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2014年4月9日水曜日

蟹江敬三さんは良い役者さんだったな

  今日は珍しく早く帰ってきた。最近外回りの仕事が多い。夜の11時過ぎに帰ってくることがザラだ。なので、家での仕事がぎょうさん溜まってる。よって今からデスクワークをせないかん。僕の仕事は誰か手伝ってくれるような仕事ではないので、自分との戦いである。ぼ~としたいし、昼寝もした~い!という欲望を打消し現在パソコンの前に座り、excelをいびっている。大抵僕は仕事をするときには音楽を聴くか、国会中継があるときなどはNHKをだだ流ししながら仕事をしている。最近はまっているのはNHKの連続テレビ小説の『あまちゃん』をず~と流しながらお仕事である。現在は、ユイちゃんがグレて金髪になっているあたりだ。僕もおかげでへこんでいる。。だが忠兵衛さんやくの蟹江敬三さんが亡くなったのはやはりショックだった。

  僕は昔から、どうも主役級の俳優さんには興味がなく、脇役の方に興味を持つタイプのようで、以前から蟹江敬三さんが好きだった。物心ついたころから当たり前にテレビに出てらっしゃって、蟹江さんの演技もそうだがその声がまた好きだった。ガイアの夜明けと言う番組のナレーターを長く勤められていたのだが、渋みのあるナレーションがこの番組を引き立てていた気がする。また豪快な役どころも板にあっていたし、その一方でどこか繊細な部分んもあり、本当に蟹江さんの死は惜しまれる。それほど69歳。死因は胃癌だという。今からなのに。。

  ご冥福をお祈りします。

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仕事がんばろ

2014年4月7日月曜日

お巡りさんも春うらら

  春である。最近ドタバタしながらインスペクションで駆けずり回っている日々なのだが、車窓から見る景色はまさに春うらら。窓を開けると花の匂いが車に入ってきそうな感さえある。あくまでそんな感じがするだけで、実際に入ってくるのは虫か排気ガスとPM2.5ではあるんだが。。

  先日、日向市から自宅へ向かって南下していると、どうも国道が渋滞している。渋滞しているといっても、宮崎なので前に進まないってほどではない。だがゆっくり車を走らせていると、山の木々が美しく、なんとなく違う道を走りたくなったのでハンドルを右に切った。向かったのは以前にも書いた尾鈴サンロードというツーリングする方に人気のある山道である。

  サンロードに入ると、日曜日だからか自転車乗りがわんさかいた。ええの~走りたいの~と、最近仕事に追われ、自転車をこいでいない僕は思ったりした。やはりこの時期の山道は素晴らしい。木々が生き生きしている。こんな時期は自転車乗りにはたまらないはずだ。この尾鈴サンロードはアップダウンがきついとは言え、春風の中の下り坂はさぞ気持ちがいいはずだ。そんなことを考えながら走っていると右曲りの下りのカーブ先に満開の桜の木が見えてきた。そしてその桜の木の下には車がたくさん止まっている。おお~花見やっているな~と思ったら、警備員さんが笑顔でこっちにおいでと手を振っていた。ええんかいな、見知らぬ僕も!!と車を止めたら『お急ぎのところ失礼します、警察署のものです♡』と凄い笑顔で話しかけられた。ネズミ取りだった。。

  『ここは制限速度40㎞なんです』と満面の笑顔である。へっ!!そうなん!?と後ろを見ると確かに下りきった曲がり角には、『ここから40㎞』と書いてある。アクセル踏んでなくても勝手に80㎞でる坂道だ。すぐに制限速度なんて超えてまう場所である。ふと周りを見るとみんな『そりゃないよ~』という顔をしていた。ってことで15,000円を請求されてしまった。。年収の低い宮崎県民にとって15,000円は実につらい。。ちっ!!とは思ったりしたのだが、やはりスピードを出した僕が悪いわけであり、不服ではあるがルールには従うつもりだ。ただ思うのはお巡りさんも、満開の桜だし、いっちょ行ったるか!!って感じで出てきたんではないかと思えるような日曜日であった。

  と書いておきながらやはり腹が立つ。なんとかこのネズミ取りに引っ掛からない方法は。。いやいや。。制限速度をきちっと守れる方法はないのだろうか。つらつら考えみるに、大抵お巡りさんは制限速度30㎞か40㎞の見晴らしの悪い下り坂の先に笑顔でいらっしゃる。これをかいくぐる方法。。いやいや。。しっかり制限速度を守れる仕組みはないんだろうか。。お巡りさんが持っているレーダーを探知する機械があるのは知っている。だがどうもあれでは安全運転にはならない気がするし、どこか潔くない気もする。う~ん、他に何かないんだろうか。。

  僕が小さい頃など、高速道路を走っていて100㎞を超えたりしたら警告音が鳴っていた。聞くところによると、そんな警告音が義務づけされていたのは日本だけであったようで、日本市場で己の車を売るために、鬼畜○○の車メーカーが己の政府を使い、我が政府に圧力をかけて辞めさせたらしい。これだ!!と思った。要は、GPSで現在走っている道路の制限速度を自動で認識し、制限速度を超えると警告音が鳴るようなアプリがあれば良い。トラックの後ろに書いている『制限速度を守って運転してます。お急ぎの方はお先にどうぞ』要はこの精神で走ることを促すアプリである。こんなんあれば事故も減るだろうし、15,000円も払わずに済むはずだ!!ってことですぐにそんなアプリがないか調べてみた。すると、やっぱりなかった!!

  やはり自分で気をつけねばならんという事か。。

  だれか作って!!

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ものすごくブログ遅れてすみません。
インスペクションの見積もりなら右のメールボックスまで!!

2014年3月19日水曜日

なぜマウスもテンキーも右なんだ?

  仕事が忙しい。鬼のようにタイピングし、高橋名人のようにマウスを35連打はしている。まだ京都の設計事務所で働いていた頃などは、8時から27時まで働いてもそれほどバテるものではなかった。だがあの頃は20代。さすがに最近は体がついていけない。目の奥が重いし、まぶたの痙攣は止まらない。マウスを握る右手と人差し指は腱鞘炎がひどく、今見たら、右手にはエレキバン7個に湿布を張りっていて、どこかの有名アニメ映画監督の手みたいになっている。やはりこれだけガタがくるのは年だからだろうか。。このまま同じような働き方で年をくっていけば、症状は悪化するのは間違いない。これは何とかせなイカンとは思っているが、辞めたらおマンマ食べれなくなるわけで、やめるわけにもいけない。目は薬と眼鏡と気合で何とかするしかないと思う。だがこの右手の腱鞘炎は何とかならないだろうか?そんなことを考えているうちに、妙なことを考え出した。なぜマウスは右で、テンキーも右側にあるんだ?不便じゃないか?

  最初に考えたのは、実はパソコンは左利きの人用に作られたのではないかという事。左手にマウスを握り、右手でテンキーを押せばexcelなどの事務仕事には向いているはずだと思うからだ。だが、僕はアメリカに住んでアメリカの企業で働いていた時期があるのだが、周りのアメリカ人で左にマウスって人は皆無だったような気がする。もちろんその会社は設計事務所ではなく軍関連会社であったので、それほどマウスやテンキーを駆使する会社ではなかったという理由もあるだろうとは思う。確証はないのだが、アメリカでも右側マウスが一般的ではないだろうか?って事で、ん~これはナシ。

  そもそもキーボードの初期型と言えるのはやはりタイプライターであろうと思う。タイプライターの時代には、あるにはあったかもしれないが、基本テンキーはない。なぜテンキーがないのかと言えば、テンキーなどよく使うものを今のようにキーボードの右側のみに配置していれば、右手が異常に疲れるし、それに早打ちをすればインクが滲(にじ)むという理由があったようである。その後、にほんでは1970年代ぐらいからワープロが出てきた。僕が中学校ぐらいがワープロ全盛期であっただろうか?まだシャープが元気バリバリであった時代だ。覚えているのは、僕が蛇口泥棒(なぜかわが母校では蛇口を首にぶら下げるのが流行(流行元は僕。。))をし、職員室で教師にぶん殴られていた時、その脇にはワープロがあり、他の先生らがカチカチと人差し指で華麗なタイピングスキルを僕に見せびらかしていた事である。実に『かっけ~!!』と、ド衝かれながら思ったものだ。今の若い人はよく分からないかもしれないが、ワープロあくまで文章作成のためのものであり、今でいえばオフィスのwordのようなもの。もちろん初期のものにはテンキーなどはない。

  その後、日本では急速にパソコンの普及が進んだ。たぶん僕が高校生の頃だったと思う。当時、excelがあったかどうかはわからない。だがそのころからテンキーが右側に固定化されてきたようである。やはりそれは、以前から八百屋のオヤジさんが使うような計算機が右利き用であったので、テンキーも右側配置で計算機と同じカタチになったのかもしれない。ちなみにアメリカでも計算機は日本と同じく右利き用が一般的だし、高校生の数学(あれは数学ではなく算数程度の問題。。)でも計算機を必ず使う。やはり made in Japan の計算機である。一方マウスは設定を変えるだけで、右利き用・左利き用とできるわけで、メーカー側としては『ご勝手に♡』という事かもしれない。パソコン機器メーカーは妙に保守的なところがあるので、これがなんとなく伝統となって今でも続いているのかもしれないという結論になった。もちろん勝手な思い込みではあるが。。

  だがそのおかげで、僕は腱鞘炎である。これは何とかせなイカン!!という事で、また1分ほど考えた。すぐに後付のテンキーと左利き用マウスを手に入れれば、少しは痛みが緩和するんじゃねぇ?って事に落ち着いた。要は右手だけを使うので痛いのだ。右手でマウスを握る時は左側にテンキーを置き、そして疲れたらテンキーは取り外し、左手でマウスを握り、パソコンのテンキーを使う。もちろん最初は不便であろう。だがなめてはいけない。僕は露も滴る元音大生で、ギターでアメリカ女をブイブイ言わせていた時代だってある。左手の指はは右手のそれよりも、ようけ動くのだ。老後のことを考えるとこれしかないんじゃないか!!と小学生のようなアイディアを思い立ち、いてもたってもいられず昨日電気屋へ向かった。だが買ったのは、手にフィットするマウス(右利き用)。。理由は店員のかわいい女の子が『これ私も使ってますが、いいですよ~』と言ったその笑顔に負けたからだ。。う~ん、情けない。。若い娘の笑顔にだまされるのも年だからだろうか。。

  って事で今も手が痛い。。

  ちなみに、テンキーは買い忘れた。。

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さあ、仕事だ仕事。。

2014年3月17日月曜日

藤巻幸夫さんが亡くなった。。

  昨日、びっくりするニュースが入ってきた。僕が以前から超尊敬していた藤巻幸夫さんが亡くなられたというニュースだ。54歳だという。いくらなんでも早すぎる。。

  僕がこのお方を知ったのは、多くの方と同様に、靴下や足袋などを扱う『福助』に藤巻さんが辣腕をふるって話題になったころからだ。ニュースであったと思うが、インタビューで藤巻さんが『福助の人形ってすごくかわいいでしょ!!』と大きな目をキラキラさせながら答えていた。それまでは福助という人形がかわいいなどと思ったこともない僕であったが、その藤巻さまの顔を見て、意外と福助ってかわいいなと思った自分がいたと同時に、この経営者さんは他の経営者さんらとは何かが違うと僕にはビーンときた。いかにもやり手のビジネスマンといった感じだし、そしていかにも一緒に仕事をしたくなるタイプだと思った。それ以来、この方の言動が気になっていた。。

  ある時、ふとNHKの教育テレビ(今ではE-テレって呼の?)を見ていたら、この方のビジネス講座をやっていた。もちろん教育テレビなので派手な演出などはなく、ジミ~な感じの番組ではあったが、なかなか実践的であり、普段の藤巻さまの働き方を映像として見ることができたのでありがたかった。その中で藤巻さまがある工場?アトリエ?に行かれた時の事を覚えている。そこで出されたその相手方の商品に『これは面白い!!』とまた目をぐるぐるさせながら大きな声を出されていた。よく僕も仕事がら、いろんなメーカーの営業さんらとお話をしたりする。中には僕を持ち上げるために褒める人もいるが、藤巻さまの場合はそんな臭いはせず、むしろ心の底からその商品の良いところを見つけているような感があり、またその藤巻さまの感動が相手にも伝わるようであった。ビジネスの極意とはこれである。そんな事を藤巻さまから教わった気がしている。

  その番組でも言われていたのが、『人の長所を見つけ、人を巻き込んで仕事をする』という事だ。確かに利益を上げている会社の社長さんらはとても魅力的な方が多い。僕もインスペクション(住宅診断)などでいろんな不動産屋の社長さんらとお話をするのだが、みなさんとても魅力的だ。今僕の仕事はインスペクションの比率が大きくなってきた。藤巻さまの教えを実践していこうと今回のニュースを見て思ったりした。

  実に惜しい人を亡くしたな。。

  早すぎるわ。。

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合掌

2014年3月12日水曜日

そろそろ、返してくれんかね。。

  なんでも嫌韓だと本が売れるようで、本屋さんに行けばその手の本だらけだ。はっきり言ってしまえば、韓国の事を褒め称えている本などは、僕が住む宮崎の田舎町でも売っていないようである。思えば僕が高校生ぐらいの頃は、これほど韓国関連の本などは売ってはいなかった。よく海外の方々から日本は右傾化していると言われるが、確かに僕が高校生だった頃よりは右傾化しているのだろう。僕は韓国が好きか?嫌いかと聞かれれば、『不倶戴天の敵♡』程度に大嫌いであるのだが、別に人種としての韓国人が嫌いなわけではない。僕は以前アメリカに留学していたので、彼らのことは少しは知っているつもりだ。実際、今でも仲の良い友達だっている。だが窃盗は起こすし、友達だからと言う理由で勝手にルームメイトの日本人の自転車を売って『一緒にうまい飯食べよう!!』と誘うし、仲良くなったら服を勝手に学校に着てきたりするし、女をレイプしたり、自分の女に包丁突きつけ暴れて刑務所に入れられたり、ホント最低のやつもいたりした。

  僕がアメリカに留学し、まず住み始めたのは寮だった。そこには日本人6人に韓国人10人ほど、タイ人1名の共同生活であった。僕のルームメートは僕より4つほど上の韓国人で、とても気のいいやつだった。当時の僕は全く英語はしゃべれない。やっとこさ覚えた『Nice to meet you(初めまして)』が言える程度だ。もちろんその初対面のルームメートとは『ナナナ、ナイス・トゥー・ミーチュー』とあいさつを交わした。だが荷物をまとめていると、いきなり他の部屋に住む韓国人の男が数人押し入ってきて『お前日本人だろ!!独島はウリのものニダ!!』みたいなことを言ってきた。英語ではなく韓国語でである。こっちはぽか~んとし、へっ!?って顔でご対応。もう何が何だかさっぱりわからない。日本的な『とにかく仲良くしよう』『政治の話は周りの空気を読んでからね♡』という考えはその一瞬で吹っ飛んだ。その後、そいつとは酒を飲み、というか飲まされ、彼は秀吉の朝鮮出兵で勝手に怒り出していたが、かったるいので無視をした。

  当時は日本と韓国が2002年のワールドカップ開催地を争っていた時期であり、両国民は何となくそわそわしていたのだが、韓国人らが勝手に寮や学校のあちらこちらに『World Cup in Korea 2002』というポスターを張り始めたことには幻滅した。さすがに一緒に住みだした寮生活であり、両国民は仲良くなっていたので、日本人は大困惑。。さすがに学校ではアメリカ人の教師が『このようなポースターは学校では禁止します』と剥がされたのだが、寮では剥がしてもすぐにまた張られる。これは注意しないといかんと思い、韓国人らに言うたら向こうはポカーンとしてた。そして『なぜ日本人はポスター張らないの?』と真顔で聞いてきた。っていうか、何であんたらそんなにポスター持ってるんだ?日本サッカー協会はそんなモンくれんかったぞ!!

  最近、Google Map の竹島の Street View が話題になっている。なんでも竹島の Street View に韓国の方々が横断幕を持っている画像が見れるというものだ。Street View とは Google Car が道路を撮影しながら移動したり、車の入れない場所はカメラを持って移動したりして作られていると聞く。もちろん竹島は車ではいけないので、カメラを持って竹島に行ったかと言えば、Googleさんもそんなに暇ではないし、領土で揉めているところに分け入って入るほど根性があるワケではない。これはPhoto Sphere という機能を使っている。これは球体写真をわざわざあるユーザーが自らアップして、 Street View として公開しているわけだ。実に胸クソ悪い。。そんなに『ウリのものニダ』と言いたいなら、司法裁判所に出て決着すれば良いだけなのに。。そっちの方が向こうだってすっきりすると思うのだが。。

  ただこの画像を見て、『なんで日本人はポスター張らないの?』と真顔で言った韓国人を思い出したりした。まあ、あの頃と変わっていないってことかな。。って言うか、あいつら元気にしているだろうか。。

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さあ、仕事しよ。。

2014年3月11日火曜日

あれから3年

  早いもので、東日本大震災から3年だ。もう3年もたったかと思ったりもする。僕は発生2か月後に宮城県の女川町に保険のための損害を鑑定士に行ったのだが、あの瓦礫の山と、すべてが錆びたにおいは一生忘れないだろうと思う。ただただ犠牲者の皆様のご冥福を祈るばかりだ。

  先日、NHKを見ていたら、津波対策の堤防について放送していた。釜石だったか?津波対策のため、国が予算を出し6mの堤防を海岸沿いに建てる計画があるのだが、これが住民との合意が取れないので前に進まないとのことだ。住民代表者の方が答えてらっしゃったのが、『ここの住民は、今まで海を眺めて暮らしてきたので、6mの堤防を作ると言われても。。』みたいなことをおっしゃっていた。また『東日本大震災で、人間が作ったものが役に立たないかと言うのはよく分かった』『堤防を作るよりも、早く高台に逃げれるように道路を広げてほしい』ともおっしゃっていた。その代表者の話を聞きながら、まあそうだわな。。と思ったりした。結局は海沿いをかさ上げして、その上に家や道路を作り2mの堤防を作るという事で落ち着いたようだ。

  6mの堤防を作ろうとする自治体の気持ちもわからなくはない。ただ思うのだが、コンクリートの堤防を作ったとして、その近くに僕だったら家を構えたくはない。窓を開けるとコンクリートの堤防ってのは、あまりにも味気ないからだ。ただ、防災計画や都市の再生計画がまとまらないと現在仮設住宅に住む人々は家も建てれないわけであるので、どこかで区切りはつける必要はあるだろうとは思われる。この堤防計画がまとまったのが最近だとすれば、『あれから、まだ3年』という事だろうか。。

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毎日更新できずにすみません。
忙しい。。

2014年2月28日金曜日

ブラックバスを痺れさす

  実にけしからん事ではあるが日本の湖などの生態系は、ブラックバスやブルーギルなどの外来種によって荒らされ、絶望的な状況であると言われている。行政も対策に追われ、今までいろんな手立てはやってきてはいる。たとえば、外来種を釣った際のリリースの禁止や、釣った外来種を町などが購入する制度だ。だが外来種がなくなる気配はない。一昨日か、NHKのニュースを見ていると、熊本のある業者さんが、湖やダム湖などにいる日本固有のワカサギなどを、外来種から守るために新たな技術を開発し、県はこれを導入しようと考えているとあった。

  その方法は外来種の駆逐に電極を使うのだという。湖などに浮かべたボートに電極を括(くく)り付け、それをブラックバスなどの外来種がいそうな場所で700ボルトの電流を流すと、魚はしびれ動きが鈍くなる。そこを人間が網ですくうのだという。もちろんしびれるのは外来種だけではなく、固有の種の魚もしびれる。だがしびれるだけあり死にはしない。時間がたてばまた元気に泳ぎだすそうだ。ニュースの中でも実際にダム湖にボートを乗り入れ、県の職員さん?が電流を流していたのだが、体長40㎝越えの大物を含む外来種40匹をすくってらっしゃった。大量である。そもそもこの電極を作ったのは、農業用の電気の柵を作っている業者さんであり、それを応用したのだと開発した業者の社長さんが取材に答えてらっしゃった。実にいい仕事だ。

  今でこそ、ブラックバスなどは特定外来生物指定されさまざまな規制がかかってはいるが、1970年代に魚食性が強いとの理由で、生態系(在来生物層)への影響や、漁業被害が問題視されるようになって漁業調整規則で無許可放流が禁止されるまでは、放流自体はさほど問題にはしてはいなかったようであり、結構そのへんは大らかであったようだ。世界的にもフィッシング用に人気があるブラックバスは、釣り具メーカーや個人、はたまた進駐軍により放流されていたようである。だが固有の種を守る観点からやはり駆逐するべきだろうと思う。これからの熊本の業者さんの活躍に期待をしたいと思う反面、ブラックバス愛好家がいる限り難しいだろうなとも思ったりする。

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忙しいため毎日書けず、すんません。。

2014年2月26日水曜日

ダイオウイカを捕まえた漁師がかっこいい!!

  今朝がた、いつものようにNHKのニュースを見ながら朝飯を食べていたら、とんでもないニュースが目に入って来て箸を止めた。ダイオウイカを生け捕りしたニュースだ。そのニュースを見ながら僕は思わず笑ってしまった。生け捕りって。。アンタどんだけ勇者なんだ!!

  ダイオウイカが見つかったのは、兵庫県の日本海側にある新温泉町の300メートルほどの沖合だそうで、地元の漁師さんが水深約8メートルのところでサザエの素潜り漁をしていたところ、頭上を大きなイカが泳いでるのに気づいたそうだ。普通は、そこはビビって逃げるだろ!!と思うのだが、何を考えたのかはわからないがこの漁師さんは、持っていたロープにイカをくくりつけて生きたまま捕獲。そしてイカを船で引っ張り漁港に水揚げしたそうだ。見つかったダイオウイカは、触手と呼ばれる一番長い手が切れていたが、全長4m13㎝もあり、重さは200キロもあるのだという。

  そもそもダイオウイカを生け捕りして危険ではないのか?学者によると日本海に浅瀬で見つかるダイオウイカはそもそも弱っている個体であり、それほど危険とは言えない、みたいな事を言ってらっしゃった。だがしかし、やはり中には生きの良いダイオウイカもいるだろうし、日本では最大6m、ヨーロッパでは18mのダイオウイカも見つかっている。常識的に考えて危険がないわけではないだろう。

  しかしこの漁師さん、実に男前だ。これが古事記の時代だとスサノオクラスの神話になるであろうし、現代だとリアル・モンスターハンターと言われても良いレベルだ。アメリカだと、『彼は潜った。そしてダイオウイカを捕まえた。』と墓石に刻まれるだろう。一生、スナックでモテモテのはずだ。名誉町民ぐらいはしてやらないとイカン!!実にカッケー!!子々孫々まで名を残すレベルである。

  その後、その捕まったダイオウイカはもちろん研究のため、そのスジの学者さんらに引き取られていったそうではあるが、ためしにこの漁師さんはちょっとだけ食べてみたそうだ。そりゃ漁師さんが獲ったモンだから、学者さんが『ちょっと食べるのは。。』と言われても食うだろう。通常ダイオウイカは臭くて食えないとは言われているが、新鮮であったからか臭みはなかったそうだ。だが旨くもなく不味くもなかったと産経新聞にコメントしていた。

  きっと良い酒飲んだだろうな :D

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ブログが飛び飛びですみません。
忙しいんです。。

2014年2月20日木曜日

スリップしたらサヨウナラ

  ブログが遅れて申し訳ない。仕事が忙しくどうもブログを書く余裕がなかった。というか今もめちゃくちゃ忙しいのだが、ちゃっちゃと書きます。

   昨日は、朝から宮崎県の北部にある延岡市まで、既存住宅のインスペクション関連のお仕事のため出向いた。僕の家から延岡までは2時間ほどかかるので朝早くの出発だ。昨日は大分冷え込んでいたらしく、車を走らせていると窓がすぐに曇る。あったかいコーヒーでも買おうと近くのなじみのコンビニに寄った。ふと山を見上げると雪が積もっていた。南国宮崎に育った僕はいまだに雪を見ると、いい年こいて『雪だ~!!』とはしゃぎたくなる。思わず仲の良いコンビニ嬢に『雪じゃね!!』と言ったら、『そうですね~』と軽くあしらわれた。う~ん雪国育ちぶりやがって。。

   16時過ぎに延岡の仕事を終わらせ、さあお家に帰ろう!!と国道10号線を南下しようかと考えたのだが、どうも面白くない。他県のはどうかは知らないが、宮崎の国道沿いは看板だらけで、どうも車で走ると、新聞の広告の中を走る気がしてどうも僕は好きにはなれない。それに延岡は僕にとっては年に1度ぐらいしか来ることはない土地だ。ちょっとした旅情にもひたりたい。手元には我がスマートフォンもあるし、いざと言うときのバッテリー充電気もある。これさえあれば、いざと言うときはGoogle Mapで何とか家にはたどり着けるはず!!という事で裏道へと車を進めた。

   さすがに初めて走る道なので、よくわからない。スマートフォンは使おうと思えば使えるのだが、のっけから使うのも面白くはないと思い、自分の中のGPSを頼りに車を進める。宮崎県は基本的には海は東側、山は西側にあるので、山を右手に見ながら走れば南下はしているはずだとか考えながら車を進めた。空模様は決してよくなかった。朝から雨が降ったりやんだり。最高気温は8度とNHKさまは言ってたな~と思いながら走っていたのだが、どうもそれよりも外気温は低そうだ。まあ、山手だから少しは低いよな~と考えていたら、ちらほら雪が降り出した。『ああ、雪だ!!』とテンションあがったのは良いのだが、すぐに道路わきの看板に目が行った。『道路の凍結・スリップに注意!!』へっ!?スリップするん!?

   そこからが地獄だった。雪降る山道を走って家に向かったのだが、道路の脇は超崖である。よくぞこんなところに道路作ったな。。と日本の土木技術の高さと血税の太っ腹な使い道に感激しそうになる。そんな道をスリップにビビりながら超低速で僕は車を走らせている。というか僕のしか車はいない。対向車線にもまったく車はない。。こりゃますますアカン!!と思って走らせていたら、女子高生がスカートに生足で傘も差さずに突っ立っていた。乗せたろかと一瞬だけ思ったが、変な人と思われるとイカンし、雪女だったらどうしようと思い、ニッコリして通り過ぎた。あまりの低速の車だったらか、娘もじ~とこっちを見ていた。寂しくなったからだろうか、普段はつけないラジオをつけると福山雅治さまの歌が流れていた。ふとま~しゃがテレビでやっていたスタットレスタイヤCMを思い出した。ま~しゃの顔をたてて、スタットレスを買おうと心に決めた。

   家に着いたのは延岡を出て3時間半もかかった。えらい目にあったな。。と腹が減っていた僕は晩飯をがつがつ食べた。天ぷらだった。安倍首相は雪降っているのに高級天ぷら食っとると非難されているのを思い出した。まあ、食わんでも雪は止まないし、災害担当の大臣もいるわけなので、そこは目くじらを立てるつもりはない。別にその天ぷらが18,000円でも総理大臣なんだからぶ~ぶ~言うつもりはない。こっちは時間サービスで200円となった天ぷらなんですが、何か?

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さあ、仕事しよ。。

2014年2月12日水曜日

女流鏑馬(やぶさめ)が美しい!!

  僕は宮崎の片田舎に住んでいるのだが、東日本大震災の折、損害保険の鑑定人として東北は仙台に行ってからというもの、東北に興味を持ち始めているようだ。なんとなく『東北』というキーワードがネット上や新聞などで目に入ってきたら見入ってしまう。僕は理由もなくネットサーフィンをよくやるんだが、先日もぺぺっとネットを巡回していたら青森に行きついた。青森の魅力はたくさんある。一度は行ってみたい『ねぶた祭り』、遭難だけはしたくない『恐山』、なぜか盆踊り?で盛り上がる『キリストの墓』、日本のプレスリー『吉 幾三』さまも青森産である。そんな行った事がないのに大好きな青森ではあるが、妙な祭りを発見してしまった。女だらけの流鏑馬があるらしい。

  この祭りは『桜流鏑馬(さくらやぶさめ)』と言うらしい。『いんみょ~(陰陽と言ってはるらしい。。)』と言いながら矢を放つ小笠原流などの流鏑馬は神社などで行われている。これは主に神社に奉納するための流鏑馬で、的を射るのが一番の目的と言うよりは儀式的な意味合いがある。一般的に、この神社などの流鏑馬は封建的・封鎖的であり、一般人が流鏑馬を愛好できる環境とは言えない。一方、『桜流鏑馬』は儀式的な流鏑馬とは違いスポーツ流鏑馬であり、純粋に的を射ることとスポーツ振興が目的で始められたようである。調べてみると服装や装備にはこれと言った取り決めはないようだが、原則的に馬は和馬か和馬と洋馬の混合種であると決められているそうだ。また、誕生して10年ほどであるわけで、ルールも年々変更されているとある。

  だが動画にもあるが、女性の方々が美しく矢を放ってらっしゃる。実に美しい。スポーツなので純粋に優勝を狙うのなら競馬選手が来ているようなパッチぱちのレオタードに、マッシュルームみたいなヘルメットの方が機能的なのかもしれないが、皆さん和装に烏帽子姿だ。実に見ていてテンションあがる。それに的に矢が刺さると係りの女性が『当たったよ~』と桃色の和傘を広げてはる。実に素晴らしい。また小柄な和馬が疾走する姿がこれほど美しいとも思わなかった!!桜の時期に疾走するってのも良い。開催日は4月の27日・28日で、場所は十和田市なんだそうだ。いつか行こうっと!!

  和種の馬はほとんど利用価値がなくなっており、頭数もほとんど僅かとなってきているが、こんな競技を活かして頭数を増やしていってほしいと願ている。

  偉いぞ十和田市!!

  かっこいいぞ十和田市!!

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仕事が忙しい。。

via.gienn waters

2014年2月10日月曜日

よくある田舎者の揉めごと

  以前から書いているように、僕は宮崎中部のド田舎町で主に住宅の設計をしている。設計の仕事とはなんとなく、一日中パソコンの前に座り図面を書くのが仕事と思われがちだが、それは設計業務の中の一部であり、その他にも工法や素材、また役所での官公庁での調べ方作業や、業者さんとの打ち合わせ、工務店探しから土地探しまで、結構仕事の幅は広い。先週末も、同じ町内だがもっとド田舎の山間の地区(同じ町内だが方言も違う。。)の工務店へ、我がセカンドカーで、ロータリーエンジンを搭載していると若い女性にキャッキャ言われてるスバルの軽トラックを運転し打ち合わせに向かった。

  工務店に着くと、何やらワイワイ庭先で騒がしい。なんじゃろな。。と思っているとその工務店の社長さんが『おお、先生もシカ肉で一杯やらんね?』と言ってきた。どうやら鉄砲打ちもする社長さんが鹿を裏山で仕留めたらしく、暇そうな近隣のオッチャンや僕のご近所の鉄砲打ち仲間と昼間っから飲んでやがる。。『あの~、打ち合わせは?』と一応は聞いてみたが、『飲みながらやろうや』と言われてしまった。。おいおいこっちは車だぞと思ったが、断るわけにもいかないので、酒は飲まず肉だけもらって打ち合わせに入った。だが頂いた肉はめちゃめちゃ旨い!! 『旨いじゃろ!!解体したばかりやジ!!』と僕の近所の鉄砲打ちのオヤジさんが言うた。よく見てみると、庭先には鹿がバラバラに解体され町指定のごみ袋に入っていた。。さすがに田舎に育った僕ではあるが、鉄砲打ちではないため、解体された動物などは見る機会はほとんどないので、やはりちとびびった。。

  ふと疑問に思い近所のオッチャンに聞いた。『この解体した後の頭とか内臓とはどうするの?』するとオヤジが答えた。『山に穴掘って捨てるとよ』 確かに燃やせるゴミとして、道路わきに鹿の頭などを置いといたら、清掃車の係員もビビるだろうし清掃車は血まみれになるだろう。それにそんなの小学生が発見したらトラウマになるに決まってる。だが思い出せば、その近所のオヤジの娘が小学生の頃、『先生が結婚したから、早く子供を出産できるように♡』と猪の目ん玉をビニールに入れて登校し、女性担任に思いっきりビンタくらっていた。。きっとそれ以来学習し、頭や内臓は山に埋めることにしたのだろう。また『山に埋めた方が、動物にとっても供養になるんだ』と親父は言うた。まあ、それは言いようだ。。

  昨日、僕の住む地区では簡単なお祭りがあった。お祭りと言っても屋台などがでるような類ではなく、単に飲み方だ。僕の地区は昭和の初めに山火事に会い多くの家々が焼けたのだが、昨日がその日に当たるので、何となくだが『火祭り』と呼ばれている。こんな飲み方が月に一度もあり、それも一日中飲むので、だから田舎から若者がいなくなるんだ。。と嘆きたくなるのだが、父親がたまたま出張で出かけていたので代わりに僕が参加した。もちろんそこには鉄砲打ちのオヤジが仕留めた肉(猪・鹿・ウサギなど)がずらずらりと並ぶ。田舎に住んでいてもそんな肉は毎日のようには食べることはないので、僕もちと嬉しい。ワイワイやっていると、『あんた何くわえちょっとねお!!』という女性の金切り声が聞こえてきた。

  ふと会堂の外を見てみると犬が何やらくわえてる。この犬は近所の飼い犬で、いつも放し飼いにしているので僕が餌付けをして『桃子(チワワと何かの雑種)』と呼んでいる犬だ。ホントの名前は知らない。どうやらくわえているのは猪の足の骨らしい。すると桃子の買主が鉄砲打ちのオヤジに『またウチの裏山に猪埋めたやろ!』と怒り出した。僕も知らなかったが、どうやら鉄砲打ちのオヤジは、結構な近場に穴掘って猪の頭や骨を埋めているらしい。そしてそれを小さくてかわいい桃子が掘り出して餌にしたようだ。鉄砲のオヤジが『犬を放し飼いにしているお前が悪い!!』と逆切れを始めた。。すると桃子の買主は『もっと穴を深く掘らんか!!』とお互い3時間も飲んでいるので怒りまくってる。。それを見ながら酔っぱらいの僕は思った。

  どっちもどっちだろうが。。

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さあ、仕事をせねば。。

2014年1月20日月曜日

仕事と服装

  昼前に煙草が切れたので近くのコンビニまで行ってきた。そのコンビニに行く途中に自販機はあるんだが、僕ら設計屋の仕事は、日によっては誰ともしゃべらない日もあるわけで、コンビニで『ハイを押してください~♡』と若い店員に促される、その会話だけでもちと嬉しい。よって積極的にコンビニで煙草を買うようにしている。実に設計屋のお仕事とは、引きこもりに似ている。。

  お店ではその程度の会話しか普段はしないのだが、めずらしく店長さんが話しかけてきた。『設計屋さん(僕はそう呼ばれてる)、集成材ってどうなの?』と質問された。んっ!?なんぞな。。とは思ったが、あくまで一般論と断ったうえで、いろいろ教えてあげた。すると隣にいた入って数か月の20代の店員さんが『えっ!?建築家さんなんですか?』と言ってきた。『建築家ではなく設計屋ね♡』と断ったうえで、どうでもよい話をしていた。どうやら困ったことに、若い彼女は僕がいつも昼時に煙草を買いに来るので、『プ~』だと思っていたらしい。。『建築家さんってお金持ってそ~』と彼女は言ったので、『金持っていたらもっとエエカッコをしてるって。。』と言うと、『確かに。。』と余計な事を言いやがった。。

  道の真ん中を歩いたら『匠』と呼ばれるテレビ番組がはやったせいか、建築家さんに対する妙なステレオタイプが広がったようだ。大体男性の場合は、無印良品のような服を着たナイスミドルでズボンはジーンズかチノ。髪の毛は染めてはおらずロマンスグレーで、結構値段が張りそうな良さげな時計をはめていたりする。街にいるちょっとした小金持ち。まあそんなイメージだ。

  だが実際に設計をする人々を多く見てきたが、もちろんそんな恰好ばかりしているわけではない。背広を着ている人もいれば、ジャージを着て仕事をしている人もいる。最近ではユニクロ系の服を着ている人もいるだろう。設計というお仕事は普通に戸建住宅を作ったところで儲けが出る職業ではない。やっと自分の日当がでるかな(下手すりゃ日当4000円を切ることもある。。)というぐらいしかお金が出ないので、それほど皆、服装にお金をかけるわけではない。僕らの仕事は、しっかりした服を着れる人が要求されるのではなく、良い建物を設計する人が要求されるお仕事であるので、服装はみなさん好き勝手着ている。まあ、設計の仕事環境とはその程度のモンだ。

  以前僕が京都で設計事務所に就職すべく面接に行った時の事、『うちの事務所は背広だよ』と言われたのでキャンセルを申し出たことがある。面接のときに見渡すとみなよれよれの背広を着てらっしゃる。設計業は拘束時間はバカみたいに長い。もちろん休日出勤は当たり前だと考えると、手取り10万以下で背広だと、アホらしくてやってらんない。まあ社長さんは外車でブイブイだったが。。

  僕はというと、どうせ我が事務所に来るのは業者さんだけだと腹をくくっているので、1280円で買った方位磁石つき時計(方位はとても重要!!)を手に装着し、Aコープで買ったチャンチャンコを着てお仕事をしている。チャンチャンコがあるとないとでは光熱費が違うからだ。チャンチャンコを着て仕事をできる職業につけて幸せだな。。とつくづく感じている。

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さすがにチャンチャンコでコンビニには行きません。
あしからず。

2014年1月8日水曜日

関西ダンディーの死

  昨日の朝方、ブログを書き終わり、さあ仕事のこのこ進めていると、ブログを書いた後の軽い疲れかふとYoutubeが見たくなった。別に朝っぱらからYoutubeを見る趣味はないのだが、なんとなく見ようと思いクリック。別に理由もなく、昨年の12月30日に放送された『そこまで言って委員会』をガン見した。僕はこの番組が好きで、関西に住んでいるころはよく仕事をしながら見ていたもんだ。宮崎に帰ってからは自分の部屋にはテレビがないので見ることが減ったが、この番組の正々堂々とした空気が好きで、たまにYoutubeなどで見ている。夕方過ぎにふとニュースをチェックしようと、ネットを開くと、やしきたかじんさん死亡のニュースが出ていてショックを受けた。

  僕が京都に住みだし驚いたのは26歳の頃。それまで19からアメリカに住んでいたので、また、当時はまだYoutubeなどはないので、知っているのは宮崎のテレビ情報でしか知らない。なので関西に住みだして宮崎では見ることができない面白いテレビが、当たり前のように流れている事にはビビった。

  まずタージンさんという、カメラ下からフレームインしてくるスンごい凄腕のレポーターがいる事。宮崎では『バレエティー生活笑百科』に出てくるNHKのパートさんだと思っていた上沼恵美子さんが、大阪城の3階に住んでいた事。またベストテン辞めてなにやってるんだろ。。と思っていた久米博さんがニュースキャスターやっていた事。田原総一郎さんと言う人が、なんか凄い。。という事。そしてたかじんさんという人が、しゅげ~司会者である事などだ。

  一般的に、暴れん坊のイメージがたかじんさんにはあると色んなニュースサイトにはでているが、僕はその時期のたかじんさんを知っているわけではなく、どちらかと言うと『そこまで言って委員会』のたかじんさんぐらいしか知らない。だがこの番組は堂々と時事問題をタブーなくやってくれるので僕は好きだ。『日本の仮想敵国ランキング』など関東の番組は普通は作らないだろうし、出演者の方々も堂々とした意見を発信してらっしゃる。この窮屈になった日本の中では異彩をはなつ番組だと思う。この番組を立ち上げたのは、やはりたかじんさんがあってこそだと思うし、そのたかじんさんを生んでくれた関西圏の文化的下地にもとても感謝である。また無くなってほしくない数少ないテレビ番組であるとも思っている。

  また、たかじんさんはこの番組は東京では流さないと言ってらっしゃった。この関西的な心意気も素敵だなと思ったりする。少なくともこのような心意気は九州にはないので、カッコいいと感じている。

  そんな事を考えると、やはりたかじんさんが死亡のニュースを聞き、とても残念だ。

  合掌

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ホントに惜しい人を亡くしたね。。

2014年1月4日土曜日

元旦は凧上げのお手伝い

  あけましておめでとうございます。昨年はたくさんの方々に訪問いただき、書き手として本当に感謝しております。今年もつたない文章、誤字脱字、句読点の入れ忘れが激しいブログですが、どうぞご愛読のほどをよろしくお願いします。

  今年の正月こそは、『実におめでたい!!』『やっぱりワイハーでチャンネ~と!!』と、本当ははしゃぎたかったのだが、年の瀬に書いたように、普段と変わらず地味~に全力で業務をこなしてた。。『世の中浮かれてて、ホントええの~』などとぶつぶつ言いながら鉛筆をニギニギしていたら、近所の子らが『イケメンのおじさん(そう呼ばしている)!!』と遊びに来た。どうせお年玉セビリに来たんだろうと、無視を決め込み隠れていたら、女の子が半ベソかきだし『イケメンのお兄さん!!』と言い出した。。おいおい。。お兄さんは君らの親戚じゃないんだぞ。。と思いながら、財布中身を確認してみると、万札しかねぇ。。どう考えても小学校低学年の子供らにはもっちない。。う~んと考えていると、『凧が木に引っ掛かったの。。』と言ってきた。。僕は『それをはよ言わんかい!!』と子供らには言ったが、内心ホッとした。。

  僕の近所に地区の集会場である『会堂』と呼んでいる建物がある。どうやら大正年期に建てられたらしいのだが、よくわからない。その近くには社(やしろ)が置いてあり、なんとなく地区の人々は地区の氏神さま扱いをしている。その社の周りには鎮守の森があり、実に大きい杉がある。子供らはそこで凧上げをしていたらしいのだが、案にたがわず凧が引っ掛かったようで、高っかい高っかい場所に凧がぶら下がっていた。。現場について気が付いたのだが、どう考えても10mほどはある。。下から眺めながら、こん杉の木はどう考えても登れんぞ。。と安請負した自分を恥じた。。


  だからと言って、『君らが大人になったら自分で取りなさい♡』などとは言えない。凧上げしてもお母さんにぶ~ぶ~言われないのは正月だけなワケであり、お年玉をあげてない手前、こちらとしても頑張らなくてはならない。ママよ!!ということで、僕がやるインスペクション(住宅診断)用の脚立(8mまではいける!!はず。。)を取り出し、安全用のヘルメット(自転車用)をかぶり、大っきな杉の脇に脚立をセット。いざ参らん!!『見とけ子供ら!!大人の脚立の使い方を!!』と言い放ち、脚立に足をかけた。。のは良かったが、2メートルほど登ってすぐ降りた。。おじさんは高いところが怖いのだ。。

  青い空気に包まれながら『いや。。杉は滑るから登ったら危ないんだよ。。』と正月早々子供らをだまくらかし、上る場所を会堂へ変更。『最初からこっちにすれば良かった。。』とは思いながら屋根に登った。。だが大正年期に作られた屋根はもちろん瓦なのだが、さすがに劣化がひどい。歩くたびにみしみし言って、実に怖い。。どう考えても損害賠償は僕に来るよな。。まあ、もともとはこの会堂は僕の家の建物だったんだし。。(ホントである!)と思いながら、きっと何枚か瓦を割りながら棟(頂上の事)に登った。そして持ってきた物干しざお(竹製)でエイ!と凧をつつく。するとあっさり凧がGL(地面の事)に落ちた。『えがったの~』と子供らに満面の笑顔を送ると、『おじさん。。凧が折れとる。。』と小娘が言った。。おいおい。。

  も~。。とは思ったが、子供らも好きで凧を引っかけたワケではないので、『そこは我慢だ』というワケにはいかず、僕が直すこととなった。。家に帰り、何かないかと建築用模型セットを引っ張り出す。すると模型用の細い木の切れ端があったのでそれを折れた骨組みに添え、木工用ボンドで補強した。もちろん凧とはバランスが良くないと飛ばない。なので折れていない骨組みにもしっかりと同じものを添えてあげる。するとばっちり直ってその凧は天高く舞い上がった。。さすがだ!!と正月早々、自分で自分をほめてあげた。。もちろん子供らには『おじさんってカッコいい!!』と無理やり言わせた。

  本当はもう少し仕事をしたかったのだが、しょうがない。おかげで少しは正月を味わえたと思わんといかんだろう。。という事にしておく。。

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来週月曜日から通常営業のつもりです。
今年もよろしくお願いします。

2013年12月25日水曜日

年の瀬だよ忠臣蔵!!

  今日は25日、すっかり忘れていたが、がっつり年末である。僕はてっきりまだ19日ぐらいだと思っていたのが凄い。。数日前にお客さんと電話でお話をした時に、まだ10日ぐらいと思っていた僕は、『年末までに一度ご訪問しますね』と言ったら、『年末はうちもいそがしいので。。』と言われ、まだ年末までエラいあるんじゃ。。と僕は困惑。。へっ!?と返してしもうた。。実にお客様には迷惑をかけてしまった。これも年の瀬だというのに全く日常と変わらない設計業務の性だとはいえ、申し訳なく思っている。大体正月も働いているので年の瀬と言われても実感がわかない職業ではあるのだが。。

  だが子供の頃などは年の瀬となるとわくわくしていたものだ。お餅をつき、テレビ番組はなにがあるのか新聞をかじりついて見ていたりした。僕が小さい頃の年末のテレビ番組は報道番組かまたは時代劇が定番である。またその時代劇は赤穂浪士の討ち入り事件がよく放送されていた。それが恒例というか当たり前の年の瀬の日常のようなものであった。

  僕はその忠臣蔵を見ながら、子供心にテレビ局の力のいれ用を感じ取っていたような気がする。その題名はもちろん『忠臣蔵』が多かった気がするが、中には『必殺・忠臣蔵』『女たちの忠臣蔵』などや、『〇〇テレビ局開局〇〇周年記念番組 忠臣蔵』や『12時間超ワイドドラマ忠臣蔵』『24時間忠臣蔵』と、あんたらどんだけ忠臣蔵が好きなんだ!と言いたくなるものまであったりした。

  中には、なんでもありの忠臣蔵もあったり、やけくそ感のある忠臣蔵もあったりした。年の瀬なのでテレビ局の方もやっつけ仕事なのかどうかは知らないが、とある忠臣蔵では松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野之助に斬りかかる重要なシーンで、宇崎竜童さんのバラードが『ベイビ~♪』と脳天気に流れてた。またなぜか内匠頭の遺骨を赤穂城へ埋めたり、やたらとお色気シーンが多かったりしていた。まさに突っ込みどころ満載の忠臣蔵である。

  驚くことに、いまの若い方々の中には忠臣蔵も知らない人が多いのだそうだ。まあ、親が見なければ普通は見ないだろう。だが日本人として忠臣蔵ぐらいは知っといた方が、日本で住む上では面白いんだが。。と僕などは思ってしまうのだが、どうだろう?

  今年はどこかの局で忠臣蔵をやっているのかも知れないが僕は知らない。まあ、宮崎ではどうやら流れないようではある。まあテレビ自体は殆ど見ない僕ではあるが、あの『殿中でござる!』を聞けば何となく『年末だね~』と思ってもうたりしてしまうんだな。。

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今日はあと1本ほど書きます。

2013年12月24日火曜日

走れ小学生!!

  一昨日にこれからは『ブログを朝書くぞ!』と宣言しておきながら、昨日はガッツリ深夜に更新してしまった。。忙しかったとは言え、実にかっこ悪い。という事で朝っぱらからブログを書きます。


  大体僕は朝は6時前には起きる。夜は毎晩2時まで仕事やお勉強をしているので起きるのはとても辛いが、薪ストーブに火を入れる必要があるため、この時間に起きるようにはしている。低血圧の僕にしてはよくがんばっていると思う。そして火を入れて着替えを済ませ、少し時間ができたら最寄りのコンビニっぽい酒屋まで煙草を買いに行く事もある。最寄りと言っても1㎞ほどあるのだが、自転車でシャアーと飛ばしている。酒屋までの行きずっと下りなので、この時期は実に寒い。今日も早く起きたので我がルイガノ3Sにまたがり、酒屋に向かった。

  出発したのは6時40分ほど、下りなので5分もかからんと酒屋につく。酒屋の親父とちょちょっと話をし、そして煙草を買い、さあ帰ろうと自転車に乗ろうとしていると、背後から『おはようございます!』と大きな声で挨拶された。近所の小学生だ。他県はどうなのかは知らないが、宮崎の田舎の小学生は通学時に出会った人々全てに挨拶をかます義務を負っている。宮崎市内などであると、さすがに出会う人も多いわけで挨拶をかます事はないだろうが、僕の地元ではやたらと挨拶に気合いが入っている。ふり返ると近所の子供らが僕に敬礼をかましていたので、思わず僕も敬礼をかました。

  だが彼らを見ると、恐ろしいくらい寒々しい。いくら宮崎が南国だからと言っても朝方は6℃である。そんな中で男の子らは、僕の田舎の小学校の不文律である半ズボンだ。未だに君はドリフか?というような半ズボンも見受けられる。僕が小学生の頃も、もちろんドリフ式半ズボンであった。冬などは太ももと手が寒くて勉強できなく、手は必ず太ももの下に置いて授業を受けていたものだ。またある時、東京から転校してきたO君が、青い縦じまの入った長ズボンをはいて登校してきたのでカルチャーショック。ひょっとしたらイタリア人か?と噂になったりしたのを覚えている。。

  しかし思うのだが、小学校はもちろん勉強をするところなのであり、別に半ズボンでなくても良いはずだ。どう考えても寒い。。大人である僕でさえ暖房効いた所で仕事をしてても、膝当てがなければ寒いのに、半ズボンとはどうだろうかと不思議に思う。また、ここらの小学校は朝8時に始まるのだが、これを9時ぐらいからでも良いんじゃないだろうか。僕の家からだと小学校まで4キロあるわけで、家を6時30分ぐらいには出る必要がある。どう考えてもその時間に出るという事は、ご飯をつくるお母さんらの負担はとても大きいと思うからだ。また朝両親が車で送っても良い気がする。大体僕の地元の出勤時間は8時なわけで、授業開始が9時であれば、子供らは朝から1時間ほどは外で遊ぶ気がするので健康的だし、昔と違い最近は僕の田舎でさえ子供は少ないわけで別に親御さんが車で連れて行っても交通渋滞などはしない気がするんだが。。カリキュラム的に無理なんだろうか。。その辺はよく分らない。教育委員会はそんな事考えた事はないんだろうか。。

  『そんじゃ~ねぇ~!』と子供らは走って僕の横を通り過ぎていった。学校まで4キロあるので、小学低学年の生徒などは走らなくては授業に遅れて先生に怒られる。そんな事を思いながらぶっ飛ばして家路についた。僕も急いで帰らないとママに怒られるからだ。まあ、怒られたが。。

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さ~て、夜2時までがんばろう!

2013年12月17日火曜日

トロフィーや賞状はもらっても嬉しくないタイプ

  僕の親戚には、なぜか僕の親戚のくせに頭の良い人が多い。そしてそろいも揃って運動神経まで良いので、本家の跡取りである僕としては立つ瀬がない。親戚には高校の全国共通の試験で日本一になった人や、九州一周駅伝の宮崎県代表、剣道宮崎県代表、バトミントンで国の強化選手などいて、感嘆ばかりさせられる僕としてはチト腹が立つ。先日、親戚のおじさんの家に行って来た。先日もらった大根のお礼に我が家の家庭菜園の詰め合わせセットを届けるためだ。『これ食べてね』とおじさんに野菜を渡すと、寒いから入って茶を飲んで行けという。文武両道すぎる親戚の家のリビングには、所狭しと賞状やトロフィーが並んでいて、日本ではお母さんの似顔絵賞や、地元の農協の創業祭の習字部門での銀賞など、努力もせんともらえる賞しかもらった事しかない僕としては気後れしてしまう。『また増えてね?』とおじさんに言うと、『トロフィーとか賞状は邪魔でしょうがないけど、捨てれないじゃん、孫がんばってるし。。』とおじさんは言うた。『そうだよね~』と答えつつ僕なら遠慮せんと捨てるな。。と思ったりした。

  以前から思うのだが、日本のトロフィーほどもらって迷惑なものはない。我が家にも父親のトロフィーがたくさんある。父親はスポーツ馬鹿なので、スポーツの大会に出てはトロフィーを持って帰ってくるからだ。だがもちろん置くところはそれ程あるわけではないので棚にしまっているのだが、リビングの一角を大きく占めており、やはり邪魔だ。そしてあのキンキラキンの金メッキが目にうざい。またそのトロフィーなどは決してデザイン的に凝ったものではないし、その出所も地元の商店街にあるKスポーツさんで2千円台からある物であり、実にちゃちい。あまりにもちゃっちいので、優勝せんとこと思ってしまうクォリティーだ。

  実は僕はアメリカで賞をもらったことがある。一つは僕と仲間でやっていたラジオ番組がなぜか評価されて頂いた賞(名前は人の名前の賞だったが。。忘れた。。)そして、もう一つは会社での射撃コンペでのベストスコアをたたき出したので社長賞のようなもんをもらった。その時もらったのがプレートである。日本の様な記念の盾ではなく、10㎝×20㎝ほどのウォルナットの木に可愛らしいデザインのものであった。実にもらって、やった~感があるプレートである。もちろん一つはラジオスタジオの壁に、そしてもう一つは僕の仕事場の個室のドアに『死にたくなかったらノックしたな!!』の文字とゴルゴ13の写真と共に両面テープでひっつけた。

  アメリカなどの映画を見ていると、家族の写真や何かの賞などがその家の壁一面にはってあるのをみる事があるだろうと思う。こんな家は実際にあの国には多い。僕の知り合いの名門のWASPさまの家にはご先祖様が大統領からもらったプレートなどが、ど~んと階段の脇の壁まで貼り付けてあった。だがその一つ一つにしっかりとしたデザインが入っており、実に見ていて気持ちが良い。素敵なプレートであると、優勝してやる!って気にもなるというもんだ。日本もそうなれば良いのにと最近思ったりしている。

  だって邪魔なんだもの。。

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もらって嬉しくないものは、やはり邪魔ですわ。。

2013年12月16日月曜日

訛(なま)る天気予報を愛している

  今日は宮崎の人にしか分らない事を書こうと思う。宮崎以外の人にはごめんなさい。

  僕は大体夕方になると仕事をいったん打ち切り、お風呂に水を入れ、薪に火をくべる。そして我が家の神様や仏間からお供え物をおろし、そして洗濯物を取り入れる。そして母親が晩ご飯を作るまでの間、目を離すとすぐに外出したがるファンキーな婆さんの世話をする。その婆さんの世話をしている間は、婆さんと一緒にテレビを見ている。

  自慢じゃないが宮崎には民放のテレビ局は2社しかない。一つはFNNとANNとNNNの、日本で唯一のクロスネット局(簡単に言うとフジと日テレと朝日が見れるという事)であるテレビ宮崎(UMK)と、もう一つはMRT宮崎放送さんである。僕は大抵婆さんの世話をする際はNHKさんを見ることにしている。どうも僕には民法テレビのCMがうざったらしいからだ。

  僕が地味に楽しみにしているのはNHK宮崎の天気予報『空みてん』である。宮崎以外の方のために書くとすれば、”みてん”とは”見てごらん”という意味。他の地方のNHKとも同じように、単に宮崎の明日の天気予報を流すだけであるのだが、どうもこの『空みてん』の雰囲気がてげてげ(適当の意味)で素晴らしい。お天気キャスターが自然な(ワザとらしくないと言う意味で)宮崎弁であり、僕などは『こん人、一杯焼酎ヒッかけちょらんじゃろか。。』などと思ってしまう。もちろん天気予報はよくはずれているので、東京育ちのメインキャスターにはよくカラかわれたりしているお天気おじさんだが、僕は予報としては見ていないので別にかまわない。今日ものっけから『雨は降らなかったですね』とからかわれていた。

  だが言っておくが、一応はおじさんかて共通語で喋ろうとしているのは感じとれるのだが、言葉の端々にその隠しきれない宮崎弁がキラリと光っているのである。今日も細かい宮崎弁がなかなか冴えていた。『きょおん(今日の)宮崎は~サみぃ(寒い)かったですね~、でも明日はもっとサみぃ~ですよ~』と言っていた。そして、やる気があるのかどうかは分らないが、大体いつも天気予報は1分ぐらいで終わる。そしていつも通りの天気に関する豆知識や季節ごとの花々などの説明とご歓談となる。

  今日のご歓談は特に素晴らしかった。いつもの様に写真を見ながらお天気おじさんがお話をされる。今日は椎茸の写真が出てきた。『これは椎茸ですね~』とNHKらしく女性キャスターが切り出すと、『これは僕の実家の椎茸で、僕が植えたんですよ~』とお天気おじさんが言うた。ああ、おじさんちが作ったんだと思いながら見ていると、ゆずの写真が出てきた。『これね、苗木を貰ってきたから植えたら、こんなに大きくなりました~』とおじさんが言った。『いろんな物が自分の家でとれて、いいですね~それではまた明日』と女性キャスターが言うて終わった。。おいおい、Facebookじゃないんだぞ。。天気予報よりも自分の作物の紹介の時間が長いじゃないか。。

  その後、いつものようにUMKさんへチャンネルを変える。どうもNHKの訛った天気予報では本当に当たるか心配なんで、しっかりと共通語で説明するUMKの天気予報が見たいからだ。だからといって、この『空みてん』がなくなって欲しいかといえば、そうは思わないし続いて欲しい。宮崎って平和だな~と思える3分間だからだ。

  まあ、宮崎であるからこそできるのであり、これが都会ならいかんだろうな。。

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さあ、お仕事お仕事。。

2013年12月10日火曜日

バラ屋と絶対景観男

  今日は僕の婆さんの誕生日。彼女は自分で『72歳です』とは言うのだが、ホントは今日で87歳。実におめでたい。夕方過ぎ、ケーキを買いに隣町の美味しいケーキ屋さんまで出かけたのだが、ケーキ屋に着いてあら残念!『今日は定休日』と看板が出てた。しゃあないという事で、違うケーキ屋さんまで行きケーキを購入。もちろんケーキには『おばあちゃん、誕生日おめでとう!!72歳』と書いてあげた。家に帰り今日は休みで畑仕事をしている母親にケーキを見せる。すると、『バラは買ってこなかったの?』と彼女は言った。ああ、確かに言われてみればケーキだけではどこか物足りない。という事で、夕暮れ時に知り合いのバラ農家K宅へ向かった。実に良くできた孫である。

  車を走らせると、そのK氏は道路で待っていた。『すみませんね、急に』と僕が言うと、『ええよ~スマホをいじっていたから』と彼は言った。彼は最近docomoのiPhoneを買ったようだ。40代の彼はもともとパソコンなどのITは得意ではないらしいのだが、さすがに時代に遅れてはならないという理由で無理してスマホデビューしたらしい。『やっとメールが打てるようになってきたよ』と彼は言った。

  1,000円払ってバラを買った。彼の作るバラは本当に美しい。。と褒める約束になっている。というのも、以前酒の席で、『俺が作るバラは世界一だ!見とけ!』と皆に言い放ち、彼はバラに醤油をかけて食べた。それ以来、彼のバラをけなすのは我が町の若者の間ではタブーとなっている。バラに醤油をかけて食べる人間は、きっと頭がおかしいに決まってる。

  その後、お互いの近況を煙草をふかしながら話す。すると『何か良いスマホのアプリはない?』と聞いてきた。アプリはその人がスマホをどのような使い方をするのかで、おのずと使うアプリは決まってくる。なので要望を聞き、色々アドバイスする。彼は『さすが詳しいな~君は』と言った。まあ、それほど詳しいわけではないのだが、とりあえず『でしょ!!』と僕はドヤ顔で言い放つ。だが彼の携帯をいびくり検索をかけていたら、その履歴に目がとまった。『絶対景観ブログ』と書いてある。。えっ!!

  『絶対景観ブログ読んでるんですか?』と何故かビビリながら聞いてみると、『うん。毎日、暇つぶしに。。』と彼は言った。今までブログを通して設計の依頼や相談が来た方には合ったことがあるのだが、偶然ばったり自分の読者には会ったことがないので、少し気後れしてしまう。『あの~そのブログ僕が書いてるんですけど。。』と恐る恐る言うてみる。すると『嘘つけ!!』と彼は即答した。いやいや、嘘じゃない。。『僕が書いてるんだ!』と彼に言うのだが全く信じてはくれない。彼が言うには僕が毎日文章を書くような人間には見えないのだと言う。まあ、確かに僕は元々文章を書くような、まめな人間ではない。んだがそんな事を言っても、その証拠など出せるわけがない。。

  という事でK氏のために今日はブログを書いている。

  ねっ、本物でしょ!!


  バラ買って上げたんだから、しっかりと↓のボタンも押しましょう!!

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あと、スマホで嫁探しは無意味ですよ、きっと!!

2013年12月6日金曜日

嗚呼、堂々の九州横断男旅!!

  ご無沙汰です。

  先週末書いたとおり、『既存住宅現況検査調査人』の講習と試験のため福岡県まで行って来た。宮崎から福岡まで車で爆走する。秋晴れの九州を横断男一人旅(下道篇)だ。もちろん高速という選択肢はあるにはある。だが、僕の住む町からだと、いったん鹿児島県境まで高速で南下しなくてはならない。時間的には宮崎・福岡間は、下道と高速で2時間ほど高速の方が早い。だが、数百キロほど高速の方が距離がある。また高速料金を調べてみたら片道6000円。もちろんそれにガソリン代がそれに加わる。だが下道だと往復しても4000円程度。駐車料金も2泊3日でも2500円程度のプラス。なら高速ではなく下道でしょ!と自分に言い聞かせ福岡へ車を走らせた。まあ、単に下道をのんびり走りたかったからだけなのだが。。

  僕の車には、ナビなどと言う軟弱もんが使う文明の利器などは付けてはいない。コンパスと地図さえあれば僕の辞書に『迷い』という一文字はないのである。ダテに軍隊経験者ではない。なので軍から頂いた(返すの忘れてた。。)コンパスと中学校でもらった社会科の地図。それに、いざって時のXperia(充電がすぐ切れて困る。。)を片手に、月曜の午前9時半に家を出た。だが気が付けば地図はカバンに入れて車のトランクに入れてしまっため、取り出すのがダルくなり、ノッケからスマホにお世話になる事になった。まあ、いざって時は充電すればよい。。

  『スマホって賢け~』と今さらながら感じつつ宮崎県を北上する。初めは熊本へ向けて走ろうとぼんやりと思っていたのだが、賢いスマホのナビのお姉さん(千津子:勝手にそう呼んでいる)が言うには、熊本経由よりも大分経由の方が、時間はあまり変わらないが、距離が短いのだがという。ああ、それならという事で取りあえず大分めざし北上する。正直、宮崎北部にある延岡市よりも北で運転などはした事は僕にはない。なので既にテンションが上がりルンルン気分だ。だが前日に偶然見つけたYoutubeさんで発見した『威風堂々の歌』という動画が頭から離れず、ちと困った。。

  大分県の豊後高田を過ぎ竹田に入った頃か、急に道路脇に『ゆっくり走るとメロディーが流れます』なる看板がある。なんぞな。。と思い取りあえずアクセルを緩めると『荒城の月』が流れ出す。ああ、ここは滝廉太郎のあの城があるんだねとチト感動した。また竹田は日露戦争の英雄である廣瀬武雄の出身地でもある。道路脇の看板にも『たけおくん』なるキャラクターが入っていた。思わず窓を開け『杉野はいずこ!』と叫び敬礼をかました。


  13時過ぎ、竹田の町を走っていたら、右手になにやらコンモリとした岩肌が街並みから見え出す。なんじゃろな。。と思いながら車を走らせていたら、とんでもないスケールの山がどど~んと見えてきた。『あ、あ、阿蘇山だ!』と叫んだ。ふと周りを見渡せば牛の餌となる草場であり、『ここはホントに日本か。。』というような景色である。実に美しい。。思えば中学の頃に修学旅行で阿蘇山に行き、おばさんに訳の分らない色のついた石を買わされた場所でもある。婆さんらはまだイルのかなと思うと、実に登りたくなった。。だが時間に余裕がないので諦めた。だが既にお腹がペッコリンコであったので、近くの高原食堂に寄った。

  食事中に僕のスマホがなった。大分県美人協会の会長さんからである。実は会長さんも一緒に福岡に行く予定であったのだが、1級建築士のくせに大工仕事のお勉強がしたいらしく、現在は職業訓練校に所属しておられ、その日は左官の実習があるためドタキャンしやがった。だが気にはなっていたようだ。『今どこですか?』と彼は言った。僕は『竹田で阿蘇山見てますわ~阿蘇山を右手に見ながらドライブは最高ですわ~』と答えた。それから少しお話しし、『ほな気を付けて』というと彼は電話を切った。すると何やら先ほどから僕を見つめる女性がいる。『すまぬ娘よ、急んだ。。』と言おうとしたら、『あれは、くじゅう連山ですよ~』と彼女は言った。へっ!?と思い、レストランの壁に貼り付けてある地図をガン見する。よく見ると確かにくじゅう連山と書いてあり、また阿蘇山は道路左手に書いてある。。あの不正失業保険取得者!騙したな!と思い怒りのメールを会長に送った。すると『あっ、気づいた?』と返信が来た。。野郎。。

  高原を抜けたら後は細い道をクネクネとひたすら福岡まで走る。だが細い道ではあるが車は多く、そしてその速度は速い。なので結構しんどかった。だが夕方5時には何とか無事ホテルに到着。もも尻に堪(こた)えたが、まあ良い旅であった。一生忘れないだろうと思う。また来月も福岡で試験がある。また下道を行こうとは思っている。

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