燥させれば元に戻せるが、床下では無理だと思う。だがこれが密封された場所であれば話は違う。例えば押入などの密封された場所にならまだ分るし、冷蔵庫の中なら分る。だが有効期限はつけて考えるべきだ。だが床下は。。はなはだ疑問である。

   同じようなものに珪藻土(けいそうど)の壁というものがある。調湿作用をもち臭いを吸ってくれるというものだ。以前インスペクションをかけたお宅で、これを玄関に使っているところがあった。玄関の脇には靴箱があったのだが、同行した不動産屋さんが 『靴の臭いを消してくれますよ』 と言っていた。さすがに不動産屋さんが可哀想なのでその場では否定しなかったが、後でこっそりと教えてあげた。靴の臭いはもちろん靴から発生する物。しょっちゅう開け閉めして空気の移動が激しい玄関に珪藻土の壁を作ったところで意味はない。

   基本的に、臭いと湿度を防ぐのは換気でしか無いと僕らは考えて入る。色んな技術があるのは確かだが、それは使い方を間違えていたら意味はない。まあ、分っていて騙しているとは思うのだが。。

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昨日は飲み方でした。。
ごめんなさい。。

2013年6月9日日曜日

私と 『スピードラーニング』

   よくよく考えてみたら、僕は帰国子女だった。また、よくよく考えてみたらここ10年ほど英語を喋ってはいない。もちろん何度かは会話などはしたのだが、どうも最近英語を喋ると噛んでまう。 He has と言わねばならんところを He have と言ってしまったりしてヘコむ。まあ通じるから良いとは思っている。また、未だに僕が住む宮崎の片田舎で外国人などに出くわしてしまったりしたら、 『あっ。。外人じゃ。。』 と妙にビビるし、自分でも不思議なくらい驚いてしまう。。これではさすがに僕が持つ高得点のTOEFLが泣く (860点だったはず。。履歴書見ないとわからん。。) って事で、最近 『こりゃいかん ! 』 と思っていたら、どこで手に入れたのか父親が 『スピードラーニング』 を持ってきた。どう考えたって僕の父親は英語を喋る必要は無いし、海外旅行も行かないのだが持っとる。。父親曰くには3ヶ月も聞くと英語がしゃべれるらしい。そんな事を石川遼選手が言うとるんで、まあそうなんだろう。

   僕の父親は、僕に似て物事は格好から入るタイプだ。別に買わなくても聞けるだろうと思うのだが、SONYのウォークマンもついでに買ってきた。ウォークマンと言っても MP3 プレイヤーの事だ。第一 MP3 が分っていないのに、それを買ってくること自体間違えてるよと思ったのだが、案の定使い方が分らないらしいし小さすぎて文字が見えないと言い出す。って事で、MP3 とは何かから説明するのだが、野球馬鹿な父親は巨人戦が始まったらそちらに集中して、全く聞いてもいない。。って事でウォークマンを設定する間、僕は 『スピードラーニング』 を聞いてみた。

   『スピードラーニング』 は最初に英語が流れ、そしてその後に日本語の訳が流れる。

   『Millor the American family just move to Japan』
   『アメリカ人のミラー一家が日本に引っ越して来ました』

   ぷん~(効果音)

   『They introduce themselves to Ito, their new neighbor』
   『近所の伊東さんの自宅へ挨拶へ行きます』

   ぷん~(効果音)

   まあ、こんな感じでスピードラーニングは進んでいく。だが僅か 2 センテンスで頭が痛くなってきた。。どうも僕の脳みその中には、英語と日本語は違う室にそれぞれ置いてあるようで、二つの言語が次々に流れてくると、車酔いしたような感じになってまう。。頭がぐわんぐわん揺さぶられるようで気持ち悪くなり、巨人の阿部慎之助がホームランを打った辺りで、一口ゲロを吐きそうになった。。

   よくよく考えたら思い出した。 Starbucks を使った時のことだ。僕ら設計のお仕事はお客さんである施主さんら会う時には喫茶店で会うことが多い。その方が、煩雑な設計事務所 (本やカタログ、機械設備が沢山ある) よりも話が進みやすいからである。まだ僕が京都の設計事務所に勤務している時、とある大阪の Starbucks でお客さんとお話をしていると隣に英国人が座った。こまった事に、当たり前だが彼らは英国風の英語を喋る。だが目の前の施主さんは日本人 (関西弁) スタバの音楽はアメリカ英語。納戸について熱く語る僕は宮崎弁。スタバ内部の文字はほとんどイタリア風の英語 (ベンティとか) 。。もうそこまでごっちゃまぜだと、さすがに頭がおかしくなる。お客さんとお話ししている最中に気分が悪くなり、キャラメル・フラペチーノなゲロを吐きそうになった。。正確に言うとトイレで吐いた。。

   どうやら僕には 『スピードラーニング』 は向いてないようだ。なので 『スピードラーニング』 が商品として良いかは僕には分らない。だがこの前、石川遼選手が英語のインタビューを受けているのを見た。思いっきり噛んでいた。。きっと緊張されていただけだと思う。そりゃあんなに 『スピードアーニング』 のCMに出まくっていて喋れなかったらマズい。緊張だってするだろう。噛みたおす英語ぐらいにはイケるのだとも思ったが。。

   ただ思うのは、 『Millor the American family just move to Japan』 を 『アメリカ人のミラー一家が日本に引っ越して来ました』 と訳すべきではない。 『アメリカ人のミラー一家は日本に引っ越したばかりだ』 と訳すべきだし、 『They introduce themselves to Ito, their new neighbor』 は、 『自宅へ挨拶へ行きます』 ではなく、 『自己紹介をする』 の方が正しい。それはこの文章の流れでは、口語ではなく、文章の英語だからだ。文章と会話は別けて訳すべきだと思う。

   英語は直訳の方が早く覚えるし、その方が会話を実際にやる際には間違いはすくない。

   映画の字幕訳ではないのだから。。

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う~ん、長なった。。

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