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2013年11月20日水曜日

木造のビニールハウスをつくる話

  早いもので11月も後半に入り、しっかり冬らしくなってきた。南国宮崎と言えども、冬はやはり寒い。冬物の服を押入から引っ張り出して着ているが、その横にはまだ夏物の服が置いてあったりして、そろそろ冬物の服と交換しなくてはいけんな~と一人でぼやいている。今日は昼時に親戚の喫茶店をやっている姉さんに食事に誘われていたのでその喫茶店に向かった。その喫茶店は隠れた穴場であるのだが、周りがビニールハウスと牛しかいないので、どうも流行っていない。なのでたまに『遊びに来い』とお誘いを受ける。車で『いざ参らん!』とエンジンを吹かせていたら母親から電話が入った。『庭の花に水をやってくれない?』という命令だった。今言わんといて。。と思いながら一度エンジンを切り、庭の花に水をやる。母親は花作りが大好きなのだが、忙しいので、僕が自分の部屋でお仕事をしている事を良い事に水やりを頼んでくる。この時期になると、寒さに弱い花などはすぐに霜にやられる。なので、母親は父親に頼み作ったビニールのカーテンの内側に花を入れて、それらを育てている。僕には観賞用の花なのに汚れたビニールに囲まれているわけで、それらが美しいとは思わないのだが、彼女にとってはとても大事なんだろう。育てることに意義を感じているのかもしれない。

  親戚の流行っていない喫茶店に着くと、その近所の農家の嫁さんと庭のベンチでケーキを食べていた。どうやら嫁さんはよく遊びに来ているしく、野菜が多く取れたので、それらを持ってきたついでのケーキタイムのようであった。『この子、親戚の建築家』と姉さんは農家の嫁さんに僕を紹介した。別に僕は建築家であるつもりはさらさらないのだが、否定するのもかったるく、仲代達矢さん風に『こんにちわ』と答えた。その後、自然と建物の話になる。その会話のなかで『ビニールハウスは木造にで作れないの?』という聞いてきた。まあできなくはないし、宮崎県もそのような研究をしているという報道を見た事もある。また以前、地元の大建築家が木造のビニールハウスの設計依頼が最近多いと言っていたのを思い出した。だがコスト的にはどうだろう?その辺りは僕は鉄骨のビニールハウスも木造のも作っていないのでよく知らない。『普通に鉄骨のビニールハウスは美しくはないけど、あれじゃダメなんですか?』と僕は聞いた。すると最近は農業従事者の高年齢化が進んだため、台風などで鉄骨が壊れると直すのが大変。そんな事をおっしゃっていた。まあ、そりゃそうだろう。


  ふと考えて見ると、アメリカから宮崎に帰ってきて思ったのはそのビニールハウスの多さであり、そのビニールの汚れの酷さであった。まずアメリカには日本のようなビニールハウスはほとんどない。その理由はアメリカはその農地が大きいため、一つの作物を時期をずらして一年中収穫する必要性がないからかもしれない。またアメリカ人は日本のビニールハウスのような土よごれをあまり好まないのが理由からかもしれない。だが似たものはあるにはあった。


  僕が勉強していた大学は、実は世界1位と言われる農学部があったため、その大学の敷地内には温室があった。温室と言っても、その規模は日本の体育館ぐらいはある。どうやらグリーンハウスというらしい。基本的な構造は日本のビニールハウスと同じではあるが、その柱や梁は木造であり、ビニールを外壁には使用せずポリカーボネート板であった。ポリカーボネートは断熱効果が高く、また光を通しやすいためビニールと同じ効果を持たせているのだろう。その内部には色んな植物や野菜が植えてあり、またその温室の中には堂々とレストランがあった。温室の中のレストランではあるのだが、その一角だけは常に蔀戸(しとみど:前に押し出す窓)が常にオープンにしているので、それ程暑くはない。もちろん野菜などの部屋とレストランは仕切ることができる構造だ。またレストランと言っても学生がその授業で作った食材であり、メニューはなく黒板に『今日はナスのパスタ』などと書いているだけで、毎日同じメニューはない。今ある食材で作るので自然とそうなるのだという。だが安いので僕はよく行った。


  また、花が好きな僕はよくアメリカの花屋に寄った。花屋といってもその敷地は運動公園一個分ぐらいある大きさで、その中はほとんどが木造の温室である。そしてその通路は日本のドンキホーテのように複雑で、花探しが楽しめる。そんな造りになっていた。そして『グリーンハウスの注文はこちらまで』のような看板が出ていたりする。どうやらアメリカ人は自分の家の庭に植える花の苗を育てるために、グリーンハウスを作ったりするようであったりした。

  そんな話を喫茶店でしていると『美しい木造のグリーンハウスを作ってくれない?』と農家の嫁が言った。どうも自分らで何でも作りたいらしく、図面さえあれば大工仕事は自分でやるのだという。だが『ちょっと待ってくれ』と僕は言った。というのもグリーンハウスは基本は骨組みが見えているわけであり、それを美しくするにはそれなりの工夫が必要だからである。そのためには先にグリーンハウスのデザインを検討しておく必要があり、そのための準備期間を頂かないと、安くで図面などは仕上がらない。

  なので、骨組みをいかに美しく見せるかを考えている。まあ、すぐに作るとは思わないが。。まあ美しいビニールハウスをつくれば街並みも少しは良くなるだろうし。。汚いビニールハウスよりはええだろうし。。

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先に勉強しておかないと、どうせ設計料などは安いんでね。。

2013年11月8日金曜日

『希望の壁』に潤いを感じとれ !

  大阪は梅田にある、複合商業施設で新梅田シティの庭園横に、四季折々の花や植物からなる巨大モニュメントである『希望の壁』が設置されたとニュースで見た。発案者は建築家である安藤忠雄氏。新梅田シティを子会社が監理している積水ハウスさまが大阪の緑化運動に取り組む安藤さんの発案に賛同し実現したそうだ。希望の壁は高さが9mで、幅が78mの緑の壁で、なんでもステンレスネットと多数のプランターに壁面を覆うつる性の植物や、その他色とりどりの植物100種類以上を植栽したとある。よく見ればそのデザインは壁の向こうも覗けるし、近代的と言えば悪くはない。まあ、真っ直ぐなラインが多いきらいがある気がせんでもないが、安藤忠雄氏らしいデザインではあるのは確かだ。だが壁の設置に当たっては一悶着あったと聞いている。

  僕は新梅田シティは行ったことが無いのだが、その敷地の北西部には造園家の吉村元男氏による造園があるらしく、吉村氏が『壁の設置は、庭園の表現を改変し著作権侵害にあたる』として設置差し止めを求める仮処分を大阪地裁に申し立てたそうだ。なんでも吉村氏が言うには、壁によって日照条件が悪くなり、吉村氏が作った庭園の植物は育たなくなるのだとという。また市民が快適に過ごす権利が侵害されるとも言っている。調べてみるとなるほど、その庭園は日本の里山を意識した作りとなっており、まあ美しい。そのコンセプトは『里山と鎮守の森と人々と関りのある昔からの自然』なんだそうだ。そりゃそこに見たくれイギリス風の植物などをポンポン生けた壁を作るのであれば、作った方も何とか阻止しようと動くだろう。庭園に対する著作権の侵害という、すこし無理っぽい事を言いたくなるのもよく分る。この庭園は都市景観賞などを受けているので『作品』と言えなくはないからだ。だが結局は裁判所にはねられたようである。まあ、吉村氏の庭は北と西側にその多くは広がっているが、安藤さんらの壁は東側だし。。希望の壁に直で接しているのは、観光バスの駐車場だし。。希望の壁の高さは9mと高い。これが庭園に日陰を作ると言う事だろうが、強く主張するには少し無理があると思う。。気持ちはよ~く分るが。。


  後出しっぺで言うので気がひけるが、このような壁を以前とある街とある音楽ホール脇にある公園の改修コンペで、僕は提案したことがある。僕が引いた図面は、高さは6mで似たような構造ではあった。また入口は確か12mの広さでもう少し壁の向こう側が見えるようなデザインであり、またこれほど角張っていなかった。まあ、採用されずにボツとなったワケであるのだが。。また、以前手がけた宮崎の家の外部の塀にも同じようなデザインを描いたことがある。まあ、結局は予算に合わなかった事、またメンテナンスの問題(水やりがダルい。。)し、ヘビがでる !! って事でボツとなった。。まあこの『希望の壁』も安藤さんほど有名でなければ、積水ハウスさんも乗ってはくれんかったであろう。まあ、デザインの世界ってそんなもんだ。。

  今は秋だからまだそれ程花は咲いているようではないが、これが春になるとどうだろう。咲き乱れるのではないだろうか。僕は安藤ファンでは無いのだが、決してアンチ安藤でもない。だが安藤氏がやってる大阪の町中に緑を増やすプロジェクトは素晴らしいと思う。京都に住んでいる頃、仕事で大阪には良く行ったが、あまりにもなコンクリートな街並みに驚かされた経験がある僕としては、ぜひ関西の建築家さんらにはがんばってもらって良い大阪を作って頂きたいと思っている。

  緑化率という言葉がある。街を鳥瞰的に見て、どれほど緑があるかを%で表したものだ。だが人間はそれ程鳥瞰的に街並みを見るわけではない。なので重要なのは緑視率であると言われている。つまり実際に見える緑の%である。人間の目は、不思議なもので、緑視率が5%を超えると潤いを感じると言われている。確かに和室に植物が一輪あるだけで美しいと感じる。これは緑視率5%の壁を越えているからである。もちろん5%だけでなく、もう少し緑があればそれはそれで良い。だが緑だけでなく、色んな花があればもっと心を潤すだろう。

  そんな意味からしても、この『希望の壁』には注目して良い気がする。問題はメンテナンスだろうが。そこは積水ハウスさんががんばるだろう。

  だが後ろの新梅田シティのビルは凄い。いかにもとある時代の臭いのするデザインだ。僕にはこれほど好きになれない建物もない。どことなくズボンのチャックに似ている。。作った人はあの京都駅ビルを設計した原広司さまだそうである。。

  にゃるほどね~。。

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将来は大きくなりすぎないのだろうか。。
まあ、切るだろうけど。。
イギリスの木の塀みたいになるだろうなと思っている。
それではまた来週!

2013年6月2日日曜日

竹林に囲まれて暮らしたい

   僕が暮らすのは昭和の初めに作られた木造のぼろ屋である。部屋は元々和室だったようで床の間と押入があり、その部屋をサクラのフローリングに父親が模様替えをした。それらを含めて10帖の部屋に住んでいる。窓は木製サッシに磨りガラスだ。台風など来たら雨戸を引っ張り出さねば、ガタンガタンと割れそうで恐い。以前は僕のひい爺さんとひい婆さんが住んでいた。そこで毎日設計のお仕事やこのブログを書いている。網戸がないので虫がブンブン入ってくるのだが、網戸は取り付けるつもりはあまりない。高所恐怖症の僕は2階にあるこの部屋に網戸を取り付けると考えただけでびびっているからだ。窓の外には隣家の竹林がある。隣人は竹の子掘りが趣味らしく、その竹林は丁寧に育てられていて美しい。以前僕の知り合いのおじさんが、 『竹林の中に家を作るのが理想だな~』 とぼやいた。そしたら横にいた知り合いの大工が、 『そんなん、何がいいんだ ! 』 と反論した。僕的に言えば、あったって良いじゃないかなと思っている。何もない平地にあるサイディングで囲んだ家よりは美しいと思うんだが。

   『いやいや竹林の近くに家を作ると、雨樋(あまとい)に笹の葉が詰まって手入れが大変だよ』 と大工は言った。そりゃそうだろう。それが正解とは言える。笹の葉は冬場になると古いモノは枯れて地面に落ちる。雨樋は屋根に落ちる雨水を、その前面にダダ流しするのを防ぐためにある。笹の葉がその雨樋に詰まると、屋根面から雨水がずぶずぶ落ちてくる事を防ぐことは出来はしない。その落ちた雨水は建物の近くの地盤に浸透し、その増えた地盤内の水分が建物基礎内部との水分差のため、基礎内部に進入。それが、建物床下部分の湿気を増やす事になり、最終的に建物内へ湿気として移動する量を増やす原因となっている。尚、この場合、雨落ち位置はあまり関係が無い。なので大工さんが言うことは、至極ごもっともではある。

   だが思うのだが、そんな場合は、別に雨樋を必死こいてつける必要はないのではないか?実際に古いお寺などでは入口以外の場所には雨樋はつけていないところが多い。ではその雨水をどう逃がせば建物の被害を及ぼすのを防ぐのかと言えば、建物の犬走りの外側に溝を掘れば良い。しっかりその溝の勾配を考えれさえすれば、勝手に水は敷地外へ逃げていくので建物は安全なはずだ。また、その溝に石などを入れると雨水の音も風流に感じるモンだと思う。

   竹の魅力として、その風の音色を感じる事が出来るという事だろう。その風に揺れる竹の葉の音色は暑い夏場でも涼しく感じさせてくれる。どうもこれは日本人特有の考えのようで、日本に住んで短い外国人は、あの竹の音を聞くと 『恐い。。』 と感じるようだ。まあちょっと長く住めば憧れるらしいのだが。。またその他の魅力として、竹自体の大きさだろう。その高っかい高っかい竹の背は、暑い夏の日差しを遮ってくれる。吉田兼好が言うところの、 『夏をもって旨とすべし』 という言葉がある。夏の暑さ対策には竹の日よけも悪くはないと僕は思っている。冬はどうするか?厚着をすれば良いし、おコタもあるじゃないか。昔から日本人はそうやって来たじゃないか。

   最近だいぶ認知が入ったと聞く幼い頃遊んでくれた近所の婆さんの家が、竹に囲まれたかやぶき屋根の家だった。そんな婆さんに遊んでもらったからかも知れないが、そんな暮らしに少しだけだが憧れている。

   今は無きジョンレノンが、 『ただ年をとったら、庭いびりがしたいだけなんだ。。』 僕は庭いびりよりも竹の子掘りの方が魅力を感じてしまうタチなようだ。

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只今、新築の間取りを研究中。。
まとまらない。。

2013年1月11日金曜日

英国と生け垣のお話

   正月に風邪をひいたのだが、まだ治っていない。ずっと37度台をキープし、鼻水はず~ず~、喉は切ったように痛い。これはイカンと薬を飲んで毎晩さっさか寝るのだが、朝方になるとウェクショ~ン ! と目が覚める。風邪をひいていても仕事はせなならんので、のど飴で痛みを抑え僕が所属する会社のホームページの更新作業していたら、まさかのシステムダウン。どうにもこうにも作動しない。困り切っていつもお世話になっている日向ITサポートさんに電話して復旧をお願いした。って事で急にやることがなくなり、しょうがなくお庭の勉強をしてた。以前から気になっていたのが、イギリスの生け垣。あの総延長50万キロとも言われる生け垣だ。これが気になってしょうがない。お客さんも気になってしょうが無い。なので、少しだけだがお勉強している。もちろんそれが商売になるかと言えば、無理な話なんだが。。

   英国の風景の象徴として緑の田園とがある。その田園風景に大きなアクセントを加えているのが生け垣だ。畑や牧草地の境界として縦横に走る緑の帯が英国の伝統的な風景とされており、この風景を残すための協会さえある。確か、その協会のトップはチャールズ皇太子だったはずだ。生け垣には土地の境界をさだめる役割もあるが、それだけではない。生け垣が作る花はミツバチの蜜源としてちょうどよく、またその大きさは家の風よけにもほどよい。また家畜の逃亡も防げるし、犬を放し飼いにする事もできる。生け垣自体が小さな木の集合体なので焚き物の収集はできるし、そして枯れ葉は畑の肥料としても使える。花は天ぷらや酢の物食べると結構いけるらしい。とても生活に役立っているわけだ。

   また生け垣は貴重な生き物の宝庫となる。枝や葉が複雑に入り組む生け垣の中は多くの小鳥たちにとって絶好の子育ての場。雛を狙う狐や猛禽類を寄せ付けないからだ。またウサギなども生け垣の元に巣穴をつくり、そこに身を寄せて生活している。自然に与え得る影響も考えて作ってある。。というより先人達が色々試行錯誤したら、まあ、こうなったんだろう。

   作り方はそれほど難しくはないが、すこしは手間がかかる。まず土地の周りにぐるりとトゲのあるニセアカシアなどを植えてほったらかす。このアカシアの木は生長が早い。よって4から5年たてば生け垣を作る事が可能な長さとなる。その生長したアカシアの木の幹を斧でで3分の1ほど切り込み、それを倒して隣同士で絡める。またそれをほったらかしておくと、幹から枝がまた生えてくる。それをまた切り込み、隣の幹と絡ませ密度を上げていくそうだ。ある程度大きくなれば生け垣を四角く切り込み形を整えて完成。葉が落ちる冬から春にかけて手入れをする必要がある。結構な重労働となるだろうが、忙しいのは年に何日か程度。作って見るのは面白い気がする。

   手間はそれなりにかかるが、それ以上の実りを与えてくれる生け垣。日本の狭い土地に合っているかは良くは分からない。だが、宮崎に住んでいて思うのだが、草ボーボーで杉の木や電柱で境を作ってる現在のよりは面白いし、実りある生活だとは思うんだ。

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2012年12月27日木曜日

砂利の庭に、抵抗感をもっている

   庭を造っている。僕は庭師ではない。なので花々の名前などはよく知らない。だが設計の仕事をしているため、動線や光の入れぐらいなどは一応分かる。今回の敷地は東に大きな公園。そして北側には元屋があり、そして西側には3メートル、南には約5.8メートルの余った敷地がある。この余った敷地に何を作るかが問題だ。現在めちゃめちゃ考えている。だが、いつものごとく順調に遅れている。

   あまり一般の方々は知らないだろうが、お庭を作る場合、大工さんや工務店的には施主さんの言うとおりにすればよいという考えが一般的だ。余ったスペースは砂利や芝生を植えればいいんじゃないと普通に考えがちだ。それは後でもめないためでもあるし、手間もお金もかからないからだ。芝生のことはよく知らないが、砂利は大型トラック1台で約2000円ぐらいのもの。それを大工さんが、農機具のような適当なものを使ってならす。それで終わり、なのでどう考えたって5000円もかからずに庭が出来る。だがちと違う気がする。

   芝生はまだしも砂利などを使って敷地に詰めると後々大変だ。仮に庭をこだわって造りたいと思ったとしても、やはり砂利からどかさねばならず、結構な手間となる。それに超和風の家ならまだしも、そうでない場合はどうもパッとしはしない。なので庭師で無い設計士である僕が悩みながら作っている。

   だが、工務店的には余計な事はするなよ~と言った気分なんだろうな。。

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2012年12月25日火曜日

庭あってこその家

   僕は会社でホームページ制作を担当している。とあるお客様の家をホームページに載せて良いか、聞くためお客さん宅に行ってきたのだが、まだ全面駐車場が出来ておらず、またプランも出来上がっていなかった。現場へ行ってみると、ちょうど施主である旦那さんと、庭にこだわりのある奥様とで色々と相談されていた。 『ポーチの長さはこれくらいで、ここに花を植えて~』 と中々迷ってらっしゃる。細かいところは大工さんのセンスにお任せするねと言っていた。。イカン。。うちの大工さんは腕は良いが、センスはねぇ~。。そのお家は既に設計屋もインテリアコーディネーターも入って家は出来上がっているし、あとは駐車場と坪庭を作るだけ。なので僕は手伝ってあげたいが、口を出すのは難しいだろうと思う。。会社的に。。

   工務店に勤めていて思う事がある。工務店のお仕事とは、もちろんお家を作ること。庭は基本的には造らない。家だけぼ~んと作って後は砂利を撒いたりする事が多い。もちろん工務店が設計する場合でも庭を造る想定などはしていない。どこかで庭は施主さんが後で造るものという考えで動いている。

   奥様が 『私は家とは庭まであって家だと思うの』 と言われていた。僕はその意見にとても賛成だ。僕は建物よりも庭を先に念頭に置いて作るべきだとさえ思っている。窓から見える景色があってこその部屋であり、家だと思うからだ。庭を造らず家だけ作っても、家としておもしろみに欠けるとさえ思う。特に狭い敷地ならなおさらだ。簡単で良いから物語のある庭や楽しめる庭ぐらい考えるべきだ。

   また奥様に 『玄関隣に木を植えたいんだけど、どんな木が良いと思いますか?』 と聞かれた。工務店的にはやはり4~5種類ぐらいの樹木を選び、施主さんに選んでもらうのが普通だと思う。だが、それでは消去方となり良い結果は生まれない気がする。なので 『気に入った木を選んで植えてください』 と僕は答えた。玄関の横の木を消去方で作っても、結局は思い入れが少なく失敗するからだ。

   『坪庭はどんな感じが良いかな?』 と大工さんに聞かれてた。そしたら 『芝生を植えとけばいいですよね?』 と僕に聞き返してきた。 おいおい坪庭だぞ。。と思い。 『もそっと、考えてあげなよ~』 と僕は答えた。やっぱり腕は良いのだが、センスは無いと言わざるおえん。。

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2012年8月19日日曜日

庭いじれ!

   今日は日曜日。だが打ち合わせに行ってきた。本当は日曜日に自分のお仕事の準備をしたいのだか゛、お客さんが休みの時にしか時間が取れないのでしょうがない。一昨日に書いた『よっ、提灯記事!(頭の悪そうなタイトルだ。。)』の喫茶店『ダイアナ』でまたまたお仕事。妙な客がきよったと思っていらっしゃるだろうが、ちゃ~んとカレーライスも食べたし、コーヒーは2杯も飲んだので許してもらおう。そしてブログでよいしょもしてあげたのだから、いつかはカレーライスがただになるはずだ。。んな訳ない。。

   ウッドデッキを作ろうと思っている。何か魅力的な仕掛けを作ろうと思っているのだが、庭を芝生にするだけではど~もしっくり来ない。よって気合いのウッドデッキで勝負に出ようと思っている。よく日本にあるのが『イギリス風』とかのウッドデッキ。これがどうも嫌いでしょうがないので、最初からデザインせなイカン。。う~ん手間がかかるがしょうがない。デザインの力が試されている夏だ。僕にとっての甲子園となってきた。

   最近思うんだが、日本の庭は手入れが大変だ。もちろん余裕があれば、庭師のおじさんを入れて手入れすれば良い。しかしそれほど収入がない方は、中途半端に庭を造らない方が良いのかもしれない。僕には手入れされていない庭がどうしても目についてしまう。草だらけの庭。そしてぶら下がった、元は白かったプラスティックの吊り鉢(花は大分昔に枯れ果てているタイプ)、そして鎖に繋がれた体を洗われた事の無い犬。。これでは庭がが勿体ない。

   そんなことを考えながら、図面を引いている。完成は来年頭だろうか。その時はお披露目の長~いブログを書こうと思う。なぜなら、僕にとっての甲子園2012だからです。


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休みが欲しい。。

2012年7月7日土曜日

そうだ、宮崎にプールがある庭を作ろう!

  今日は宮崎は西都にある工務店の息子さんと、今後のホームページの更新の相談に行ってきた。西都市は穂北地区にある倉庫をリノベーションし、隠居部屋を作ったのだが、未だホームページ上に掲載はされていない。理由は僕が東京にいたという事と、今までリノベーションの施工例のページが無かったので、そのページの構図を一から練り直しているからだ。しかし、聞くところによるとお客さんは、掲載を楽しみにされているとの事。なので構図をぴしっとして、良い写真をできれば撮りたい!と思い西都に向かったのだが、西都市は今日は超土砂降り。雷は落ちるし、視界がほぼ無い。もちろん写真など撮れずに喫茶店で他のお仕事の打ち合わせなどをしていた。何とかお昼頃には雨も落ち着いたのだが夏の宮崎。湿度が凄い。ああプールに入りたいと言う話になった。う~んプールか。。プールを作ってくれないだろうか、宮崎で。。

  以前東京に引っ越し、ホームインスペクションを勉強させて頂きたく、銀座にあるプロスパーデザインさんに面接に行った来た事は書いた。しかしホームインスペクションの事を話すつもりが、気が付けばプロスパーさんがやっているプール販売事業で盛り上がってしまった。。プロスパーさん曰く、プールを作るのに初期費用は水道代や施工費用で百万単位でかかるが、維持費用は使用頻度が高い夏でも7,000円ぐらいなのだそうだ。そして水の交換は年に3分の1程度。なぜならちゃんと循環させる機械がついていて、勝手に水質を保ってくれるそうだ。また現在学校であるような機械室は必要無く、R(円の事です)などの自由なデザインも可能。。イケルじゃないか!宮崎などの熱くて蒸し蒸しする気候にはプールがあった方が良い。そして下手に庭をいびり、手入れを怠るよりも、手入れが殆どいらないプールの方がいいに決まっている。なので工務店の社長さんに相談しようとって事になった。せっかく田舎に住んでいるのだから、面白い事をやりたいのだ。息子さんは乗ってきているのだが、いかんせん、プールってのは贅沢品だというステレオタイプがある。ここさえ乗り越えればイケルと思うんだがどうだろう。宮崎でね♡


  以前アメリカの誰か知らないが、日本の家を『まるでウサギ小屋だ』と言って日本人のひんしゅくをかった事がある。そりゃそうだ、誰も自分の家を『ウサギ小屋』などと言われたら、日本人じゃ無くても腹が立つ。僕も以前はふざけるなアメリカ野郎!と思っていたのだが、アメリカに行きそして帰って来た時、ふと思った。ウサギ小屋だ!もちろんアメリカと比べれば日本は歴史も深いし良い物も多い。しかし庶民の普通の家はアメリカと比べれば残念だが見劣りする物がある。どこが劣るのか?それはお家のメンテナンス。家の外壁などのペンキが剥げ落ちても日本は塗り替えたりしないのだが、アメリカの場合は結構頻繁にする。アパートだってしょっちゅうペンキの塗り替えはやっているし、下手すりゃ大工がアパートに住み込んでいたりする。もちろん庭もしょっちゅう芝刈りはしているし、プールは普通についている。アメリカ人が言う『ウサギ小屋』と言う物は決して家の広さの事を言っているのでは無く、メンテナンスやその荒れた庭の事を言っているのだ。僕の経験ではアメリカの家と日本の家はあまり大きさは変わらない。そりゃそうだ。人間の生活するのに必要な広さは、基本的には世界中あんまり変わらない。そして自分の好きなように生きている。なのでプールがあるし、そこで庶民も優雅に暮らしていたりする。

  僕は日本に帰って来て悔しかったのが、日本の景観がめちゃくちゃだと言う事と、水がこんなに豊富なのにプールが無いと言う事。海外に出た日本人は大きく二つに分かれると思う。日本のためにがんばって行きたいと思う人間と、日本なんかどうでもよいので戻るつもりはないと思う人。僕は前者だったので日本に帰って来た。海外かぶれや、贅沢だと言われても僕はプールでちゃぷちゃぷしたい。少なくともメンテナンス費用は年間10万いかないと思うからだ。少なくともお父さんがお小遣いをゴルフに使うよりも、プールに使う方が家族にとっては幸せだと思うし、日本のためにも健康的だと思うのだが。。どうでしょうみなさん?

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2012年6月19日火曜日

ターシャ・テューダーの庭で思う。

   仕事で東京の練馬から宮崎に引っ越すことが決まった。ホームインスペクションを宮崎で始めるのと、また損害保険の仕事をするため東北に行く予定なので、拠点を東京に置く必要が無いからだ。宮崎に帰ったらホームページ作成をさせて頂いている、とある工務店さまにお世話になる予定だ。その工務店の中にホームインスペクション部を立ち上げる予定だ。また設計も損害保険もやらして頂こうと思っている。立場はどうやら営業になるんかな。。

   その工務店さまのホームページを作っているくせに、時に戸惑う事がある。しょうが無いことなんだが、施工例のための写真の選考作業をしていると、室内から見える庭がまだできておらず、どうしても殺風景となってしまい、結局はその写真は使えなくなってしまったりするのだ。まず家を作って庭を造るのでしょうが無いのだが、ホームページを作る上ではこれが結構やっかいな事となる。どの方角から写真を撮っても、殺風景な庭に目が行ってしまい、ボツになる可能性があるからだ。現代社会では、家という物は住む人間が中心で、視点はあくまで内向きだ。しかし海外の人々は内向きとかと言えば、そうでも無いような気がする。

   ターシャ・テゥーダーという女性を知っているだろうか?彼女はアメリカの絵本作家で、彼女の描く絵は『アメリカ人の心を表現する』と言われ、クリスマスカードや感謝祭、ホワイトハウスのポスターによく使われていたりする。よく考えたら彼女の描いた絵のカードを貰った記憶が僕にはある。50代半ばよりバーモンド州の小さな町外れで自給自足の一人暮らしを始め1800年代の農村の生活に学び、彼女の住む広大な庭で季節の花々を育て続けるライフスタイルは日本でも注目を集めた、とWikiに書いてあった。

   彼女の造る庭は光あふれ、そして花で満ちている。決してプロフェッショナルな作りとは言えない。しかし花々の自己主張が少ないせいか、まるで花の杜といったような庭となっている。現在の庭にできあがるのに30年以上はかかったであろうが、それはそれは素敵な庭となっている。以前NHKで彼女の番組が組まれていた。それ以来、彼女の考え方や庭に惹きつけられた。彼女の造っている庭は日本の庭づくりの哲学とはもちろん違うし、アメリカ人のそれとも違う。しかしどこの国の人間であろうと惹きつけられる何かがある気がする。以前にも紹介した宮崎県木城町にある絵本の里の喫茶店兼本屋で、彼女の写真集が置いてあった。ちょっと買うのには僕は男前すぎるので、がっつり立ち読みした。その写真集によると、彼女の庭には色々な小動物が住み着き、小さな生態系をもっていたりする。もちろん蛇だってでるそうだ。男前の僕なら速攻シメるだろうが、しかし彼女はそんな事は気にしないそうだ。よく彼女の家にあこがれて日本で同じような物を作っている方々がいるのだが、どこか薄っぺらく見えたりする。どこがどう違うのだろうと考えているが、まだ僕の中で考えがまとまらない。考えがまとまったら、また書こうと思う。あくまで自分の理解のためにだが。。僕の母親がこの方の写真集の事を言ったら、速攻買ってきた。そしてず~と見ていたりする。う~ん、がんばって働き、少しは支援してやらねばいかんと思う。

   以前、ビートルズのある曲で、『僕は年を取った時、君と庭いびりがしたいだけなんだ』と歌った曲があった。年を取ると庭いびりがしたくなるものだろうか?しかし始めるのなら早いこと始めないとあまり意味が無い。彼女だって30年以上かけてその庭を作った。庭ってそんなもののような気がする。

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2012年6月18日月曜日

日米の芝生の手入れの違い

どうやって水を取るんだろう。。
  昔、司馬遼太郎のエッセイをよく読んだ。とあるエッセイの中に『日本の庭は世界一だと言う日本人や外国人がいるが、それはどうだろう。世界的に見て日本の庭は一つの境地に入っているのは間違いないが一番とは言いづらい。どちらかと言えばユニークなのだと思う』みたいな事を書いてらっしゃった。僕はこの本をアメリカで読んだんだが、妙に納得した。その当時は大学で政治学を学びだしたばかりで、まさかその後日本に帰り、設計をやるとは全く考えてなかった。しかしこの言葉は僕に響いた。連日連続で申し訳ないが、最低限度の住宅の事を考えてばかりいる。どうしたら上質の最低限の家々(アパート)を作れるか?またそのデザインやプランニングはどうしたら良いだろうかと、ぼんやりだが考えている。庭について考えているうちに、司馬遼太郎の言葉を思い出した。

  最近の日本の家々には芝生を植えている家が多い。これは雨などが降ったときに、土がべちゃべちゃになるのを嫌ったりするからだろうか。今の時代、アメリカっぽいとか言う理由で芝生を植えている人はあまりいないと思うんだが、とにかくよく見かける。しかし芝生が黄色いのが目立つ。実は芝生というものは手入れが難しい。水は大量にまく必要があるし、こまめに刈らないといけない。また刈るときに少しずつ刈らないと、葉が黄色くなるそうだ。芝生は日頃から手入れをこまめにやる人にしか向いていない植物でもあると言えるだろう。僕の実家にも芝生がある。夏場になるともの凄い勢いで芝生が伸びてしまうのでどうしても週一ぐらいで刈らないといけないのだが、これが中々面倒だ。この芝刈りでいつも親ともめる。僕に芝生は向いてはいない。

アパートかな。。
  アメリカにいた頃、よく芝生を刈っているメキシコ系アメリカ人を見かけた。庶民のアメリカ人の庭は大きく言えば、2つの庭がある。一つはバックヤードと呼ばれる裏庭。もう一つはその建物と道路の境界との間にある庭(名前は知らん。。)だ。大体庶民と金持ちは同じ場所に住むわけではなく、グループごとに固まって住む。よって、同じような広さの同じような家と庭がず~と続いていると考えたら想像しやすい。バックヤードはその家の持ち主が管理し、やりたい放題やっているが、フロント部分の庭は多くの場合芝生が生えている。その芝生を週一ぐらいでメキシコ人がヘッドフォンで音楽を聴きながら芝生を刈っていた。芝刈り機はバギータイプが多い。このバギータイプの芝刈り機でぐんぐん刈っていき、そしてもう一人のメキシカンがブーマー(日本ではブロアーと呼ぶらしい)で芝をぐんぐん集めていた。しかし今思えば非常に効率的だ。常に芝生が刈られている状態を維持できるし、少しずつ刈るので芝生も常々青い。アメリカ人は日本人と違い芝生の品種にこだわると聞いた。いかに黄色くならないかなど非常にこだわるらしい。また何故このようにメキシコ人が毎週来て刈るのかと言えば、義務だかららしい。地域によって異なるのだが、彼の国は景観には非常にうるさい。芝生が伸びていれば、治安にも影響するし、またその土地の地価が下がってしまう。よって細かな手入れを欠かさない。

  僕は日本の庭は内向き志向が強く、アメリカのそれは外向き思考が強いと思う。どんなに素晴らしい庭をもっているお家でも、日本の場合は塀を巡らし外からは見えないようにするのが一般的だ。これは恥じらいの文化から来ているのかも知れないが、堂々と表に出しても良いとふとこの記事を書きながら思った。

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2012年6月16日土曜日

最低限度住宅のバックヤード

  現在住んでいる東京練馬はず~と雨が続いている。おかげで洗濯物が干せなくて困っている。もちろん乾燥機にかければ良いのだが、うちの乾燥機は質が悪いのか、中々乾かない。それに仕事柄大量の汗をかくために1回の洗濯・乾燥する量そのものが多いので結構なお金がかかる。なので、できるかぎり部屋のバックヤード(小さいですが。。)で干したいと思う。しかし如何せん梅雨まっただ中。ず~と干せていない。ふと天気予報を見てみたら、ず~と雨が続いているじゃないか。。どうしたら良いもんかのう~。。

  ふと煙草を買いにコンビニまで行く途中、練馬のアパート群が目に入ってきた。各部屋に洗濯物干しがずらりと並んでいる。実は設計屋の中にはベランダに批判的な人が結構いる。なぜならベランダに住民は洗濯物を干す。洗濯物がベランダにある事によってビルディングに表情が生まれてしまい、景観や美観を損なうと考えているのだ。なるほど服の色はもちろん千差万別、色々あるんだから統一した美しさを求めるとしたら、ベランダを設けるべきではないのかも知れない。確かヨーロッパ辺りの町には、ベランダに洗濯物を干すのを禁止している町があったはずだ。そこまで気を使って景観を作っているヨーロッパには敬服する思いがある一方、そこまで東京都民に求めるのも酷かも知れない。なぜなら乾燥機のスペースは元々考慮されていない場合がある。また服はベランダだろう!という設計屋からの目線では、ちぃ~と浅い考えのデベロッパーさまの声が聞こえてくるからだ。

  以前『最低限度住宅』という記事を書いた。住宅やアパートに人間一人が住む上で、僕が考える上質の最低限の暮らしって何だろうと思い書いた。いずれ作ってやろうと思う『最低限度住宅』には、バックヤードを設けたいと思っている。バックヤードとは、まあ裏庭のようなもの。簡単に言えば洗濯物は干せるし、バーベキューぐらいはできる。もちろんお隣さんからは完全に見えないように設計せねばならん。でないと単なる迷惑発生の場所となるからだ。もちろん洗濯物が見られない配慮だって必要だろうと思う。もちろん都会では無理だが、田舎などでは十分できるのだが、未だあんまり無いと思う。なぜならそんな事が出来る大きな住宅会社は東京が本店で、東京の基準で家やアパートを作っていくからだ。その方が企画としては効率性が良いのは確かだ。しかし、人間の暮らしを東京の企画に合わせながら暮らす必要は全くない。それに田舎の建設会社は東京を仰ぎ見すぎている気がする。田舎者のくせに(僕も田舎者ですが。。)東京の基準を田舎に輸入すれば良いと考えているのだ。いっちょつくってやるか!と息巻いているのだが、そんな金を出してくれる太っ腹の会社ってあるんかいな、宮崎に。。

  そんな妄想が頭の中で巡っている。何とか実現できない物だろうか。実現すると結構喜ばれるシロモンなんだが。。

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2012年2月28日火曜日

芝生の庭と、栗の木の話。

栗の木です
 多くの日本の家庭では庭を造るときに芝生を植えている。もともと日本には芝生を植える文化は無かった。これは文明開化以降に西洋化から入ってきたわけだが、日本の家々にしっくり来るのかどうか、最近考え出している。

 僕の実家は芝生で覆われている。これは父親がゴルフが好きなので、練習用に植えたものだ。なので芝生が中心の庭となった。家族が歩くスペースは栗の木を置いてある。以下は余談だが、栗の木と日本人の歴史は古い。縄文時代は栗の栽培が盛んであったらしい。もちろん食用としての栗であったのだろう。しかし、食用だけではない。縄文時代では家の建材はほとんど栗の木を使用していた。栗の木は腐れにくく堅い。なので土台などには今でももってこいだ。建材以外でも鉄道の枕木や家具などにも使われていたが、最近では在庫の確保が難しいらしい。ではなぜ昔は在庫が確保できて今は出来ないか?昔は冬になれば農家は栗の木を鉄道会社などに売っていた。これしか収入源が無かった地域もある。しかし現在は枕木はコンクリート製になり、商売上の売り手がいなくなった。なので売り手も栗の木を植えなくなったようだ。

 話を元に戻す。日本の芝生は西洋のそれと比べ、どうしても黄色い。調べてみたら黄色い芝生というものは水が足りないらしい。確かに日本人は庭に手を入れない。僕が手を入れないと行っているのはあくまで西洋と比べえてだ。アメリカの家々は必ず夜になると、スプリンクラーなどで散水している。また業者と契約して芝を刈ってもらっている。なのでアメリカの芝は青々としているが、日本は黄色いのだ。

 夏の世に芝生の上を通り抜ける風は涼しくて良い。しかし、手入れをしなければ芝は美しくはない。日本芝は大体月に4回ほど刈らなくてはいけない。でないと芝は雑草となってしまう。下手に芝を植えて汚くするより他の方法で庭を美しく持って行くようにしても良いのかも知れない。

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2012年2月3日金曜日

プールを手に入れる時代が来よった!

  今日は銀座にあるプロスパーデザインさまに行ってきた。この会社は一級建築士事務所でホームインスペクションをやっている。ホームインスペクションとは以前にも書いたが、建物の診断をするお仕事の事。この会社のパートナーとなるべく行ってきた。話を進めている最中、このブログのように、脱線した。。その中でプロスパーデザインとしてプールを作っているという話になった。『えっ、プール!!』って言ってしまい、若干であるが鼻水が出てしまったのは気のせいだ。。

  この会社はフランスの企業と提携しプールを施工している。もちろん大きさにもよるのだが、500万後半から(相場により変動はあります)プールを作る事が出来るそうだ。そして月々のランニングコストはなんと冬だと3,000円台。夏でもいって7,000円。恐ろしいほど安い。そして水は循環させるので水代は最初だけ。年に1回ほど水を3分の1だけ取り替えるだけで良いそうだ。いままでのプールは機械室が付いていて水も結構な頻度で取り替えていた。それがいらない。フランス人を単にエロい人々と思っていたが、プールにも詳しいらしい。ホームインスペクションの話が気がつけばプールでほとんどしゃべっていた。

  アメリカのアパートにはプールが付いている。大体5万ぐらい出せばプール付きジム付きの one bed room ぐらいは手に入る。日本に帰って来たとき何故日本にはプールがないのか?と考えた。水はアメリカより遙かに日本の方が多い。アメリカの多くの街は実は砂漠だ、なのにプールがある。湿度も日本の方が高いので、夏などに泳ぎたくなるのは日本の方だだ。よくよく考えて見ると、日本に海水浴などが出てきたのは明治以降。もちろん夏場に泳いでいた人々もいたのだろうが、あくまで川でのお話。プールを作るという文化をもっていなかっただけなのかもしれない。しかし多分一番の理由は、『ご近所の目が。。』 というもの。無視すれば良いじゃ無いかと思う物だが、何せ昔はプールなんてブルジュアの中のブルジュア。贅沢だったからしょうが無いと言えばしょうが無い。しかし状況は変わったのだ。無い文化は輸入すれば良い。いざとなれば田んぼの水を引いてもよい。。そしたら農家と喧嘩になるか。。

  よく一般住宅の庭を見て思う事がある。『そんなに手入れするつもりも無いのなら日本庭園など造らなければ良いのに』と。庭は設けるが、アイディアがない。これでは土地がもったいない。それならプールも良いアイディアだと思う。って事で潮さんに提案しておく。まあ『別にいらなくない?』と言われそうで怖いが。。

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2012年1月8日日曜日

死に際の庭

wikiで見てみよう!
 
 僕がまだ若い頃、JR東海のテレビCMで『そうだ、京都へ行こう!』をやっていた。耳にされた方も多いはずだ。僕はこのテレビCMが大変好きで、気がつけば京都に住み、京都市観光企画課で働いていた時期もある。CMソングで使われていた、『my favorite things』も色々なバージョンがあって楽しかった。残念だが、このテレビCMは京都で流れていなかったらしく、みな『そんなの知らんわ~』、なんて言われ悲しかった。そんな京都の暑い夏の日どうしても行きたかった、京都大原の『宝泉院』に行った事がある。

 宝泉院は、かの有名な『京都~大原、三千院♪~』の三千院から少し入ったところにある。その額縁でくり抜かれたような庭園は盤桓園(読み方知らず。。)とも呼ばれる。これは去りがたいという意味だそうだ。ここの松は樹齢500年。僕は松はそんなに好きではなかったのだが、この松をみて気持ちが変わった。松は美しいのである。また上記写真が平家物語の冒頭でも呼ばれる沙羅双樹の木が、おいおいと茂る。天井は世に言う『血天井』だ。関ヶ原の戦いの序盤戦で、伏見城が攻められた時、鳥居元忠らが自刃し、その時に使われていた床を供養のために使っているそうだ(南無阿弥陀仏。。)

 昔の人々の庭にかける情熱は今生きる我々の比ではないのではないだろうか。ある本の中に『昔の人々は、庭を造るとき、自分が何を最後に見ながら死にたいかを考えて作った』とあった。なるほど~と思う。僕もいずれは宝泉院の様な立派な庭を造り、眺めながら死にたいものだ。

 という我が家の裏池は塩ビ管が見えているが。。嗚呼泣けてきた。。

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庭師のお仕事、工務店のお仕事。

『俺の二条城!!』


 以前京都の二条城の近くに住んでいた事がある。現在の二条城は15世紀初めに徳川家康によって作られているわけだが、僕はこのお城が大好きだ。このお城は作る時によく考えられており、その配置も城としては世界のそれとは大きく異なる。世界のお城は左右対称が多いのだが、この二条城は『雁行型』という特殊な配置で作られているのだ。これは、雁(鳥)が空を飛ぶ様な扇型の配置を意味する。玄関にあたる『遠侍』から入って、一般の大名や上級武士が入る『大広間』そして将軍の執務を行う『黒書院』、将軍のプライベートにあたる『城書院』へと続く。扇の要(かなめ)には食堂があり、実に計算された作りとなっている。


 二条城はお城であるのだが、いかめしくない。水堀もそんなに大きくはないし、石垣も結構荒い。もちろんお城の本殿にあたる部分が雁行型という理由もあるだろうが、一番の理由は戦闘用のお城として想定されていなかった事による。家康がこの城を作った時に、『京の真ん中に堅牢な城を建てて、敵にでも取られたら後々やっかいだ。京の城は2・3日もてば援軍が来る』、つまり取られてもすぐに取り返せる城を作った。う~んさすがである。


 お城に石垣は石垣が多用されている。石垣にも『野面積』や『切り込み接ぎ』など色々あって面白い。石にも表や裏がある。どう石垣の美しさを見せるか、どのような石を使うかなど昔の職人さんは気を使ったのだと思う。


 僕の住む宮崎などの地方では、石垣を使って道路との境界としている家が多い。幼い頃、石垣がある友人の家などで遊ぶのは楽しかったものだ。しかしこの石垣は決して、昔の職人が考えていたような考えでは作られてはいない。石も大ぶりで、表も裏もあった物ではない。なので苔も生えず、黄色い。要は手間をかけるべき外観に手間を惜しんでいるのだ。庭を造るのは庭師であり、決して工務店の土木作業ではない。


 庭を造るときは庭師の意見を尊重しましょう。

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