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2013年10月18日金曜日

『ななつ星』で行こう!!

   ヨーロッパの長距離夜行列車として有名な『オリエント急行』の誕生のきっかけは、一人のベルギー青年の失恋から始まった。その青年は心の痛手を癒やすために米国へ旅行し、アメリカ大陸を突っ走る寝台列車に魅せられた。当時のアメリカは大陸横断鉄道が完成に近づき、鉄道が人々の関心を集めていた時期であり、まさに鉄道黄金時代の頃の事である。のちにそのベルギーの青年は『ヨーロッパ寝台車・大急行国際会社』を設立し、豪華列車であるオリエント急行を走らせる事となる。確か最初はパリ・イスタンブール間6日の旅だったとおぼえている。

   JR九州がはじめた『ななつ星』が注目を集めている。工業デザイナーである水戸岡鋭治氏がデザインの『ななつ星』は、客室14室に定員30名で、制作費は新幹線並みの30億円であるそうだ。九州をほぼ一周する三泊四日と、九州北部を巡る一泊二日のコースがあそうで、来年の六月出発分まで完売しているそうだ。よって僕の地元宮崎でも結構な騒ぎではある。値段は三泊四日の九州一周デラックス・スウィートがお一人で95万円(たしか。。)であり、安い部屋でも38万円(たしか。。)となっている。2月分の給料がぶっ飛ぶと考えれば僕などはお金が勿体ない気がするが、母親などは乗ってみたいと言っている。

   当たり前だがターゲットは時間とお金に余裕があるシニア層であり、若者向けではない。また福岡が起点という事は、海外の富裕層をターゲットにしているのは間違いないだろう。僕はこの取り組みは素晴らしい事だとは思う。以前から思っていたのだが、日本は富裕層が楽しむ場所が少ない。富裕層にお金を払って貰わねば経済がよくなるはずはないし、日本の富裕層が海外でばかりお金を使われるのは一庶民として面白い事ではない。なので流行って欲しいとは思っている。


近所の老人ホームではない。。
   だが今は注目されているこの『ななつ星』だが、これからもずっとうまくいくかと言えば、どうだろう。僕は九州の宮崎に住んでいるからか、九州一周の豪華夜行列車には格段魅力は感じない。九州モンがいつも見ている風景を走り、よく食べる料理を、高いお金を出して乗るかと言えば、乗らないだろう。それにそれ程九州自体がそれほど美しいかと言えば、僕には疑問符がつく。僕には九州の街並みは、他の地方のそれとは変わりばえはしないし、沿線には『イエス!鷹○クリニック!』的な看板が畑の真ん中にガッツリ建っていたりする。『ななつ星』の車体は美しいだろうが、そんな中をひた走るわけで、僕にはリピーターがつくとは考えづらい。

   今回の工業デザイナーである水戸岡鋭治氏は、多くのJR車両などを手がけてきたデザインの世界では有名なお方であるのは知っている。僕は福岡から宮崎に帰る電車などでそのデザインを見させて頂いた事がある。その車両は『何とかデザイン賞受賞作品』と車両内部にポスターが貼ってあった。だが僕にはその内装の色がケバケバしく、本当に賞とったのかと一緒に乗った友人と話をしたのを覚えている。デザインとは、好き嫌いでそのデザインの善し悪しを決めるのは間違いだというのは分る。だが、シートの色が目に痛く、僕にはなぜ賞をとれたのか理解はできなかった。まあ使い勝手が悪いとは思わなかったので、機能性という点では良いとは思ったが。。

   なので、正直今回の車両をデザインしたのが水戸岡さんと聞いた時は、正直またか。。感が僕にはあった。思うのだが、今回の車両を作るにあたりJRはデザインコンペなどはしたのであろうか?若手でも優秀な工業デザインナーは結構いる。もしデザインコンペをしていたら、もっと洗練された空間デザインができた気が僕にはしている。どうもその内装の和風がちと古くさく感じたし、またオリエント急行に程の格式は感じれない。外観はエエ感じだとは思っているが、もう少し若手にも光を当てるJRであって欲しいと思っている。

   とぼろくそ書きながら、いつかは乗るかもな。。とはぼんやり思っている。電車は嫌いではないからだ。まあ、名前が『いつつ星』とか、も少しマイルドになったりしたらだが。。

   青春18きっぷじゃ、乗れんだろな。。

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それではまた来週!

2013年10月3日木曜日

シーガイアがカジノに変わるの?

   ふとネット新聞をチラ見していた。いつもは読まない読売新聞さんを見てみると、宮崎ではカジノ誘致を目指す議員連盟が発足したとあった。何でもあの悪名高いシーガイアでと考えているらしい。僕はそんな話がこの宮崎で話が進んでいるとは全く知らなかった。。まったく勉強不足である。ちなみにシーガイアを知らない方のために書くとすれば、シーガイアは宮崎県の歴史上、一番コケた室内プールである。バブルな感じ丸出しの時代に建てられた宮崎の負の遺産であるのは間違いない。そこでカジノか。。う~ん。。

   正直今シーガイアがどうなっているかは僕は知らない。横は車で通ったことはあるが、入場したことはない。どうもあのチャラチャラ感が硬派の僕には好きになれなかったからである。シーガイアは僕が高校を卒業する頃にオープンし、大勢の幼なじみが就職した。そしてみんな首になった。その跡地。。といってもまだ建物はあるが。。そこにカジノを呼び込もうという事らしい。

   読売さんを読んでみると議員連盟設立とある。なんでも議員さんが言うには『宮崎は今のままだと、高速道路が完成しても(まだ宮崎は全面開通はしとらんとです。。)宿泊してくれる観光客は来ない。カジノや宿泊、娯楽施設を備えたリゾートの振興を考えるべきだ』との事である。う~ん。。僕的には良いアイディアかどうかは判断つきかねる。。

   確かシーガイアが出来た時は日本最大の屋内プールであったと思う。なので少しは注目された。だが時代はバブル崩壊後の事。さすがに首都圏から飛行機乗って宮崎のプールでちゃぷちゃぷしには来ない。それに首都圏にシーガイアほどではないが、それなりのプールが出来た。よって作ったはよいが閑古鳥が鳴きまくり閉鎖に追い込まれた。宮崎だけにカジノが出来ればそれは美味しいだろう。江戸時代の出島のようなもんである。日本国内だけではなく海外からも客は来るかも知れない。でもそうは問屋が卸さないだろう。。まあ九州に宮崎だけカジノO.Kってなるなら少しはましかも知れないが。。まあ、沖縄がだまっちゃおらんだろうし。。

   僕はアメリカにいた頃、カジノには2度行った。一度は先輩がおごって下さるというので、も一度は日本の商社さんの接待(癒着)旅行について行った。他国のカジノは知らないが、アメリカのカジノは本当に遊べる。と言っても僕はあまり賭け事に興味ない。。のではなく、ごっつ頭に血が上るタイプで、持ち金全部使いそうでビビリまくり、僕は5セントのスロットばかりしていた。だが400ドルは稼ぎ出したので素敵だ。

   てアメリカのカジノホテルの料理はとにかく安い。そしてアメリカにしては料理もまあまあ上手い。それにカジノの町はしっかりとマフィアに守られているせいか、治安も比較的良い。これが宮崎に来ると考えるとどうだろうか。。きっと料理はチキン南蛮に宮崎牛。。カジノの中にはパチンコ屋。。ちと考えすぎだろうか。。

   宮崎県民としてシーガイアは何とかせんとイカンとは思っている。僕としてはやった方が良いのか、やらない方が良いのかは正直判断尽きかねる。カジノがうまくいくかどうかは分らない。だが仮にやるとしてもアメリカのカジノのようにテッカテカの電光掲示板だらけのカジノにはしてほしくはない。テッカテカは景観上よろしくはないだろうし、それにテッケテカはどう考えたってラスベガスには負けるからだ。

   う~ん、どうなんだろう。。

   どう思います、宮崎の方々?

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どうもこのアイディアは安易な気がするんですが。。

2013年8月23日金曜日

ヨセミテ公園で地獄を見た

   ふとニュースを見ていたら、アメリカのヨセミテ公園が火事になって結構な騒ぎとなっている。なんでも既に217平方キロが焼けたそうで、9棟の建物が消失したようだ。217平方キロという事は50㎞×40㎞以上の土地が焼けているわけで、どえらいことである。火の勢いは衰えておらず、カリフォルニア知事さんが非常事態宣言をだしたようである。9棟の建物しか焼けていないということはキャンプ場だろうか。。

   僕がまだアメリカで語学学校に通っている1996年の秋のこと。黒板に 『ヨセミテ公園旅行参加者募集』 と書いてあった。 『キター !! 』 とは思ったが、なんせ銭がない。。VISAカード送ってくれと母親に頼んだは良いのだが、母親が郵便局のカードを送ってきたため明日の銭もなかったからだ。。う~んでも行きたい。。どうしよう考えた。。僕が出来るのは肉体労働とギターが弾けのみ。。という事で学校の職員室に行って良くして下さるエルビスが大好きな女校長先生に頼み込んだ。 『何でもしますよって。。』 すがる貧乏留学生に校長は、 『働く?』 と言った。するとちょうど産休に入った人がいて、スタッフが足りてないようであった。ということで、スタッフとヨセミテに向かった。

   ヨセミテ公園とはカリフォルニア中部にある国立公園で、ユネスコの世界遺産にも登録されているすてきな自然公園である。ヨセミテ・フォール (滝のこと) はとても有名で、年間なんと360万人も訪れる素敵な場所だ。大抵のアメリカの自然公園はそうなのだが、このヨセミテ公園も昔は原住民であるインディアンが住んでいた土地である。調べてみたら、やっぱり殺しまくって追い出したようだ。。

   スタッフとして行った僕は、とりあえず何するの?と他のスタッフに聞いたら、夕食後にギターでも弾いてくれ。。あと適当に写真でも撮ってくれと言われた。その他のスタッフもほとんどやること自体がないらしい。なんて適当なんだよアメリカンとは思ったが、しょうがなく他のスタッフと一緒に初日は山登りが始まった。

   国柄が違うのか、日本と違い向こうの山には手摺りなどはない。標高1,000メートルほどの山。。というか岩。。にも登ったが、まったく手摺りなどはなく、その崖っぷちを渡り歩く。 『死ぬ人いないの?』 と地元のバイトの姉さんに聞いたら 『毎年4・5人は落ちるかな』 と軽く言っていた。まあそうだろう。自己責任の国である。グランドキャニオンに手摺りを付けていないお国柄である。 『何で付けないん?』 と聞くと 『だってブサイクじゃん !! 』と即答された。まあ、この国では落ちるヤツが悪い。

   キャンプ地からは2時間ぐらい山を登っただろうか。有名なヨセミテ・フォールは全く水が流れていない。というのも秋である。ヨセミテ・フォールは雪解け水が流れてこそ滝となるわけで、全くの崖であった。。学生一同、何のために来たんだという空気が流れる。。だがアメリカ人はああそうなんだ~という程度で何とも思っていない様子だった。これが日本だったら苦情が出るだろう。。銭返せになるだろう。。

   夕暮れ時、しっかり僕とスタッフのデナーショーも終わり就寝となる。だが困った事に妙に寒い。というか秋だというのにビビるくらい寒い。。昼は心地よかったが、夜はマイナス10℃になっていた。一応バンガローはある。そして寝袋も渡された。だが気温がここまで下がるという説明は一切受けていないので皆それほど着込んでいない。。こりゃかなわんと禁止されていた煙草を隠れて吸った。煙草が暖かいと思ったのは初めてである。煙草を吹かしていると、近くで 『beerだ~ !! 』 という声が聞こえた。どうも知り合いのトルコ人らしい。おいおい、こんな寒いのにビール飲むなよ。。と思っていたら、どうやら 『beer『 でなく 『bear』 であった。。え。。熊出たの?と思ったが、これがかわいい子熊さんであった。。だが熊は熊である。熊田曜子ではないのである。。えらいこっちゃとは思ったが、どうやら子熊さんも寒いらしく、キャンプファイアーの近くでごろごろしている。だが、いまさら逃げようがない。。なので、バンガローで死んだふりして寝た。。隣には校長先生がいびきをかいていた。。

   翌日は朝、3時に目が覚めた。。寒くて死んでいるか、熊さんに夜這いをかけられるんじゃないかと思ったりしたが、なんとか無事であった。この日は朝からお馬さんに乗ってくれと言われた。人生初のお馬さんに乗るのである。テンションが上がった。何となくだが、馬に乗って平地をてくてく歩くんだろうと思っていたのだが、あらどっこい。。そんなにアメリカさんはヤワじゃない。。山の崖道を上るのである。。もちろん手摺りなどはない。馬さん暴れたら崖から落ちるのである。『まだ死にたくない』と言ってはみたが、スタッフなので行かなくてはイカンらしい。。

  2mほどの道をガンガン馬さんは登っていくのだが、こっちは手綱を握っているだけで精一杯。。実に危ない。。日本だと大抵コースは1周ぐるりと回るコースを設定するのだろうが、アメリカ人はそうではない。3時間ほど登った山で、急に前方の尻の大きなアメリカ女が、『ターン』 と言いった。。おいおい。。ここは 2m の細道じゃないか。。とは思ったが、何とかお馬さんとターンし、キャンプ地へ帰った。。気が付けば既に10時を回っていた。6時間もお馬さんに乗らされていた事になる。。お馬さんから下りたら、どうも内ももががくがくである。これほどお馬さんが疲れるモンだとは思わなかった。。また、どうしてアメリカ人はトイレ休憩というものを考えないんかと思った。。だって気温はマイナスだよ。。きっと太りすぎて尿道が麻痺しているんだろうと思った。

   後悔の連続だったヨセミテ公園は、僕の人生では最悪の旅とであった。だがその美しさはハンパないのは確かである。これほど空気が澄んでいる場所は日本にはないとは思う。

   ただ秋には行くもんじゃない。。よい子は初夏に行きましょう。


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母親が行きたいとダダこねてるので、
いつか連れて行こうとは思います。.

2012年12月2日日曜日

鴨長明の方丈に憧れる


   今日は日曜日。仕事がたんまりと残っているので、ずずずいとExcelをさわっていた。そんな昼時、僕の婆さんが暇そうなので、NHKをつけてあげた。NHKでは京都の名所を紹介する番組をやっていた。京都に住んでいた僕は、ちょっとだけ京都には詳しい。だが、やはり京都は広くそして深い。その番組では色んな京都らしい場所を紹介していたのだが、ふと下鴨神社に目がとまった。僕は下鴨神社の近くでお仕事をしておきながら、一度しか行った事がない。好きなのだが、ふらりと訪れるなんて事をしなかった。今考えると実に勿体ない。なのだが、とても下鴨神社を愛している。その入口にある、橋のたもとを流れる小川がとてもお気に入りだ。今年は方丈記が随筆されて800年の記念の年なんだそうだ。よって下鴨神社ではスタジオジブリさんとの共作で、鴨長明の世界展などをやっている。う~ん、実に行ってみたい。

理想の長明
   鴨長明はその随筆家であり歌人であり、はたまた建築にも造形が深い僕の理想のような人だ。実は長明は下鴨神社の神官の家に生まれた。俊恵という人に弟子入りし歌人としても活躍したが、望んでいた神職としての出世の道を閉ざされ出家されている。現在の京都市伏見区に庵を開き、そして隠遁生活を送った。時代は平安末期から鎌倉初期の頃だ。そこで日本で最初の和漢混淆文による随筆 『方丈記』 を記した。これは原稿用紙で20枚ぐらいのとても短い随筆。当時の天変地異などが書かれていて、一級の歴史資料としても使われているそうだ。この冒頭に書かれている、 “ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず“  という書き出しはとても好きだ。無常観があふれていて国語が2だった僕はとても憧れる。長明が開いた庵は1丈四方の広さだったそうだ。なので 『方丈記』 と名付けられたようだ。

長明の方丈
   丈とは、現在でも大工さんが使う尺単位で言えば10尺の事。1尺が訳0.303mなので丈は3.03m。という事は現在で言えば5.5帖ぐらいだ。つまり畳5.5枚分。とても小さい。その中に囲炉裏を配置し、窓はもちろん鎌倉初期とは言え蔀戸 (しとみど) となっている。下鴨神社に再現された長明の方丈を見て僕などはうっとりしてしまう。しかし、とても現代の人々は住むには厳しいだろう。まあ、当の長明だって最低限の暮らしを追求したらそうなったんだろうから、長明さんだって大変だったろうが。

スモールハウス内部
   ふとこの前書いた 『3坪のスモールハウスも悪くない』 を思い出した。3坪と言ってもロフトなどついているから正確には3坪とは言えないが、鳥瞰として見る建築面積は長明の方丈とあまり変わらない。長明の場合、必要最低限の生活が出来るように、そして風流を楽しむため (もちろん暖を取るため) に囲炉裏付きの方丈としたのかも知れない。だが、僕が考えているスモールハウスは極上のお一人様のもの。それはキッチン付きにシャワールーム付き。そしてもちろんウォシュレットのトイレはTOTOだ。そして安いし、それに売りやすい。長明とは向いている方向は真逆だ。最近、この記事を書いてから、 『スモールハウスってアイディアどう思う?』 と合う人合う人に聞いている。皆、 『欲しい!』 と言ってくれている。だが、残念な事にそんなに小割で小さな土地が売っていない。。

   それにしても、日本人ほど隠遁生活に憧れる民族もいないんじゃないだろうか。世間さまから離れて、山里に隠れるように暮らす。これが日本人にとっての極上の暮らしなんだろうかと考えながらそのテレビを見ていた。まあそんな休みの一日だった。

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2012年7月27日金曜日

祭りは地域の活性化のためにある。

   一昨日のことだが、仕事で現場に行っていた。現場でのお仕事はどうしても汗を大量にかく。よってスマートフォンなどをポケットに入れておくと、どうしても表面のシールに水滴が染みこむ。なのでどこか適当な場所に置いておくのだが、昼休みの時間に確認すると、僕の携帯の画面に大きなヒビが入っていた。。誰~だ。。しょうがないので仕事帰りにdocomoショップに修理へと向かった。その途中、どうもいつもの道が混雑している。んっ、どないした?とじ~と町の様子を見ているとお祭りをやっていた。へぇそうなんだ、と思いながらdocomoの美人店員と、『今日祭りなんだ』などと小話をしていた。僕がまだ中学生の頃、その祭りなどは一大イベントでそれはもう楽しくて楽しくてしょうがなかった。仲の良い女の子などと行くのが、たまらなかった。もちろん当時は坊主に制服でだが。。そんなどうでも良いことを話していたら、『え~制服でですか!?』なんて言われてしまった。彼女と9歳違うだけで、全く違う環境に育ったようだ。。ちくしょう。。

   宮崎には残念なことだが、これといった大きな祭りがない。なので京都に住んでいたときに見た、祇園祭などはうらやましくてしょうがなかった。あの華やかさやと伝統は、到底宮崎者には作れそうもない。なので宮崎にも大きな祭りがあったらなとつくづく感じる。ではなぜ大きい祭りが少ないのかと言えば、やはり宮崎県民の性格によるところが大きいのかも知れないと思う。年がら年中、仕事終わりに飲んでいる人が多いので、格段祭りが必要がないのかもしれない。ふと人口が少ないから祭りが派手ではないのかと思ったりもしたが、同じ人口が少ない東北にはねぶた祭りなど、華やかなお祭りが多い。なので人口が原因ではなさそうだ。

   日本の多くのお祭りの起源は江戸時代の物が多い。実は江戸時代には旅行ブームがあった。よく聞くお伊勢参りはその典型だし、四国の寺巡りもその一つか。この頃、多くの旅行者が地元に帰り、地元で祭りを始めていると読んだことがある。よその町ではこんな事をやっていたなどと話しながら祭りは作り上げていったようだ。そこで出てくるのが特産品。江戸時代はもちろん冷蔵庫などはないので、その特産品の産地でないと食べれない。そんな風に日本は発展してきた。要は祭りも特産品も地域を活性化させる方法と当時も思われていた証拠だろう。まあ宮崎者がお伊勢さんに行ってなかったわけではないようだが。。
   なので宮崎かて色々なイベントをやろうとしている。しかし、どうもうまくいっていない気がする。少なくとも未だ僕には響いていない。

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2012年4月22日日曜日

ふり返れば天孫降臨の里

高千穂峡です
  朝から何なんだが、世間はゴールデンウィークで騒がしい。やれゴールデンウィークはどこに行くべきとか、何を食べるべしとかテレビでやっている。しかし、僕は東京に来たばかりでだ~れしらない。知っているのは所属するS事務所の同僚の方々(めったに会いません)や自衛隊の先輩。そしてスナックで働いている女性とコンビニの受付のおじさんぐらい。なのでゴールデンウィークなんて言われても全~く関係ない。これじゃいかんとホームインスペクション入んねぇかな~と思っていたら、その期間だけクリティカルに仕事が入っていないじゃないか。。きっと期間中は泣きながら寝ているだろう。。中古住宅を買う時は呼んでね♡

  よく考えてみたらゴールデンウィークだからってはしゃいだ事はないのだが、3年前に京都から実家の宮崎に友人らが遊びに来たので、昨日のブログにも書いた高千穂に連れて行ってきた。これが、なかなか素敵な場所だ。3年前と言えば、東国原知事が大ブームだった時期なので、そりゃ~大勢の観光客でごった返していた。

いきなりびびった。。天の岩戸神社
  高千穂町と言えば、天孫降臨で有名だ。天孫降臨とは天照大神の孫にあたるニニギノミコトが降りて来たと言う事なんだそうだ。高千穂町は天の岩戸神社はあるし、高千穂渓谷という宮崎で有名なデートスポットもある。宮崎屈指の観光スポットになる。僕が行った時は、渋滞が酷かったので渓谷には行けず、天の岩戸神社へ行ってきた。入ったとたんこれが何か感じるのである。向こうからオーラみたいなのを感じて圧迫感がもの凄い。中に進むと天の岩戸の近くまでいけると聞き、案内人の方に連れて行ってもらった。案内人の方の説明よれば、天の岩戸は見る事は禁じられているそうだ。しかし天の岩戸の近くはオーラだけで凄い迫力だったのを覚えている。

ず~と、くわばらくわばらって言っていた。。
  その後天の岩戸神社近くにある天安河原と呼ばれる所に行った。どうも一緒に行った女性陣が『もの凄いパワースポットがある!』とうる覚えで言うてせがんで来たからだ。実際行って見ると、これが恐ろしい。石の上に石を重ねて置いてあるのだが、これが何万とある。それも歩くのがやっとぐらいぎっしりつめてあり、びびりの僕には非常に恐ろしい体験となった。知らんと言う事は恐ろしい事である。って言うのも僕は『いっぱい人が死んだんだな~、くわばらくわばら』と考えながら歩いていたからだ。後で知ったのだが、これは自殺などとは全く関係なく、願いを叶えるために置いてあるんだそうだ。。置いてくるべきだった。。

  高千穂町は町自体が盆地なのだが、大きな盆地ではなく彫刻刀で削り取ったような形をしていて、川を挟んで向こうの山並みが近い。ここが僕にとって設計の理想郷のような場所に思えた。一緒に行った仲間は設計仲間だったのだが、みんな同じ事を考えていたらしい。空気は綺麗だし新緑も綺麗だ。そして何より余計な物がな~にもない。こんな所で仕事をしたら、もう都会では働きたくなくなるんだろうな。。とふり返りながら車を運転してた。

  う~ん友達を作らねば。。ゴールデンウィークが暇でしょうがない。。

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2012年1月24日火曜日

京の都の歩き方

お世話になりましたHelloさん
  寒い寒い、今日は本当に寒い。昔の暦で『大寒』というのは昨日の事だったが、今日は寒い。しかし僕の部屋の横にある梅の花はつぼみが膨らみ、もうすぐ開花だ。実に微笑ましいじゃないか。

  以前京都の観光企画課に勤務していた。僕のここでのお仕事は、観光客の誘致のための電話対応やポスター作成。詳しい事は書けないが、まあがんばっていた。この時期に一番電話が多いのが梅の花の開花時期について。京都には京都御所というとてつもなく有名な観光スポットがある。周囲4キロもある御所の中は、もちろんの事、日本の美が凝縮されており、僕のような日本が大好きな人間にはたまらない場所となっている。ここの梅の花は非常に美しいので興味のある方は行かれたら良いと思う。

  京都の観光に携わった者として言わせてもらえば、京都の観光のコツと言うのものがある。

竹藪じゃない!!
  よく聞かれるのが『京都でさくらを見るにはいつがよいか?』 これは中々難しい。もちろんポイントによっては満開の所もあって美しいが、京都は広い。南の方(宇治)などから咲いて行くのだが、北の方(例えば哲学の道など)のほうが咲くときは南の方は散っている。さくらだけで京都を見るのは間違いなような気がしてならない。それじゃいつが一番良い観光シーズンか?僕はゴールデンウィークと答えている。もちろん観光客がワンサカいて騒々しいが、新緑を見るには絶好のシーズン。大原などに行けば桜(ソメイヨシノではない!)も残っている。

渡月橋です
  嵐山を見るにも一番良い時期はゴールデンウィークだ。嵐山にはかの有名な渡月橋がある。木製に見える橋だ(ほんとはコンクリート。。)また嵐山には竹林がある。この竹林は日本有数の美しい竹林だと思う。この竹林を見るにも一つコツがある。早朝に出かける事だ。実はこの竹林、車(主にタクシー)が結構走る。名付けて京都名物『暴走タクシー』 観光客を乗せてもの凄いスピードで駆け抜ける。京都は日本有数の運転の荒い人々が住む街。なのでもの凄いスピードでクラクションを鳴らしながら停車し、自分の客の写真を撮る。なので昼間に徒歩などで出かけて写真を撮ろうものなら、タクシーが写真に入り風情が壊れてしまう。これを防ぐため早朝に速歩で行く。そしたらだ~れもいません。観光企画課でポスターの写真(JRの駅とかにあるあれです)を撮る時は、もちろん早朝に行きました。

  実は遠くから来られた方々は見落とす事がある。京都に来て寺社仏閣も良いのだが、京都と言えば日本の伝統が凝縮された街。実はショッピングが本当に面白い街なのだ。例えば『Hello』というCafe。これは京都市役所の裏近くにある小さい喫茶店なのだが、その作りが美しい。京都の町屋を改修した建物でそのセンスが光っている。僕は仕事をここでよくやったものだ(デキル人に見えるからです。。)本当に美しいので是非いってほしい場所だ。その他にも京都の烏丸三条通りを東の方向へ抜ける道がまたすばらしい。京都の小物の美しさ多分世界一だと思う。ぜひ行かれるのをお勧めする。

  最後に、知り合いのF君が京都に観光に来たので、嵐山の竹林に連れて行った時の思い出。日本一の竹林をみて『あ~竹藪(たけやぶ)や~』と言っていた。。京都には、日本の美しさが分る人と行きましょう。


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