2016年1月20日水曜日

飛んでけ零戦!!

 ふら~とネット記事を読んでると、とんでもないの記事が目に入ってきた。なんとあの零戦が再び日本の大空を飛ぶのだそうだ。記事によると、零式艦上戦闘機(零戦)が今月27日、海上自衛隊鹿屋航空基地(鹿児島県鹿屋市)の上空を飛ぶそうで、機体を所有するニュージーランド在住の日本人と、防衛省などの調整が終わり、飛行することとなった。また、日本の空を零戦が舞うのは、戦後初めてとの事なんだそうだ。えっと。。確か戦後何回か飛んでなかったっけ。。と余計な事を一瞬だが思ったりしたが、少なくとも僕はプラモデル程度しか見たことがないわけで、実に鹿屋まで行って飛んでるゼロ戦を見てみたいじゃないか。

 日本人で零戦を知らない不届き者はいないとは思うが、零戦とは戦前の大日本帝国海軍の主力戦闘機であり、支那事変から太平洋戦争初期にかけて欧米の戦闘機に対し優勢に戦い、東亜の海をブイブイ言わせてた日本を代表する名機中の名機だ。敵さんであるアメリカの権威ある雑誌でさえも、20世紀の名作戦闘機ランキングで堂々の1位を獲得したほどだ。実に日本の男の子なら、学校の美術の時間に、プラモデルの一つでも作るべきだとさえ思うほどの名機である。

 だが、なぜ今月の27日なんだろう。。カレンダーを見れば水曜日。。天候の影響もあるので28日と29日を予備日としているが超平日じゃないか。。なんでも零戦の飛行免許を持つアメリカ人パイロットを呼ぶのだそうだが、アメリカさんは週末は飛ばないとダダでも捏ねたんだろうか。。これが週末だと頭の中が真っ赤な方々が特攻してくるとでも空自さんは思ったんだろうか。。アメリカ人がパイロットってのもちと悲しい話ではある。また記事によると基地内の立ち入りは禁止なんだそうで、周囲からご覧くださいとの事。。美人ぞろいで、いつも気前が良い空自さんにしてはどうかしたのだろうか。。目の前で飛んでいる零戦が見れないという事は、あのエンジン音も聞けないという事だろうか。。なんとかズルできないんか!!

 あくまで思い付きだが、三菱さんは零戦とまでは言わないが、プロペラ機を作ってくれないんだろうか。。アメリカでは結構簡単に資格が取れるため、多くの方が飛行機を持っている。僕だってアメリカにいるころは飛行艇に乗せてもらって海の上でのんびりと昼寝をしたことさえある。それくらい一般的だ。プライベートジェットよりものんびりしたものでいいんだが。。新幹線がない宮崎県民としてはそんあればもっと、楽なのに。。なんて考えてしまう。。まあ、どうせメンテナンスが日本は高くなるんだろうけどね。。

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 サブい。。

2016年1月19日火曜日

ああ、素敵な太陽光

 ふとネットで新聞を読んでいると、 「太陽光パネルで熱中症」〝室温52度〟わが家は地獄に変わった!? 再生可能エネルギーは迷惑施設なのか、という記事を読んだ。内容は姫路市の男性が太陽光で自宅が照らされたため室内が猛烈な暑さになり熱中症にかかったとして、男性が発電施設の開発会社を相手取り、損害賠償とパネルの撤去を求めて提訴したとの内容の記事だ。太陽光パネルが大嫌いな僕としては実にこの男性を応援したくなる。

 僕は宮崎県の真ん中あたりの田舎町に住んでいるが、東日本大震災が起きた年あたりから、畑をつぶして太陽光パネルを設置するのが目立ってきた。また最近では町の一等地であった商店街の一角まで太陽光発電が進出してきており、太陽光にこの町は飲み込まれるのではないかと思うほどの勢いだ。小学校の周りにも太陽光が設置され、眩しくてしゃあない。。という嘆きも聞こえてくるが、規制をかけるなどの声は全く聞こえてこないのが不思議でしゃあない、と思うのは僕だけだろうか。。

 また我が町には山があり、町が経営している牧場があるのだが、2010年に起きた口蹄疫という牛豚などの病気によって牛が減ったため、その敷地に太陽光パネルを設置して税収を上げようという話が町の議会で上がっている。反対でもしようものなら、小さい町なためあらゆる暴言も覚悟しなくてはならない。。また山林を削って太陽光パネル設置待ちをしている場所も既にあり、僕などはその山の下に住んでいる家族はホントかわいそうだと思っている。なぜなら大雨降ったらいずれは山崩れを起こすのは間違いないと思うからだ。実に狂っている。。

 そもそも太陽光発電は効率が良い発電方法では今のところない。太陽光で発電された電気を無理やり電気会社は買わされているわけで、もちろんそのお金は我々一般の家庭から徴収された電気料金。設置できるのは裕福な方であり、できない人は電気料金が加算されるという、実にけしからん話でもある。この記事の中に何らかのルールを検討する必要があるという声が上がってた。

ルールの前にそもそも迷惑施設なわけで、あったらイカン気がする住宅地の近所に太陽光発電を設置した業者の厚顔ぶりにホント腹が立つし、町の一等地に太陽光パネル設置を許したわが町にもホントため息が出る。。

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にしても寒くて、タイピングが厳しい。。
ここは宮崎だったよね。。

2016年1月18日月曜日

窓は小さいほど良い

 元来、日本の建物の開口部は大きい。明治期に訪日した多くの外国人建築家は日本の開放的な開国部に感動したようで、そんな手記を残した建築家は多い。そもそも西洋建築は石造りが多かったわけで、縦長の開口部しか実際には作れない。また木造もあるにはあるのだが、治安の問題か構造計算の発達が理由かはわからないが、日本のような、壁一面がすべて開口部といった建物はあまり見渡らなない。もちろん日本の建物の開口部が大きいのは高温多湿な国であることや、治安が比較的良い事などさまざまであると思う。だがこんなに地震が多い日本に、壁量を増やして、地震に耐えるという現代では当たり前の感覚が育たなかったのも、ある意味では不思議だとも思う。


 最近住宅市場はアベノミクスのせいか好景気であり、車を運転しているとやたらと完成見学会などをやっている。僕も設計屋のくせに他人が作った家はとても気になる。よって堂々と、『保険関連の仕事してます。。(嘘ではないし。。)』と言って、堂々と見学会場へ潜入している。そこで毎回気になるのが窓だ。屋内から見える風景が設計屋として気になるのである。多くの家は、南側に大きな掃き出し窓を置き、日光を取り入れているような設計となっている。だが多くの場合、う~ん。。結局カーテンで年がら年中仕切るし、意味ないよね。。とぼやきそうになってしまう。。まあ、日本の伝統的な感覚ではあるには違わないんだが。。

 忘れてはならないのが窓が多きれば大きいほど、外部から覗き込みやすくなる。当然だが、こちらから見えるという事は、あちらからも見えるという事だ。昔の家はたいていは塀があった。また、庭もあったので、大きな開口部があっても、外部からの視線は緩やかなものであった。だが現代は塀と言っても金属製の塀が多く、それらは目隠しを目的にしていると言うよりは、隣地境界線を強調するためにある気がする。なので大きな開口部を設けはしても、昼夜を問わずカーテンで仕切り、結局は日光も十分とれない住宅となってはないだろうか。僕にはもったいない気がする。

 今では立派に日本の建築界を背負って立つ、若手建築家となった僕の恩師が言っていた言葉がある。『住宅は壁と窓が8:2程度が一番気持ちいい』 雑誌などを見てみると良い。この住宅はいいな~と思うものの窓は大抵小さいのに気づくと思う。窓が小さいことによりプライバシーは守ること以外にも利点は多い。壁が多くなることにより耐震・耐風性能が高まるし、窓がないぶん断熱性能だって高まる。それに窓は意外とお高いしね。。

 それでも大きな窓を付けたいのなら、庭か塀を作るか隣地から見ても気づかないような大きな敷地に住みましょう。

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2016年1月16日土曜日

スモールハウスと敷地の話

毎日書くと宣言しておきながら、思いっきり2日さぼってしまった。。厳密には、さぼったわけではなく、1日は忙しく。。2日目は書いたは書いたが、実につまらん話なので消してしまったわけだ。。ってことで、気合を入れて再び書き始めようと思う。読みたい人がいるのかは、わからないが、下のにほんブログ村のバナーを押して頂けたら、書く気が出てくるのでよろしくお願いしたい。

 最近、よくスモールハウスの設計依頼が来る。来るのはこのブログからであったり、知り合いをかいしてであったり様々だ。別にスモールハウスの専門家のつもりは僕にはない。なので、その家主さんが気に入れば、基本的には作るというスタンスではある。もちろん、僕は設計屋さんなので、設計料金がしっかり出ればという前提ではある。また、すでに福岡には仲間がいるので、九州を優先に作っていこうとは思っている。さすがに『いいの作ってくだされば。。設計料は払います』では、地元の工務店さんにご相談くださいとなる。でないとこっちが飢えるからだ。なので多くの場合は電話やスカイプ等で話したり、まれにだが直接お会いして、お互い気に入れば、という流れで作っていくこととなる。だが、タイミングが合わないときもある。正直、スモールハウスよりも、普通の一軒家の方が、はるかに食えるし、保険関連のお仕事もしているからだ。なので、忙しい時はごめんなさいにしている。そんな時は、簡単なアドバイスはしている。その一つが敷地だ。

 別にスモールハウスだけではなく、住宅を作る場合、敷地選びはとても重要なのだが、スモールハウスの場合、特に気を付けて敷地は選ぶことが必要なのではと僕は思っている。仮に都市の住宅街に一軒家としてスモールハウスを作りたいと考えている場合、基本的にはやめた方がよい。何故かと言えば、都市の中の住宅はたいていは2階もしくは3階建てであり、その中にポツンとスモールハウスを建てると、周囲の住宅との対比からいかにも小さく、しょぼく見えがちだからだ。もちろんデザインでカバーすることは可能だとは思うが。。

 また、スモールハウスを家の離れに作ろうとする場合は、その母屋や周囲の住宅のデザインや寸法を気にしながら作った方がよいと思う。でないといかにも大きな犬小屋に見えてしまう。ある程度、母屋との連動性を考えながらデザインした方がよい。そうすれば、ご近所さんにも奇抜には見えないはずだ。そしてその方が住む人も、母屋との緩やかな一体性が出て良いのではと思っている。

 最後に、できるだけスモールハウスは郊外が良い。できることなら、完全な田舎で高台だ。まあ、これはどの住宅でも言えることではあるんだが。。木々に囲まれた家って素敵ではないだろうか?また50坪以下の敷地が良いとは思うが、なかなかないのも現実だ。そんな時は、森をつくりなされ~という事にしている。なぜならスモールハウスはやたらと目立つ。なので、木々で目隠しってのもよい方法だと思うからだ。その木が果実をつけたら、それはそれで楽しいし。また、家庭菜園もやろうと思えば可能なはずだ。僕が考えるスモールハウスは、いずれ結婚等したら出てゆく家である。さすがに子供など出来たら狭いからだ。その時は売るなり、貸すなりしなくてはならない。その時に評価の高い家を作るべきだと僕は考える。

 実はもっと設計的に大切なことはあるのだが、そこは。。

 ひ・み・つ


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2016年1月13日水曜日

補助金の地方創生ってのは。。う~ん。。

 ふとNHKをみていると、地方創生についてやっていた。新潟の人口わずか360人程度の小さな島で、新潟市内から来た若い女性が、安いくて長期滞在型のゲストハウスを作ろうと奮闘するというお話だ。なんでもその島の主要な?産業は民宿という事で、その民宿組合が料金を7000円台と設定している中、その女性は3000円台でやっていこうとしており、また国の補助を受けようとしているため、他の民宿組合が、まあ、ウェルカムでないという内容だった。人口減少が原因で、日本各地で街自体の存続が危ぶまれている。今国では、新たな地方創生を目指しいろんな補助金を付けて、地方再生を支援している。また成功した事業などには、さらに補助金を付けようと考えているようだ。今まで、いろんな名目で地方に補助金は交付されてきている。だが、どうもこれで地方が再生した!というのは、僕にはパッとは浮かばない。僕が知らないだけだろうか。。


 以前、わずかだが僕は地元の商工会に所属していたことがある。京都で修業をつんで宮崎に帰ってきたのだが、どうやら設計などの仕事はまずないと諦めていたので、半年だけお世話になることとなった。そこでの仕事は地元の商店街を盛り上げるというものだ。そして僕らの給料は国から出る。つまりがっつり補助金事業である。入る前に、『君みたいな若い人の意見が欲しいんだ』と言われて入ったのだが、入って驚いたのは、まずこちらの意見などは全く聞いてもらえるどころか、実際に僕らが働く内容が、非常に読みずらいワード。。で詰めて書かれていることだ。その計画は変更の余地は全くないし、内容は、正直これでええんか。。という内容であった。

 例えばふるまい。わが町では月に一度、商店街主催の市が開かれる。商店街の通りの車を通行止めにして、毎回1万人を超えるお客様がその市には集まるのだが、そこで僕らは焼肉やマグロの解体などを行うのである。毎回ふるまいである。。だが年度末のこと、次年度の事業を決めることとなり、急に呼ばれた。。そして、やはり既に決められていた。。その内容は、お蕎麦のふるまい。。なんでも、隣の隣町にそば栽培している農家さんがいて、そのそば粉を補助事業で買い、隣町の、僕らと同じ補助金事業で雇われた方々が蕎麦を練り、そして地元商工会婦人部の方が料理し、その市でふるまいをするというものだ。『おいおい、やめない?そろそろ、ふるまいは。。』と僕は言ったのだが、もちろん聞く耳持たず、同僚はまあ、給料さえもらえればいいんで。。という感じだった。う~ん何かが違う。。食ったら終わりじゃん。。それに市の参加業者はほかの町の方々がほとんどだし。。わが町への、また、商店街への収入としては。。う~ん。。なんか無駄なことを一生懸命やらされている感がある仕事であった。。

 国は地方創生のため、事業を起こすためのエキスパートを各地に派遣していると聞く。もちろん、いろんな方々が努力をされているとは思うが、その費用対効果はどうなんだろうと毎回思ったりする。僕が商工会にいたころは、補助金事業はほぼ官製の事業であった。今は変わってきているとは期待したいが、どうだろう。以前、ぼ~と設計しながら聞いていたラジオで、あるコメンテーターさんが言ってた言葉が僕は気に入っている。『世の中、東大法学部出身の人が日本一のラーメン屋を作れるかと言ったら、そうとは限らない。世の中ガラガラぽん!なんだ』まあ、そうだろう。。思うんだが、補助金頼みの地方創生ってどうだろう。。もう少し、産業を起こしやすい世の中にしたら、勝手に野心のあるものが出てきて、地方が活気づく気がしている。

 アメリカとか。。補助金事業とか。。あったんかな。。少なくとも僕の周りにはそんなん聞いたことがない気がするんだが。。日本ほど補助金が多い国もない気がする。。


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頑張れ、新潟の若い女性!!

2016年1月11日月曜日

商店街をなくすわけにはイカン!

 現在、僕のところに設計のご相談が来ている。珍しく地元の町からだ。理由は僕が素敵な設計屋だから。。ではなく、幼いころから世話してあげてるから、安くして。。というもの。なので、まあ、気が向いたら作ったるわ、おばちゃん。。という事にしている。現場は地元の役場入り口の真ん前にある鉄骨造のお店。なんでも店じまいして、これを撤去。木造の昔ながらの、田舎の家を作りたいとの事だ。また、親戚の孫娘らが遊びに来た時に喜んでもらえるように作り上げたいそうなのである。そして、年老いてもしっかり生活できるようバリアフリーにしたいというのが今回のコンセプトである。それを聞いて、僕は、『辞めとき!』と言っている。なぜならそこがわが町の1等地だからだ。

 僕は宮崎の中央部のど田舎町に住んでいるのだが、わが田舎町にも商店街というものはある。あると言っても、たいして大きな商店街ではない。あるのは銀行に靴屋に旅館。。種苗屋に。。おもちゃ屋。。雑貨屋。。と、蛾しか着ないような婦人服屋。。そして、見渡す限りぎょうさんの飲み屋。。まあ、どこにでもある寂れた商店街だ。飲み屋が多いのはそこの近くに役場と銀行と農協と商工会があるからだ。そして多くの店は、とりあえずやっているって程度で、新しい店などはなく、結構な老舗ばかりである。

 そんな小さな町の1等地だが、老後の住宅をそこに作るのは、町の発展上もったいないと僕は思う。なので、他の土地に引っ越すとかないの?と聞いた。その土地には別のお店を入れるなりして。。と言うと、近所の銀行さんからお話しが来ていると家主は言った。そうだろう、実にもったいない。いくら賑わいのない田舎の商店街とはいえ、目の前は役所。何とでもなりそうな気がする。だが家主はいまさら、土地を探すのがだるいと言う。それに税制上、自分の土地を使った方がよさそうだという事も言われた。。う~ん。。何とかならないものか。。

 正直、僕は町の1等地の土地などは町が買ってあげても良い気さえする。そして、しっかり計画し、箱物作って売り出せばいい店も入る気がするんだが、どうだろう。実際、役所にも設計士さんはいる。その設計は設計事務所登録が必要ではあるが。。まあ、何とかそこはして

 田舎生まれ、田舎育ちの僕からしても、全く地元の商店街に魅力は感じない。そこには欲しいものなど何もないからだ。できれば新陳代謝の大きい商店街であってほしい気がする。商店街でなくモールという形でもよい。地元の人間が市内の大型ショッピングモールに流れるのはやはり寂しい。大型ショッピングモールよりもアマゾンなどのネット売買が多くなってきた。すると地元の商店街にもチャンスはあるのではないだろうか。建築士は町のカタチに責任があるわけで、おいそれとは簡単に仕事を受けられないものなのだと思っている。


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2016年1月10日日曜日

陳舜臣さんが亡くなっていたようで。。

 先ほど、ぼ~とネットニュースを見ていたら、ある政治コメンテーターさんがなくなっていた。名前だけ聞いてもよくはわからなかったので、ネットで検索。すると見たことのあるコメンテーターさんだったのでびっくり。最近までテレビで見ていた人がなくなると、やはり残念だ。ふとそんなことを思いながらそのページを読んでいると2015年に亡くなった方々という欄があり、そこをクリックしながら写真を見ていると陳舜臣さんとあった。。ファンのくせに。。亡くなったのは全く知らんかった。。それも去年の1月のことである。。実を言うと昨年はめちゃめちゃ忙しく、テレビはほとんど見なかった僕は大好きな作家さんでもあった陳舜臣さんが亡くなったのさえ気づいていなかったのだ。。今更ながら、残念だ。。


 今は設計などの仕事をしている僕ではあるが、本来建築業を目指していたわけではなく、大学では政治学を専攻していた。別に政治家を目指していたわけではなく、今世の中で何が起こっているのか知りたかっただけである。政治学を専攻するという事は、やはり歴史を知らなくてはならない。お世辞にも真面目な学生だったのではないのだが、それなりに本は読んでいた。その中でもよく読んでいたのが陳舜臣さんだった。

 確か、最初に陳舜臣さんの本を買ったのが、『琉球の風』であった気がする。買ったのは関西空港。僕がアメリカに留学した96年のことだ。いざ関西国際空港からアメリカへ渡ろうとしたら、飛行機が12時間の遅れ。。よって関空で待ちぼうけしている時、暇でしょうがないから買った。また、なぜその本を選んだかと言えば、単に当時の大河ドラマでやっていて、名前だけ知っていたという単純な理由だ。待ち時間の間ずっと読んでいたのだが、正直、当時の僕には難しかった。なぜなら当時の僕は、男の子は本を読んではならない。。という妙な信念を持っていたため、どうやら漢字が頭に入らなかったようだ。。今でも琉球人の名前って難しかったという事はだけは覚えてる。。


 その後、母親が送ってくれた司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に感動し、歴史系の本をアメリカの大学の図書館で借りまくり、読みまくった。そして司馬さんのエッセーなどに陳舜臣さんがよく出てきたので、興味を持ち、それから陳舜臣さんのファンとなったわけだ。今でも僕に中国への興味を持たせてくれるのは陳舜臣さんのおかげだと思っている。

 ホント言えば、今でも歴史系の本だけ読んで暮らしたい僕は、完全にそっち系の人間なのだが、設計屋となり、建築系の本ばかり読む人間になってしまった。なのでこんなニュースを見ると、ファンのくせになさけないと思ってしまう。。ってことで、ご冥福を、今更ながら。。お祈りします。


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2016年1月9日土曜日

のっぺりを防ぎたいの

 以前のこと、僕が設計した木造住宅の家主に、まだ打ち合わせ段階で言われた言葉がある。『どうものっぺりとした家が嫌いなんです』まあ、わかる最近の家はサイディングが主流であり、そこに窓や庇を付けるとしても、どうしても『のっぺり』となることはしょうがない。もちろん、のっぺりしない方法もあるのだが、やっぱりちょっと普段のと違うものを付けるとなると、予算に影響するためなかなか採用できないのだ。またのっぺりさせじと凸凹した家は、壁を多く作るため、やはり予算がかかってしまう。だが家主さんの気持ちもよくわかる。。

 昔から家はぼこぼこしていた。これは日本だけでなく世界中である。窓は木製であり、今のようなサッシでシャープな感じを作ることができなかった。大工さんが現場で寸法を合わせ作り上げてきたわけだ。また外壁もそうである。木製で、最近でもまれにみるが鎧張りのような感じで、凸凹しているのが普通であった。そうでもしなければ、昔の家は、現在と違い、壁の内側には防水シートなどはない。よって雨水の浸入を防ぐためにも鎧張りのような形をとる必要があったわけだ。

 また、古い日本家屋の特徴として、大きな開口部というものがある。この開口部の大きさがのっぺりにさせなかった。だが今では、これらを作ることは中々難しい。厳密にはできなくはないが、構造計算等が必要で、それだけでも30万は吹っ飛ぶため、なかなか難しいとしか言えない。また構造計算しても耐震性や耐風性、また偏心率というねじれの問題。それらを踏まえた設計となると、どうしても壁が大きくなり、結局サイディング等を選んでのっぺりとなってしまうのだ。また、のっぺりしていない、良い家だけが現存しているので、のっぺりはちょっとって事もあるだろう。だが、設計をするこちらだって、のっぺりは実は嫌いだし、僕の知り合いの大分の設計士などは『サイディングなんてクソくらえだ!』なんて言っている。なので、できるだけ予算が少なくてもあがくようにしている。

 昨年、埼玉県桶川市の中古住宅をリフォームしたと書いた。そこではやはりサイディングということになったのだが、できるだけぼこぼこさせるため、サッシの上下左右に枠を入れた。これは、雨が左右から吹き込むのを防止するという役目もあるし、この隣にウッドデッキがあるのだが、そこからの視線も考慮したつもりだ。ただし、ただつけただけでは、防水性を担保できないので、そのへんは工夫をした。どうやた家主さんには好評であるらしい。

 家が建ったころ、今回現場の監理を担当していただいた、東京の偉~い設計士さまに聞いた。『んで、これって何か名前ついてるんすか?庇でもないし。。』すると、『う~んフランス語で。。シルクド・ソレイユ。。だったかな。。』

 う~ん。。それはカナダのサーカスのような。。


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2016年1月8日金曜日

スモールハウスの営業さんが来た。。


 昨年あたりからか、スモールハウスやタイニーハウスと呼ばれているものが、注目を浴びている。東京だったか、スモールハウスという名前ではなかったが、そんな建物ばかりを集めた展示会もあり、多くの有名無名を問わず、建築家様がたの作品が大盛況だったりする。僕にも相変わらずスモールハウスの依頼は来る。僕は設計屋なので、設計料金で生活している。なので、設計料金さえもらえれば、都道府県を問わず、どこでも作る用意はあるが、どうも家自体が小さいため設計料金が高く見えてしまい、何度か流れた。だが設計する立場の人間からすれば、設計(基本設計+詳細設計)のみ、または、設計監理まで入れ、現地で職人さんらに相見積もりをかけ。。などとやって4か月程度はかかるわけで、それなりに料金をもらわねば食えないのだからしょうがない。だが、最近は色んなメーカーさんが名前は異なるが、いわゆるスモールハウスを作ってきているようで、なんか僕もワクワクしだしている。

 昨年末だったか、わが小さな事務所に営業さんが訪れた。『弊社ではこんなもの作ってまして、大変好評なんです』と彼はチラシを片手に持ってらっしゃる。みると明らかにスモールハウス。おお~スモールハウスを営業にかける時代になったかと思った。『んで、どこから来やったとですか?』と聞けば、『大分です!』と言われた。えっ!大分!僕の家は宮崎県の中央部にあり、決して大分からはお世辞にも近いとは言えない。その営業さんが言うには、バカ売れなのだそうだ。なので、大分だけでなく宮崎でも営業所をと考えているらしい。おいおい、僕のお膝元で。。とは一瞬は思った。だが、まあ良い。そしてそのチラシには、おしゃれでカフェスタイルな、フォトショップ系の4坪の家が、333万円とあった。まあ、悪くはない値段だ。なんでも隠居部屋にちょうどいいと思う方々が多いらしく、大分ではよく出ているらしい。あ~そうなんだと思いながら、設計屋の僕としては、設計料金が気になる。なので聞いてみると、それはサービスです。と言われた。まあ、工務店さんが作っているので、名目設計料は無料だろう。だがチラシには10セットのみの販売ですと小さく書いてあった。あっつ、セット販売ね。


 スモールハウスを10組限定などのセット販売にしているというのは、それはそれなりの理由がある。やはり理由は設計料金が大きいだろう。ある程度デザインをプラスして販売するとなれば、それなりに設計事務所やその他コーディネーターの力が必要だ。だが、その金額を一つの建物に乗せ、家主に請求するってのは工務店さんは嫌う。名目設計料は無料だからだ。なので一つのデザインだけ依頼して、それを10個ぐらいのセット販売にし、設計料金等は10分の1に圧縮。。って事になったのかもしれない。まあ、実に商売上手な人もいるもんだと感心した半面、まあ、ワクワクするような感じの建物ではない気がした。まあ、ワクワクするよな建物ってのは建売では売れ残るそうなんだが。。

 だが思ったのがその建物がアンバランスであるという事だ。スモールハウスというのはやはり、床面積が小さいわけで、普通の大きさの家の寸法を採用したら縦に長く、横ちっさ!って感じの家に必ずなる。なので、僕ら設計屋は模型を作り、3Dを立ち上げて、それらのボリュームをまわりの建物と見比べながら家づくりをする。また内部も普通の家の寸法を使うことはない。なぜなら、それを使うと、いかにも狭く感じるからだ。そこは目の錯覚を利用して。。などと色々考える。どうもその家は、サザエさんの『うんがふふ。。』的なボリューム感ががとても気になったりした。 まあ、予算を削らないかんのはわかるんだが、もったいないのだ。

 また、あくまで僕の私見だが、小さい家をご高齢の両親にプレゼントとするのであれば、もう少し大きく作ってあげて。。と思ったりした。。ビートルズのジョンレノンだったか、ある曲の中で、年を経たら、君と庭造りがしたい』という歌詞を書いていた記憶がある。僕だって年取れば庭作りもしたい。庭とは限らず、老後を楽しめる家にした方がいいんじゃないって思ったりするのは僕だけだろうか。。

『スモールハウス知ってるよ!』というと驚かれた。彼が言うには、最初は売れるわけないじゃんと思ったんだが、意外とね。。とのこと。。僕も頑張らねば。。

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2016年1月7日木曜日

未だにメリークリスマス!

 実を言えば、昨年の9月から12月はじめまで鹿児島市に住み込み、昼は損害保険のお仕事、夜は普通に設計のお仕事をしていた。昨年の8月に起きた台風被害のためである。台風のような大きな災害があれば、大きな被害が建物や構造物に発生する。それに対して保険会社には支払いの義務が発生。僕らはその支払われる額が適正かどうかを見極めるのがお仕事だ。だが被害件数は半端ない。なので正社員さんではもちろん足らないし、正社員さんは台風以外の普通のお仕事もある。よって僕みたいな広域災害の建築士とか僕みたいな有資格者がが呼ばれるわけだ。呼ばれる人は全国からであり、みなホテルに住み込みだ。よって、毎晩のようにお酒に誘ってくる。そして、その仕事中は、もちろんホテル暮らしなので3食とも外食である。よって3か月で12キロも太ってもうた。。ってことで今日からジム通いである。


 久しぶりに体を動かし、運動もええもんだね~と思いながら我が家に向け運転していると、なにやら遠くからギンギラギンにさりげなく輝いているものが見えてきた。なんねこりゃ?と近づいてみると、クリスマスのイルミネーションである。今日は1月7日なのにまだイルミネーションがジングルベル。。おいおい、なんか違がないか。。と一瞬思った。

 いぜん僕はアメリカに住んでいた。もちろんアメリカにはクリスチャンが多いので、クリスマスともなるとイルミネーションがギンギラギンである。それは美しく、見入ってしまうほどだ。日本のギンギラギンと違うのが、明かりがクリーム色であること。日本のように白く目に痛くはないのである。これはイルミネーションだけではなくアメリカの照明全般に言えることだ。一応、知り合いのアメリカ姉ちゃんに聞くと、『白人の目は眩しさに弱いのよハニー♡』
と言っていたが、彼女はあんぽんたんだったから他にも何か理由があるのだと思う。だが未だに理由は、わからない。。

 また、日本と大きく違うのが、クリスマスイルミネーションはクリスマスが終わるとさっさと撤去すること。なんせ、んなっ、ハッピーニューいや~をやらねばならんからだ。そして日本の場合、11月だってのにクリスマスソングが流れだすが、アメリカさんはそんな事はしてなかった気がする。まあ、流れても本番1週間前程度か。実に季節に合わせてできている。

 日本もアメリカさんを見習って、正月までにクリスマスは終わりにしたらどうだろうか。四季のうつろいを楽しむってよくテレビなどでやっているが、あのクリスマス的なものを見てると、違うんじゃねぇ。。って思ってしまう。

 僕の友達のM君が言うには、それで会社の利益の大半をたたき出している会社もあるんだから、しょうがねぇんじゃね?などと言っていた。会社の利益のためにクリスマスを強要されるのもね。。いつからそんなに日本がしょぼくなったんだ。。

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2016年1月6日水曜日

わが町がとても臭いのよ。。

 昨年末だったか、地元の役所に行った。地元の知り合いから新築の相談が来たからだ。まず家を作る場合、役所でその土地の情報などを調べる必要がある。その地域は都市計画区域内か、下水道は通ってるのか、道路の状況など、さまざまある。役所に行き、知り合いの役人にその予定の住所を言うと速攻で『そこは都市計画区域外ですね』と言われた。都市計画区域内に建物を建てる場合、規模にもよるが確認申請と呼ばれるものが必要で、都市計画区域外であれば、確認申請は必要ではない。よって20万ぐらいは安くはなる。だが下水道が通ってない地域だったので、浄化槽設置義務があり、100万ぐらい高くなるのがわかった。まあ、しゃあない。。と思いつつ、『んで、うちの町の都市計画区域内ってどこへん?』と聞くと、このあたりとその役人は指をさしたのだが、これが実に小さい。。僕の町は町を1周すれば70キロもあるのだが、都市計画区域はほんのちょっと。。どうりで小学校の近くに鳥の糞で電気を作る工場ができるはずである。。実にくさいのだ。。

 自慢じゃないが、わが町は臭い。。牛や豚がいっぱいいるってのもあるのだが、ペットフードを作る工場や、先ほど書いた鶏糞を燃やすバイオマスの工場などがたくさんあるからだ。牛豚はまだよい。なぜなら牛豚は匂いがきついという認識がそもそもあるので、道路から離れた場所などに牛・豚舎を設けているから匂いはあまりきにならない。だがわが町のペットフードやバイオマスは何故か住宅地の隣にあって、近隣の方々は洗濯ものが外には干せないと言う人だっている。もちろんその地域を車で走る場合は窓を閉めなければならい。そうでもしないと、あのマイルドな香りが口に直撃するからだ。ではなぜ、そんなところに匂いのでる工場があるのか?理由は単純、たまたま土地に建てただけ。。古い工場が空いてたから。。実に迷惑な話だが、これらの工場は、都市計画区域外の場所にあり、条例で規制外なのである。実に悲しい話だ。。そこでふと気になり、一応聞いてみた『んで、都市計画区域をしっかり作る気はないの?』と役人に聞いてみたら、『今、都市計画に詳しい大学の先生に依頼してる最中ですね』と言われ、僕は愕然とした。おいおい、自分の町ぐらい、自分らで考えることもしないのか?

 世界を見渡せば、都市計画はたいていは建築家と政治家と役人が一緒になって協議会を立ち上げ作り上げるところが多い。都市の専門家である建築家と住民の代表である議員さん、そしてその現場に立ち会うことになる役人が、タッグを組み町を作り上げるためだ。どうやらわが町は大学の先生が作った計画を町議会にかけ、皆の賛成を得れば良いというふうに考えているようだが、どう考えたって、わが町の議員さんらが都市計画のテクニカルなことを理解できるはずがない。どうやら今後100年先の未来図を他人に任せるようである。実にけしからん。。という事で、知り合いの町議と今いろいろ企んでいる最中である。

 ペットフード工場の近隣に住む知り合いが言うには、毎年工場を経営している社長さんが菓子折りを持ってくるらしい。なので申し訳なく、反対ができないと言っていた。まあ、僕も日本人だからよくわかる。だがこれがアメリカだったらどうだろう。洗濯ものが干せないので、工場側は必ずランドリー代やそれにかかる人人工代や車代などは必ずださないかんだろうし、その地域の宅地は少なくとも何割かは土地代を下げないと売れないだろう。という事はそのへんの補てんもあり得る話だ。以前、知り合いにそんな事を話したら、『ここは日本だぞ』なんて言われたが、日本人だから黙る必要ってあるんだろうか?

 だが、その工場経営者が、議員だったりするからなおさらややこい。。


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2016年1月5日火曜日

にゃんこの家

 僕は宮崎県の中央部にあるど田舎の町に住んでおり、年の半分は他県でホテルに住み、損害保険の仕事をしているが、宮崎では設計のお仕事をしている。だがここ宮崎では僕らのような設計事務所がかかわるような新築はほぼない。その理由はたいてい設計料金という壁だ。まあ、工務店さんやハウスメーカーさんで設計してもらえば、原価にこっそり20~50%の儲けを上載せしても、3か月かかろうが5か月かかろうが、設計料金は無料というのが建前だが、こちらはその図面を作り、そして、監理するのが商売。もちろんそこにはお金が発生する。なので宮崎から仕事が来ないのはしょうがない。なのでたいてい僕の場合、関東で仕事をすることが多い。

 昨年は埼玉県桶川市で住宅のリフォームに携わった。住宅は2世帯住宅を3世帯住宅へ変するというもの。初めて3世帯住宅と聞いた時、正直逃げようか。。と一瞬だが思った。なぜなら一世帯でも大変なのに3世帯なのである。という事は決定権者が3人はいるってことだ。それにどうやら姉妹と母親の仲はあまりよくない。。なので苦労するのは目に見えていた。なので、『やっぱり作りたくない。。』と一応は言ってみた。。だが、依頼主は幼馴染。。『頼む!』と言われ、ホントにお金でるんか。。と思いいつつオッケー出してしまったのだ。

 『んで、コンセプトはなに?』『どういう生活を今後考えてるの?』これは毎回僕が設計する際に聞く質問だ。家主の嫁さんから言われたのが、『猫の家するの♡』 へっ。。猫? なんでも猫が。。いや、『にゃんこが最大6匹住む家にしたい!』 のだそうだ。アカン。。と思った。。人の家なら色々勉強してきたのでわかる。子供ならこのような設備がいるし、大人の男はこんな部屋が欲しい、だからこのような間取りなるから、このように。。そんな感じで家を作っていくのだが、猫はよくわからない。。厳密にいえばわからなくはない。僕だって愛猫を飼っているからだ。だが6匹ともなるとケンカもするだろうし。。う~ん、やっぱり、ようわからん。。

 だが引き受けた限りはやらないかん。。もともとの間取りはハウスメーカーさんが作ったようで、非常に単純な間取りだったので、僕にとっても家主にとっても面白くはない。なので、プランを大きく変更。2階の壁を移動し、吹き抜けを作り、1階の妹夫婦と母親室を猫が行き来きする。そして子供が二人いるので子供部屋のみ増設し、家主の希望もあり、省エネ等級の高い、つまり断熱性能がばっちりのプランとした。また、僕がよく使う洗面脱衣室から直接ウォーキングクローゼットへ行くプラン。そして大きなウッドデッキでリビングを開放的にするというものを採用した。もちろん猫が爪とぎする荒縄も設置した。という事で大工事。最初はフラット35のSAリフォーム型という出たばかりで非常にハードルの高い融資を受けるため、耐震等級を3を維持する必要があり、耐力壁の計算や床倍率の計算もあったが、なんとかプランをまとめ上げた。


 問題は猫、いや、にゃんこである。なんでも家主さんにれば、にゃんこは昼寝するときに同じ目線の高さににゃんこがいるとケンカになるらしい。もちろん、ケンカになった場合、逃げる道も確保したいという。う~ん、実に難しい。キャットウォークを取り付けるにしても、工法が理由で付けれない場所もあれば、猫は急に嘔吐する。よって食事スペースの上部にキャットウォークを付け、ゲロ吐かれたら、猫が三味線に変わらないとも限らない。また第一、キャットウォークの幅はどのくらいあれば猫が歩けるのか、また、走れるのかわからない。どのくらいジャンプするのか、またどのくらいの段差なら許容できるのかも知りはしない。なので嫌がる我が愛猫ミーにメージャーを当てながら色々調べて、いろんなプランを提出。だがボツ。いいのできたがパソコン止まってまって、ボツ。。それを繰り返してたら、気が付けば工事が始まってた。。

 工事が佳境に入りだした10月のこと、しょうがないので、ここは家主さんの意見を100%聞いてのキャットウォーク作成。もうこちらのアイディアなんて言ってる場合ではないのだ。んで何とかプランらしいのは出来上がった。これをもとにこちらでまた微調整する。これで何とか出来上がり。これで猫が走り回ってくれなければ、埼玉に足を向けて寝れん。。と思っていたら、家主さんは出来上がった建物に大満足してくれているらしい。もちろん猫ちゃんも走り回っているようだ。

 ただ残念なのはほとんどの猫が荒縄で爪を研ぐのに、1匹だけは壁紙で研ぐのだそうだ。壁紙をこっそりヤスリにしとくんだったと後悔した。。また、こちらで設定した塗装が入手が遅れるという理由で、工務店さんが家主だけに連絡をとり、つまり僕の目の届かないところで色を変更したため、真っ赤っかなキャットウォークになったこと。。手元にあった現況図の隣地境界線と建物の間が400㎜もずれていたため、ウッドデッキがでかくなったため、家とのバランスが微妙になったこと。家主の希望を聞きすぎたため、床板が黒すぎて、僕的にはバランスが悪いこと。。う~ん色々、ある。だが家主も気に入っていることだし、そこはまあ、ええか。。

 昨年末、工務店さんから連絡が入った。なんでもいい感じで出来上がったので、プロのカメラマンが入って撮影し、雑誌に載るとの事。う~ん見てみたい。。と思う1月2日。。久々のブログに2時間もかかるとは思わんかった。。

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2016年1月4日月曜日

元旦恒例の怒涛の三社参り!

  明けましておめでとうございます。昨年はブログを触ってなかった筆者ですが、今年は今日から毎日書いていくつもりです。どうぞ、『おもしろい』と『ブログ村』の方を押してくださると、やる気が続きますので、よろしくお願いします。

 元旦である。実にめでたい。クリスマスやバレンタインデーのような軟弱なお祝いは大嫌いな硬派な僕だが、正月は別物。めちゃめちゃ祝う。普段は僕はがっつり寝坊するのだが、やはり元旦は違う。しっかり暗いうちからテンんと起き、ゴルフの打ちっぱもできる我が家の運動場(芝生屋に貸してる畑)へ初日の出を祝っいに向かった。

 日の出を待っていると、近所の小娘らが来ていて、何やらもぞもぞ話しかけてくる。

 『イケメンのおじさん、お年玉ちょうだい~♡』

 小学生の彼女らは僕のことをイケメンのおじさんと呼ぶ。でないと僕がガン無視するのを知っているからだ。もちろんそのように、僕が彼女らを幼いころから薫陶していたのは言うまでもない。もちろんしっかり、彼女らに餌付け(お年玉のこと♡)をし、初日の出を拝んだ。めっさ仕事きますように。。今年こそ自分の家を作れますように。。と10ほど願をかけた後、僕は神社へ向かった。元旦の恒例となっている、怒涛の三社参りにである。

 毎年のことだが、幼馴染のM君と神社に向かった。僕は建築設計がお仕事。1000年ほどの昔から変わらない神社建築を見ると、やはりテンションが上がる。また神社の回りにある鎮守の森が大好きなのである。もちろん巫女さんも大好きなのだ。同級生が神主をやっている地元の神社がいつもの最終地。同級生に挨拶しようと巫女さんらがいる所に行くと、神主のくせに昼寝してやがった。。僕は知っている。彼が一番がんばるのは1月3日だと。なぜなら彼も独身。3日はお客さんもまばらなので巫女さんも暇。ってことで仲良くなろうという魂胆である。実にけしからんやつである。 

 そして神社でのお楽しみ、おみくじタイムである。ふと見ると、同じおみくじなのに一方は100円、もう一方は200円と書いてある。寝ぼけ神主に聞くと、巫女さんから買うと200円らしい。実にせこいやっちゃ。。と思いながらも僕は200円出した。すると『大吉』と書いてある。やった~!!と一人キャッキャ言ってたら、巫女さんににっこりされちゃっただが恋愛欄には『一線を越えるな』と書いてある。。一線って。。どやさ。。 

 最後に、同級生の神主が帰り際、今年本厄だけどお払いとかしていくか?と言われた、一人5000円でやっとるぞとの。ほ~僕もそんな年なのか。。と思いながら、『また3日に来るわ!』と言い残し神社を後にした。家に帰りふと気になりネットで調べたら、全く本厄でも前厄でもない。。 

 野郎。。だましよったな。。 

 ってことで今年は毎日よろしくお願いしますね。

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