2012年7月31日火曜日

嗚呼、雨戸好き。。

   今日も昨日と変わらず現場で汗を流してきた。パソコン仕事がたんまりとたまっているのに、やばいよやばいよと考えながらだ。しかし、現場に出たら意外と一心不乱となり仕事をしている自分がいる。現場も妙になれてきて体が軽い。さすがに日長一日中、釘を金槌で叩いていると妙に悟(さとり)の境地となってきそうで凄い。水もとらずにず~と釘めがけ金槌を叩き下ろしていた。さすがに休憩も取らないでやっていたら、熱中症の一歩手前までいきそうになり、こりゃまずいとチト思ったりした。。明日は宮崎に台風が接近している。現場の仕事は雨の日は稼働できなくなる事が多い。そりゃそうだ。外壁の取り替えを雨の中やったりすれば、内部に雨水が浸入し、てぇへんだ!って事になりかねない。よって多分。。明日はパソコン仕事となると思っている。明日来る台風が僕にとって神風となるかは、来てみないと分からない。まあそうでもならんと仕事がいっぱい溜まっているので困る。。

   昔から日本人は台風に悩まされてきた。よって台風の雨対策のために雨戸という物がある。窓の横に戸袋を作り、そしてその中には木製の窓枠を入れたあれだ。よく死んだじいさんが、台風前になると雨戸をだしてくれた。子供の頃などは、家の中が昼でも真っ暗になるので妙にわくわくしたもんだ。昔の日本の家は開口部が大きい。多くの家々には濡れ縁があり、そして隣は廊下となっていた。よって台風などの時には横なぶりの雨がその遮る物のない廊下へと入る。それを防ぐために雨戸はある。ガラス窓が本格的に使用され始めた大正・昭和になりその雨戸が強風からガラス窓をまもる役割となってきたように思える。

   今日の家々につけられているのは雨戸ではなくシャッターのものが多くなってきたように思える。僕がホームインスペクションのお仕事で新築住宅の家に行った時などは、必ず雨戸の代わりにシャッターがつけられており、動作確認をさせて頂いている。もちろん僕のいる工務店でもがっつりシャッターが取り付けられている。しかし、伝統と景観をこよなく愛する僕にとってはどことなく寂しい気もする。シャッターをボタン一つで閉めれるので、そりゃ便利だという事も十分すぎるくらい分かっている。が、おかげで日本の家のファザードがますます単調になっていく気がするし、どことなくインスタントで町の景観を悪くするとまでは思えないが、ど~も味気ない。

   今度仕事で日本家屋をつくる事になりそうなので、できれば雨戸(戸袋付き)を作ろうかな。。でも何となくシャッターになりそうな気がする。。

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2012年7月30日月曜日

かっこいいとは、こんなことさ。。


バナナリパブリックは大好きだ!
   今日は仕事で現場だった。僕は工務店のなかで主にパソコン仕事を担当している。しかし、現場の人間が釘を踏み怪我をしたのでどうしても人数が足りず、現場に出ることになった。しかし、僕は基本現場の人間ではない。なので、な~んにも知らんしな~んにも分からない。現場では一番役にたたず、迷惑ばかりかけている。しかし、本当のところ、パソコン仕事はもの凄くたまっており、現場にでる余裕なんてまったくない。が、悲しいかな、だ~れもそれを理解してくれないのが厳しい。パソコンばかりして。。みたいに言われてしまった。。じゃあやってみろよと言いたくもなってしまう。現場に出たおかげで、今日は事務所を出たのが、8時半。パソコン仕事をやらねば結局は自宅に持ち帰る事になるのでつらい。ああ、早く仕事をこなさねば。。

   よって疲れてまいました。。今日は動画でごまかします。人気の動画で申し訳ないが、ロンドンのファッション100年史です。まあロンドンオリンピックもやっていることですし。。

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2012年7月29日日曜日

この日向ボケども!

あなたが早起きしたばかりに。。
   最近はマクドナルドで仕事をする事が多くなった。なぜならコーヒー一杯でパソコンは使えるし、クーラーも効いている。それに簡単な食事だってもちろん出るからだ。自分の家で仕事をやろうもんなら、クーラーはついていないし、蚊に喰われてどうしようもない。今日は宮崎県は日向市にあるマクドナルドに来た。昨日は宮崎県高鍋町のマクドナルド。二日連続だとどうも気まずいので、遠出となってしまった。

   宮崎には日向ボケと言う言葉がある。これは宮崎の県民性を表す言葉として有名だ。意味は基本的に時間にルーズと言う事。例えば小学校のPTAなどの集まりがある場合、基本的に時間どおりには始まらない。僕の親などはその集合時間になって、そろそろ行く準備をせなイカンなどといっている。しかし先生方は宮崎の方ばかりではないのでもちろん時間どおりに来るし、その準備をしている。しかし、ど~も集まりが悪いそうだ。なので配布文書には必ず『時間厳守で!』と言う文言が入る。しかし遅れていくこと自体が礼儀となっているので、そうは問屋が卸さない。だって時間どおりに集まれば、周りの人々が遅刻した事になってまうじゃないか。。宮崎県民は隣人への思いやりに長けている。

   こんな事もあった。その昔、僕がうら若き高校生だった頃。名門高鍋高校の近くに時計台ができた。そしてその時計台には、『時間厳守の町、高鍋町!』という文言が入っていた。おいおい、無理するなよ~なんて思っていたら、いつの日かその時計は電池が切れたのか止まっていた。。しかし、だ~れもその時計を直そうとしない。無理をしたのは良いが、やはり基本的なところが出来ちゃいない。

   まあバスはあるのだが、遅れるのは日常茶飯事だし、それにその程度の事にぶ~ぶ~言う人もそんなにいない。第一バスの停留所の掲示版の時間が本当にあってるのか怪しいし、少なくとも腕時計の時間などは大概ずれているで気にしない。。僕の友人は大学の入学願書を出すのが遅れ、ちゃんと一浪もした。しかし、そんなことではめげちゃいない。しかし、さすがにこれではいけないと思ったのか、東京から来た東国原さんが知事となり『どげんかせんとイカン!』とがんばったりはしたのだが、やはり無理であった。我々からみれば、そんげなコツ言われてん、どんげもこんげもならん!ってのが本音なんだから素敵だ。

   なぜこうも時間にルーズなのか。理由は古代神話の世界までさかのぼる。その昔、神武天皇(初代天皇です)が宮崎の美々津港から奈良の大和に向かったわけだが、その出向は、無理せんでもよかろうに早朝だった。あまりにも早朝だったので、多くの人々は寝坊した。よって残ったのが現在の宮崎県民。。なのだそうだ。多分当時の人々も、遅れていかないと他の人が遅刻になってしまうと思ったんだろうか。。どうもそんな気がしてしょうがない。。

   このブログを日向のマクドナルドで書きながら、この日向ボケども!と周りをうかがいながら書いている。もちろんその神武天皇の船に乗り遅れた人々のDNAは、僕の中にもちゃんと刻み込まれているから不思議だ。。


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2012年7月28日土曜日

オリンピックで思う事。

   オリンピックが始まった。朝方テレビをつけたら、華やかなパレードをやられていた。本当は朝方4時ぐらいに起き、パレードを最初から見ていたかったが、そんなに早く起きれるわけもなく、途中からになってしまった。僕の記憶が正しいかどうかは分からない。ロサンゼルスオリンピックまでの入場行進はみんな軍隊のように整列して歩いていた気がする。つらつら考えみるに、大会前のパレード練習などは大変だっただろう。代表選手は夏の暑い時期に集まり、ひぃ~ひぃ~言いながら練習させられたはずだ。やれ、手が上がっていない!内側の選手はカーブの時は小股で歩け!など。。自分の競技の練習をしたかっただろうに。。小学校の運動会前の入場行進の練習をめちゃくちゃやらされた僕は、あれほど意味のないものはない事を知っている。以前はオリンピック閉幕の時もパレードをやっていた。これが最初になくなったのは東京オリンピックかららしい。これは日本人が大変よいもてなしをしたようで、選手らがテンション極まり、行進なんかやってられない!と言ったとか言ってないとか。日本人のもてなしがあの軍隊っぽいパレードを辞めさせた。日本人は誇っても良いと思う。

   このオリンピックが終わったら、すぐにパラリンピックが始まる。日本からも多くの障害者の方々が参加しているのだが、テレビ放送などはあまりされていないのがちと寂しい。その昔、ソ〇ルパラリンピックが開催されていた時のことだ。その国のテレビ局がパラリンピックを中継していたら、『醜い物を見せるな!』と苦情があまりにも多すぎて中継を急遽取りやめたと言う事があったそうだ。さすが整形大好きのお国柄である。。彼の国は最近まで社員募集のおり、『容姿端麗』という日本では信じられん一言が入っていた国だ。僕がアメリカにいた頃、多くの彼の国の障害者の方々が留学にきていた。彼女は顔に大きなやけど後があった。話を聞くと、障害を持っていると就職差別があるらしく、彼の国では難しいからアメリカに来たと言っていた。そんな国でパラリンピックをするのもどうかと思う。

   実は過去にパラリンピックは中止されそうになった事がある。経営的にもスポンサーが集まりにくく、IOCも本気で悩んだらしい。しかし東京でオリンピックが開催されたおり、当時の皇太子夫妻(現、今上天皇夫妻)が応援された事により、日本が本気でパラリンピックを開催した。この東京パラリンピックの成功により、パラリンピックは続けられる事が決まったらしい。昔から、日本の皇室は障害者の方々へおやさしい。う~んさすがだ。どっかの国とは偉い違いだ。

   オリンピックだけが原因ではないが、イギリスの景気が良い。しかし、このオリンピックが終わったらどうだろう。もちろん、あのギリシアみたいに経済がボロボロになる事はないだろう。アングロサクソンはギリシアみたいに無計画ではない。まあ僕的には、とりあえず日本が勝ってくれればそれでよい。


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2012年7月27日金曜日

祭りは地域の活性化のためにある。

   一昨日のことだが、仕事で現場に行っていた。現場でのお仕事はどうしても汗を大量にかく。よってスマートフォンなどをポケットに入れておくと、どうしても表面のシールに水滴が染みこむ。なのでどこか適当な場所に置いておくのだが、昼休みの時間に確認すると、僕の携帯の画面に大きなヒビが入っていた。。誰~だ。。しょうがないので仕事帰りにdocomoショップに修理へと向かった。その途中、どうもいつもの道が混雑している。んっ、どないした?とじ~と町の様子を見ているとお祭りをやっていた。へぇそうなんだ、と思いながらdocomoの美人店員と、『今日祭りなんだ』などと小話をしていた。僕がまだ中学生の頃、その祭りなどは一大イベントでそれはもう楽しくて楽しくてしょうがなかった。仲の良い女の子などと行くのが、たまらなかった。もちろん当時は坊主に制服でだが。。そんなどうでも良いことを話していたら、『え~制服でですか!?』なんて言われてしまった。彼女と9歳違うだけで、全く違う環境に育ったようだ。。ちくしょう。。

   宮崎には残念なことだが、これといった大きな祭りがない。なので京都に住んでいたときに見た、祇園祭などはうらやましくてしょうがなかった。あの華やかさやと伝統は、到底宮崎者には作れそうもない。なので宮崎にも大きな祭りがあったらなとつくづく感じる。ではなぜ大きい祭りが少ないのかと言えば、やはり宮崎県民の性格によるところが大きいのかも知れないと思う。年がら年中、仕事終わりに飲んでいる人が多いので、格段祭りが必要がないのかもしれない。ふと人口が少ないから祭りが派手ではないのかと思ったりもしたが、同じ人口が少ない東北にはねぶた祭りなど、華やかなお祭りが多い。なので人口が原因ではなさそうだ。

   日本の多くのお祭りの起源は江戸時代の物が多い。実は江戸時代には旅行ブームがあった。よく聞くお伊勢参りはその典型だし、四国の寺巡りもその一つか。この頃、多くの旅行者が地元に帰り、地元で祭りを始めていると読んだことがある。よその町ではこんな事をやっていたなどと話しながら祭りは作り上げていったようだ。そこで出てくるのが特産品。江戸時代はもちろん冷蔵庫などはないので、その特産品の産地でないと食べれない。そんな風に日本は発展してきた。要は祭りも特産品も地域を活性化させる方法と当時も思われていた証拠だろう。まあ宮崎者がお伊勢さんに行ってなかったわけではないようだが。。
   なので宮崎かて色々なイベントをやろうとしている。しかし、どうもうまくいっていない気がする。少なくとも未だ僕には響いていない。

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2012年7月26日木曜日

西都原で自転車耐久レース!

   以前にも書いたが、僕は2年前、西都市の街づくり活動に応募したことがある(『自転車で街づくりをする!』も読もう!)。内容は西都市を活気づけるためいろんなイベントの創出、まあそんな感じだった。基本的には西都市に住んでいる人が対象。なので他の町に住んでいる僕は、まあ受からんだろうという気持ちで受けたのだが、その面接に行くのに論文を書かなければいけなかった。内容は『西都市を活気づけるためにどんな事をすれば良いか?』みたいな事だった。そこで、僕は西都原古墳群を生かして、自転車レースなどをしたらどうでしょうと書いた。そしたら見事不合格。しかし西都市は自転車で街づくりを始めた。う~ん一言うてくれてもよかろうもんだが。。なんて思っていた。それから月日がたちし、今週、建設会社のホームページを作る関係上、西都市の商工会議所にいったおり、あるパンフレットが僕の目に入ってきた。『西都市で4時間耐久自転車レース!』 おいおい、俺の出した論文そのまんまじゃないか。。嗚呼、許すまじ。。と思いながらこのブログを書いている。

   西都市には古墳群がある。西都市の西側の高台には多くの古墳があり、大勢の観光客を集めている。しかし、西都市はそんなに大きな産業もなく、どことなく寂れている。だが僕からみればその古墳群が美しい。余計な看板はないし、それに宮崎には珍しく余計な電信柱も立ってはいない。そして補助金が出ているのかは知らないが、道路が綺麗に舗装されている。自転車に乗っていると分かるのだが、綺麗に舗装されている道路を走るとこぎみ良い。すいすい進むからだ。すいすい進むと言う事は、風を感じることが出来ると言うこと。これが自転車を走る醍醐味だ。これが舗装が悪いとスピードが出ないので、疲れやすい。例えばハンドルを伝わる振動が、腕の筋肉に伝わったりして、どうも楽しくなくなる。なので西都原古墳群の道のような場所は楽しくてしょうがないのだ。

   しかし、西都市も一言いうてくれれば良い物を。次に、西都市長にあったらチクチク言うてやろうと、やっぱり思った。この大会が成功した暁には、名誉市民賞ぐらいもろうても良かろうものを。。まあ西都市が賑やかになれば僕としてはハッピーなんだが。。言わんと気が済まんたちなもんで。。


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2012年7月25日水曜日

素敵な椅子が欲しい。

グッドデザイン賞の椅子は素敵だ
   僕は仕事で現場もたまに行くのだが、基本パソコン仕事が多い。僕が勤める宮崎は西都市の工務店には事務机はなく、ちゃぶ台の上にパソコンを置き、あぐらをかきながら仕事をしている。ちなみに床は桜貼りのフローリング。うすい座布団あるだけだ。そこで、やれ新築の図面興じゃ~ホームページじゃ~などと忙しくやっている。そんな感じで一日中あぐらをかきながら仕事などをしてると腰にくる。夕方過ぎにある営業の方が来た。あ、どうも~と挨拶して立上がろうとしたが、腰が言う事を聞かない。う~ん椅子が欲しい。

   設計屋の友達とご飯などを食べに行くとどうしても職業病がでてしまう。設計屋の職業病には色々あるのだが、その中に椅子の高さをメジャーで測るってのがある。やれこの椅子の高さが良いとか悪いとか、飯を食うだけなのにうるさくてしょうがない。

コルビジュエの椅子
   よく考えてみたら、建築家の多くが椅子を設計している。コルビジュエしかり、ミース・ファン・デル・ローエしかり。建築家と椅子は相性が良いのか、それともみんな腰痛持ちなのかは分からない。そして彼らの作品はどちらかと言えば、ゆったりした感じの椅子が多い気がする。設計屋さんは基本的にず~と図面の中で格闘する仕事。気持ちを落ち着かせ、次のプランを考えるためにどうしても良い椅子に座りたいのかもしれない。

   そんな事を考えながら仕事をしていたら、ふと、椅子作っちゃおうかな。。と思ってきた。自分で設計すれば、安くつくし、材料は裏側に行けばたくさんある。よっしゃ~と思ったりしたが、今は暇がない。まあ暇が出来たら設計でもします。

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2012年7月24日火曜日

New Soul は素敵。


   宮崎県は西都市のとある敷地に、建物をプランニングしている。この敷地は細長く、そして全面は畑。なので細長い建物にせないかん。でもあんまり長いのもね。。とは思ったり言われたりしたが、これが良い感じのができた。さすがだ:D しかしこれはあくまでたたき台。これからやれ窓の位置はどうするか、その高さはどうするか、材質は?など色々悩む。もちろん施主さんのためでもあるが、良い街並みを作るためでもある。変な建物を設計はしたくないし、それは無責任だと思うからだ。できる事なら施主さんに会って、どうしてこのような形なのか、とうとうと建築理論を説明したいのだが、今回は難しいらしい。と言うことは図面が全て。図面の印象一つで勝負せなイカンらしい。それに他社の方も今回の建物のプランニングを提出しているそうだ。って事は、今回はコンペみたいな形式となっている。。こんな時、施主さまにも会えず作り手としては非常に辛い。コンセプトが得られないからだ。コンセプトが得られればすいすい図面はかけるもの。なので今回は面白そうな仕掛けを作ろうと思っている。まあ、社長からボツ!と言われそうで、くたびれ損になりそうだが。。



   って事で今日も忙しくてたまりません。よって音楽でまたごまかします。すみません。。これは昔、アップルのCMで使われていた曲で、Yael Naim と言う人の New Soul って曲です。こんな曲を聴きながら設計はしたいのだが、どうもそんな優雅なお仕事ではない。なぜなら、明日の昼までに図面を書き上げなイカンらしい。それも今日の夕方言われた。。おいおい、うちは今日新しいCADを導入したばかりだぞ!

   今から死にます、星になります!

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2012年7月23日月曜日

屋根のある橋。

   仕事の帰りに、とある宮崎は西都市の橋を車で走っていた。その流れている河は一ツ瀬川という。しかし橋の名前はよく分からない。しかしこの橋からの眺めが好きで、わざわざ遠回りして帰る事だってある。西都市の街は川で囲まれているのだが、この河は僕にとっては美しい。そしてこの一ツ瀬川はコンクリートで覆われているわけではないので、宮崎にある河にしては川幅も大きく、雄大だ。また河の周りがあまり開発が進んでいなく、昔の風景のまま残っているのも良い。そして何より、飾らない橋が美しいと思う。

   以前京都で設計し事務所にいた頃、新しい橋のコンペと言う物があった。いろいろなデザイナーが色々な橋をデザインし、平成の御代にあった橋を作るというものだった。すでに景観問題をず~と考えていた僕は、よっしゃ~がんばるぞ!と息巻いた。

   規定で歩道と自転車の橋とのことなので、もちろん橋の幅はそれ程でもない。しかもその橋はそれ程長い橋ではないので、いろんな工夫を設けた。人が座れるスペースやら、地元の方々が小さな店を出せるスペース。あと花を生けれる吊り鉢などだ。自転車もスピードが出ないように、自転車道はわざと荒いでパネルで仕上げていたりする。そして橋の上部のほとんどは木製でできていて、景観問題は起きそうにはない。しかし目立つのはこの橋には木製の屋根がついていた事だ。

   去年の暮れまで、NHK大河ドラマスペシャルで『坂の上の雲』という超特大のドラマをやっていた。これは司馬遼太郎の日露戦争という、日本が異常なくらい明るかった時代のお話だ。その主人公の一人である、秋山真之(日本海海戦を勝てたのはこの人のおかげです、偉い!) が地元に帰郷する時、屋根付きの橋をくぐっていた。これは愛媛県内子町にある河内(かわのうち)の屋根付き橋なんだそうだ。誰が作ったかは分からないが、相当な好事家じゃないと作らないだろうと思える。まあ作る時にぶ~ぶ~いう人もいたとは思う。なぜなら屋根を作るため、余計なお金がかかるからだ。それに屋根の横の部分に板などが貼り付けていない場合、屋根への風圧力も考えなければならず、結構手間暇かかる。しかし、僕にはカワイイくてたまらない。しかし何とも美しく一度は行ってみたいと僕は思う。ドラマを見ながらそんなことを考えた人々は多いはずだ。屋根のある橋にはそういった魅力がある。

   僕はコンペを作っている時思ったのだが、日本はどうも鉄骨むき出しの橋が多すぎる。もちろんその性能などを考えると、橋の建材としてはぴったりなんだが、どうもやるせない。そう思いコンペ作品を作った。出来上がった物には満足だったが、気が付いたら期限切れ。結局出さずじまいで、僕のハードディスクのどこかに眠っている。。まあ、日本の橋について考えさせてくれたこのコンペには感謝しているし、勉強にもなったのでそれなりに満足している。


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2012年7月22日日曜日

シーリングファンと扇風機。

   今日は一日、自分の部屋にこもり、僕がこれからやろうとしているホームインスペクションのレポートのフォーマットを作っていた。協会が出している物があるのだが、だいぶ使いにくいし、やたらと長い。そしてどことなく見にくいので、依頼者さまに申し訳ない。このインスペクションリポート東京の超有名なホームインスペクション事務所で使っていたが、レポートだけで約5時間ぐらい取られてしまう。よって他の仕事ができない。なのでこりゃいかんって事で現在作り直し中だ。しかし、今日は本当に湿度が高い。僕の部屋はクーラーもなければ、断熱材も入っていない。ひい婆さんが使っていた昭和の隠居部屋。なのでガンガン扇風機をかけているのだが、どうも追っつかない。窓は網戸がないので開けると虫が入ってくるし、今さら、断熱材もとりつけるのは大変だ。よって扇風機をガーガー言わせている。

   最近日本のリビングにもシーリングファンが増えてきた。これは良いことだと思う。シーリングファンは部屋の空気を循環させてくれる。当然だが、床の近くでは室温は低く、天井のそれは高い。なので天井を作らない屋根裏が直接見えているリビングなどには、シーリングファンを入っている場合が多い。そうすると室内の温度が循環されて心地よい。あとあくまで僕の意見だが、寝るときに若干の風を顔に当てていると心地よく寝れる。どことなく自然の風につつまれるようで良いのだ。これはクーラーではちょっと難しい気がする。冷えた空気を直接顔に当てると、まぶたの辺りの温度が冷やされて、どうも眠れなくなる。もちろん理由はと聞かれれば、よ~知らんと答えるが。。

   最近電気屋さんに行くと、ダイソンの扇風機などが置いてある。これは羽のない扇風機で、子供たちにとって安心だ。この扇風機はその下部から空気を取り入れ、内部のファンによって上部の隙間から風を送り出すそうだ。よって羽はいらないし、形も丸くする必要がない。しかし思うんだが、売れているのだろうか。。どうもあの形が僕にはピンと来ないのだ。ただデザイン的には正しいと思う。引き算の美学のようなものを感じるからだ。でもちょっと。。僕のタイプではない。

   節電が叫ばれている中、ふとインターネットを見ていたら、扇風機のことを昭和かよ!って書いている人がいた。平成生まれの若者にとってはクーラーは当たり前。しかし、昭和の生まれの僕にとっては、やはりクーラーは贅沢な気がして、ようつけれん!もちろん我が屋では、クーラーはお盆の時ぐらいしか活躍の場はない。


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2012年7月21日土曜日

ベートーベンを終いなはれや!


   今日は、福岡のNPOをやっている知り合いの女性が、久しぶりに地元に来たので懇談会に出てきた。この女性は行動力が凄く、まだ口蹄疫が酷かった頃に僕の街に来て、色々口蹄疫復興事業に取り組んでいる。そんな縁で、何かとつるんでいる。色々な企画を出し合ったりする中だが、久しぶりなんで楽しかった。

   最初の出会いは、僕が勤めていたところの局長が、『復興カフェ』というのを福岡の女性たちがやろうとしているんだよ、とパンフレットを持ってきた事に始まる。君は独身だから行ってきたら?と進めてくれたので、僕は完全に、よし合コンだ!と思い妄想たくましく会場へ出向き、パンフレットに書いてあったドアを開けたら、地元の商工団体の若手社長(おっさんです)だらけ。いるはずの福岡の女子大生などはゼロ。。合コンどころか、深~いお話のみの重~い集まり。しかし参加者が少ないので、出ないわけにはいけない。それに友達になってしまったから、手伝わなければいけない。。おかげで、それから色々なイベントや企画を考えるはめになってしまった。。俺って良い奴だな。。

   って事で、今日は疲れましたので、音楽でごまかします。

   曲はビートルズの Rool Over Beethoven です。ビートルズのロック風の曲の中でも妙に好きな曲なんですが、これはチャックべーリーのが最初。ビートルズはカバーなんです。でもビートルズの声が妙に好きなんで紹介します。もちろん作曲したチャックベリーの方が偉いと思うんですがね。


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2012年7月20日金曜日

やはりWBCで、3連覇をして欲しい。。

   今日は仕事がどうしても終わらず夜の9時前に帰って来た。色々まとまらないことが多く、遅くなってしまったのだ。帰って一番、テレビニュースを見たら、WBCに日本選手団は参加しないというニュースが入ってきた。なぬ!と思い、ニュースをガン見した。僕は野球は三度の注射より嫌いだ。これには理由がある。親父が野球馬鹿で、小学生の頃、休みの日になるとよく野球の練習に連れて行き、練習をさせられた。僕は小学校から4㎞も離れていたので、友人と遊ぶのは週末のみ。なので休みの日に大人に混じって練習は本当につまらなく辛かったからだ。また、我が家テレビは野球しかつけてはもらえず、他のテレビが見れない。許してもらえたのがニュースのみだった。おかげでニュースには詳しくなったが、野球は大嫌いになってしまった。

   しかし、WBCは別だ!WBCの期間は僕の中の右翼が騒ぎ出す。初代阪神タイガース応援団長(漫才師の中川家が物まねしている人です。。実は親戚です。。)の如く、だみ声となる。そして全てのお仕事はキャンセル。部下を呼び出し、酒を出し、そしてめちゃくちゃな応援が始まる。日本が韓国に負けて、韓国国旗がホームベースに建てられた時は、テレビを壊しそうになったし、アメリカ人の審判による誤審があった時は、結婚したばかりの元部下のアメリカ人へ、〇○ポルノをメールで送ってやろうかと真剣に考えた。

   どうやら今回の決定は、アメリカのメジャーリーグの運営料金の取り分が原因らしい。どうやら前回のWBCでのグッズ販売などはアメリカさんに許可を求める必要があり、日本にはお金があまり入らなかったそうだ。まあ、僕の知っているアメリカ人とはそんな人々だ。一般的にアメリカ人とは世界を知らないし、世界に対する配慮など皆無に近い。アメリカは広いし、経済的に発展しているので、一生の内一度も海外へ行かない人がほとんどだ。それにアメリカ以外の国の人々はアメリカにあこがれを持っており、出来れば移住したいと思っていると勘違いしている。今までのメジャーリーグの考えも同じような物だ。俺たちがルールで、他の後進国に俺たちの素晴らしい野球を教えてあげるね♡ ぐらいの気持ちでいると思う。少なくとも僕が知っているアメリカとはそんなマッチョで単純な国だ。

   しかし、日本のプロ野球がメジャーと話し合いをやっているそうだが、ちょっと方法が違うのかも知れないとも思う。アメリカ人は世間知らずのわがままだが、正論をいえば納得する人々でもある。なのでテレビの記者会見などを開き、アメリカ人記者の前で『お前ら、日本に二度も負けて悔しくないんかい?悔しかったらWBCのルールを日本式に変え、日本の甲子園でやらんか、このフ〇ャチン野郎!』といえば、大抵、奴らはのってくる。アメリカ人とはそう言う人々だ。

   戦前の話だが、メジャーが日本に初めて来たとき、日本選手がピッチャーゴロなどをして、笑いながら走っていたのを見たアメリカの選手が『お前らには武士道があるだろ、笑いながら野球をするな!』と言った。現在の彼らにそのまんま言ってあげれば、少しは面白い展開になると思うのだが。。そしたらまたWBCで大はしゃぎが出来るし、酒も旨い。


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2012年7月19日木曜日

島原の乱と、その生き残り。

   ふとテレビをつけてみると、BSで歴史番組をやっていた。僕は普段テレビはニュース以外は一切見ない。その内容は島原の乱。歴史好きの僕にはたまらない。島原の乱といえば、小学校の歴史でも習ったかの有名なキリスト教徒の反乱だ。僕の家のテレビは野球かバライティーばかりなので、僕はそそくさと隣の部屋に行き、久しぶりにそのテレビを見た。最近歴史番組は色々あるとは思う。しかし、既にある程度歴史に詳しくなってくると、歴史の表面だけを紹介している番組は見る気が失せてしまう。それよりもその当時の人々がどんな暮らしをしていたかとか、どんな考えなどを持っていたかなど、ディープな歴史を知りたくなる。今日の番組は(名前は忘れました。。)知識人がでて結構なディープな話をされていたのでちょっと嬉しかった。

   知らない人のために書くが、島原の乱とは江戸初期に起きたキリスト教徒の反乱。首領は天草四郎(美輪明宏の前世!)で乱勃発時は16歳。多くのキリスト教徒と周辺の住民が、年貢の過酷な取り立てなどに怒り、反乱を起こした事に端を発する。反乱軍は当初、島原城を取り囲んだり、島原半島南部にある本渡城などを落城寸前まで追い込んだが、討伐軍が迫っていることもあり、当時既に廃城となっていた原城へ入り籠城戦となった。当時のは幕府は三代目家光の御代。幕府軍は板垣重昌と九州諸藩による連合軍を派遣したが、戦闘の士気は低く、総攻撃は大将である板垣の討ち死にという散々な結果となってしまう。その後、幕府軍は兵糧攻めと方向転換をし、籠城した反乱軍の食料が尽きたのを見計い総攻撃。反乱軍の一人をのぞく全員の37,000人が殺された。そんな事件だ。合掌。。

   その殺されなかった、山田右衛門作(やまだえもさく)という人は元々絵師で、ポルトガル人に絵を習い、南蛮絵師として領主である有馬家や松倉家に使えていた人だ。僕はこの人に妙に興味がある。反乱軍の中では絵師なのに、副将として扱われていた事。自分の嫁子供を含む仲間を裏切り、自分だけ生き残った事。そしてその後幕府の取り調べを受け、口上書が残っているのだが、原城城内の様子を語っている事。色々歴史好きには興味をそそる人だ。もちろん歴史を大きく動かした人ではないのであまり詳しい内容は分ってはいない。しかし、この人のお墓らしい物が宮崎県は日之影町という小さな山村で見つかったと報道で見た記憶がある。僕の親戚は日之影町の人間なので、これはちょっと興味深い。あとこの人が実は日本で一番最初の禁煙のポスターを書いた人らしいです。確か、井伊家のポスターだったはずだが。。

   その後、島原の乱の発端となった、過酷な年貢の取り立てをやったとされる大名は斬首された。江戸時代に大名が切腹した例はあるが、斬首はその一件のみだ。相当きついご沙汰といえる。そして民衆も戦国時代のような武力による強訴はなくなった。江戸時代の一揆は、計300件以上起きているが、ほとんどは話し合いで反対ですと届ける程度だ(幕末はちょっと起きましたが。。またいつか書きます)よってこの島原の乱により、本当に戦国時代が終わったと言う人もいる。まあ僕は生類憐れみの令がでるまでは、戦国の気風があったとは思うのだが。。

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2012年7月18日水曜日

営業さんとi-pad

   仕事で使うCADを会社で取り入れようとしているのだが、中々決まらない。一つはAと呼ばれる、建築界では一番有名なCAD。もう一つはBと呼ばれるCAD(業界人ならわかります)両方のCADに一長一短有り、どうも選択する作業で、追われてしまう。CADを使い効果的なプレゼンテーションをしようと思っているのだが、さあどれにしたものか。。プレゼンテーション能力が田舎の工務店でも求められている時代だと思う。だからといってチラシをダイレクトメールしたくない。僕がお客の立場だったら、まず捨てるし紙が勿体ないと思うからだ。う~ん、どうしたら良いものか。

   僕が今までやってきた方法は、実際に施主さまに合い、どういった理由でこんな形の家にしたのか、いわゆる建築理論をしゃべりまくることだ。ちなみ僕は今まで、自分が設計した建物は競合他社を出し抜いてきた。まあ、僕が元々営業職だったと言う事もあるが、ほとんど他社が、ちゃんちゃんな家しか作っていないってのもある。正直言って、他社さんが作った家よりは面白い建物を作れると自負しているのだが、他社さんより時間が掛ってしまうのが問題だ。

   現在進めようとしているCADは、i-Padやその他タブレットに対応している。これを使わない手はない。都会ではすでに一般的になっているが、未だ宮崎の田舎ではi-padなどは珍しい。そして、ほとんどに人々が使いこなせない。しかし、今からの時代はそんな事も言っていられないだろう。スマートフォンが出た頃、みんな機能に懐疑的であったが、使いこなすとこれはなかなか面白いし、便利だ。i-padを持った営業さんなんて当たり前になるのはしょうがない。

   色々、今後の営業方針で悩んでしまうが、結局はCAD業者さんが出してくる金額が一番重要かもしれない。。やはり金額が100万単位ってのが悩ましい。

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2012年7月17日火曜日

花を愛で、庭を愛す僕が好き。

   ふと煙草を吸いに外に出てみたら、我が屋の花々が目に入ってきた。僕は花が好きだ。自分だけが認める風流人でもある。京都の建築専門学校では生け花部に所属し、周りの芸術の分からないモンから、生け花のセンスゼロ!などと言われながらも、育ちの違いを見せつけていた。生け花と建築設計には通じるものがあると先生に言われ、そんなこと言われたら気合いを入れなイカン!と思い大胆にバッサバッサと花々を切っていったら切りすぎ、全ての花々がツクシの子ぐらいの大きさになったのは、今では伝説となっている。花々を愛でる宮崎県風流人協会の鑑定人でもある僕としては、色々な花々を植えたり、愛でたりしたいのだが、どうも宮崎では中々手に入れにくい花は多い。

   僕の近くにある花屋はもちろん小さい。売っている花も、どちらかと言えば仏壇用で、鑑賞するためや、お生け花をするものではない。需要がないわけではないだろうが、そんなに気合いを入れた花屋を作ったところで商売が成り立たないのかも知れない。なので、花屋には冷蔵庫とプラスチックのバケツがあるぐらいで、いつもおばちゃんがニコニコしている。これはこれで嫌いではないのだが、どうも欲しい花はない気がする。それじゃ、ホームセンターの花コーナーはと言えば、どことなく悲しい。種類が豊富なのだが、ど~も今ひとつ欲しい花や、おっ!と思えるような、発見する喜びがないのだ。そして、どうしてあんなにパンジーが安く、多く売っているんだろう。。

パンジーは好きにはなれない。。
   そんな事が思えるのも僕がアメリカにいたからかも知れない。アメリカの花屋さんは大きい。イメージで言えば、日本の高速道路のサービスエリア一個分が花などのガーデニング用植物を売っている店舗になっている。そこまで広いと、さすがに発見する喜びもひとしおだ。ハーブってこんなにあるんかいな。。だったり、あっスイレンだ!とか大はしゃぎしてしまう。そして庭に植えたくなる喜びを与えてくれる。そんな花屋さんは日本では見たことがない。日本には庭師というプロフェッショナルがいるが、彼らはどこから花々を手に入れるんだろうか。。こんど合ったら聞いてみたいものだ。

   アメリカさんが大きい花屋なら、日本はこだわり抜いた花や!ってわけでもないのだが、京都人はさすがだと思った事がある。京都の中京に、一つ一つの花が作品のようになって売っている花屋さんがある。京都の丸太町にある hanadayori はんだ。これが良いのだ。一つの花とそして鉢がセットとなって、そして横で生け花を作るように美人の店員が花を植えている。これが素晴らしかった。凛として花を生ける美人!日本には日本の良さがある。それを淡々と主張されているようで、もちろん僕みたいなヤカラなぞお店の敷居を一歩も入れなかったし、注文なんてできはしなかった。生け花部なのにである。あまりの美しさに一見さんお断わりだと今でも信じている。でもどうして花屋の店員は美人が多いのだろう。。

   昨日も書いたが、現在新築のプランニング中だ。間取りや景観の事も考えるのだが、庭ってやはり重要だ。多くの建築会社は家のプランニングはしても、庭のプランニングはしない。必要無いと思っているからだ。しかし、違うと思う。日本人は昔から、庭を見るための家を多く建ててきた。それが日本の伝統的なあり方だ。そこを忘れてお仕事はしたくない。

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2012年7月16日月曜日

ただ今、プランニング中。

こんな和室が作りたい
   現在とある西都市の新築住宅のプランニングをしている。僕は京都で設計を始めた。その頃からプランニングをする時に大切にしているのがある。作る前に現場に行き、そこでの考えを大事にすると言う事だ。しかし、今回はそれが出来ていない。そしてまだ施主さまとも会っていないので、中々プランがまとまらない。毎度の事ながら、順調に遅れている。

   プランニングをする方法は設計士によって違う。じ~くりじ~くりプランを練って、作り上げ、またそれを壊してまた練り、を繰り返す人。すぐにプランニングをポンポンと出せる人。僕は前者で、プランニングがとても遅い。建築士の試験を受けたときなどは、30分ぐらいでプランニングは作り上げねばならんのだが、僕は常に1時間はかかっていた。綺麗なアイディアじゃないと認めたくないタイプなのだ。ポンポン出すのはどことなく建築士の試験的でどうしても嫌だ。法律さえクリアーすれば良いって設計屋にはなりたくないもんだ。

   なので今回も死んでいる。子供部屋の適正な大きさはどうだ?とか、和室を美しく演出するにはどうしようとか。。まあ設計士の腕の見せ所なのであるが、施主さまに合わねば中々アイディアが浮かんで来ないタイプなのだからどうしようもない。現在、産みの苦しみを味わっています。。

   さあ、がんばります。

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2012年7月15日日曜日

中古住宅の品質評価への新基準。

   ふとNHKニュースをつけてみると、『中古住宅 品質評価の新基準作成へ』というニュースをやっていた。おっ?と思いガン見してみた。内容は、長く使える住宅が増える一方で中古住宅市場の整備がすすんでいないことから、消費者が中古住宅を購入しやすいよう、新たに品質を評価する基準を作ることになったというものだ。これは僕がやっているホームインスペクションそのまんま。協会の会長さんが部会に入っているので色々教えてくれていたりしたが、NHKのニュースにインスペクションが話題になる時代が来るとは思わなかった。。

   インスペクションはこのブログでもさんざん言ってきたのだが、品質を客観的に評価するお仕事の事。お医者さんで言えば決して専門医ではなく、町医者のようなものだ。なので問題を見つけて、直しましょうか?みたいな事は言わないし、直してはいけない。あくまで第三者として立ち入って調査する。しかし、似たような協会が診断をやっている。どこが我々と違うかと言えば、向こうは無料診断をし、そしてm直しましょうか?と営業をしてくる。しかし僕らホームインスペクション協会は有料で診断しレポートを渡すが、営業は禁じられている。どちらが信用できると言えば、我々ホームインスペクション協会の方が良いに決まっていると思う。

   具体的ホームインスペクションで行うのは、震度7クラスの揺れに耐え得る耐震性や、シロアリの有無、屋根や水道管の状態などを目視や簡単な機器を使って調査する。これは中古・新築を問わない。中古の場合は売り買いする値段の基本情報ともなりえる。また新築の場合、施工状態を客観的に依頼者へ伝えるのがお仕事となる。また中古の場合は、多くの場所に問題があるので、リフォーム場合の指針ともなるであろうし、新築の場合は違法建築を見つけることだってある(たま~にですが、未だにあります)

   しかしだ、実はこの国が行おうとしている新基準はこける可能性が高いと言われている。なぜなら販売会社に品質を評価し表示するよう促しているからだ。つまり第三者ではなく、販売する当人にインスペクションをやらせるようなもんだ。つまり、裏で調査する会社とハウスメーカーが結託すれば結局なんぼでもだませるし、欠陥があっても大丈夫と嘘もつける(実際にそうやっている業者もいます)裁判で言えば、検察側と被告の弁護士が同じ人のようなもの。何となくチャンチャン♪でハイ契約、といった感じになりかねない。ちょっとホームインスペクションとは第三者じゃなければ、お金のムダなんです。

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マクドナルドでお仕事中。

今日は暑い。。
   今現在、宮崎県は高鍋町のマクドナルドにてとある会社のホームページをいじっている。色々と変更点や、レイアウトの変更等があるもんだから、休日といえども休めないのだ。初めてマクドナルドにパソコンをもって入り、仕事をしているのだが、パソコン仕事をやる者にとっては、これが結構良い環境となっている。正直言って、工務店の事務所より遙かに快適な空間だ。ネット環境はそろっているし、電源も使っていいそうだ。それにクーラーがバリバリつけてある。最初は図書館に行こうと考えたが、節電のため電源は使えず、またクーラーが28度設定のため正直使えないと思ってこちらに来た。明日からここで仕事しよって言いたいが、そしたら日当はでらんだろうな。。

   そもそも設計のお仕事をしていた頃は、喫茶店でお仕事をしていた。現在ではテレワークと呼ぶらしい。もちろん当時はそんな言葉はなく、ただただ喫茶店の方が快適だからと言う理由だった。本来パソコン仕事は別に事務所など持たずともできる。特に設計と言う仕事は、パソコンと建築知識さえあれば場所は選ばない。しかし、日本企業の場合、どうも固定観念が強いのか、事務所に来て汗水流して働かないと、仕事ではないと思っているらしい。しかし、パソコンは人間が汗水流してやっていた作業を、効率よく計算し代行してくれる。パソコンの発明によってわざわざ汗をかく必要はないと思う。

   さあお仕事がんばろう。

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2012年7月14日土曜日

蚊取り豚 ひとみちゃん

   宮崎はもうすぐ梅雨明けなんだそうだ。今日の宮崎は湿度が高く、ジメジメした一日となった。そんなジメジメしたなか屋外で作業などをしていると、どうしても蚊がよってくる。この蚊という生き物がいるせいで、僕は仕事がどうもおっくうになってくる。ああ何とかならんもんか。。そんな時、僕はいつも蚊取り線香を使っている。もちろん世の中にはノーマットと呼ばれる煙の出ないものがあるのは知っている。しかし僕は、蚊取り線香の独特の臭いがないと妙に落ち着かない。『日本の夏、金鳥の夏』とはよく言ったもんだ。

   僕がアメリカにいた頃、どうしても日本の夏を味わいたく蚊取り線香を送ってもらった。といっても、僕が住んでいた街には蚊なんていない。純粋にあの臭いをかぎたかったわけだ。アメリカは日本ほど蚊がいないせいか、蚊取り線香のような線香タイプのものはない。あるとしてもスプレータイプ。もちろんそれでも蚊は殺せるだろうが、キャンプやピクニックが大好きなアメリカ人、スプレーぐらいじゃ追っつかない。なので知り合いのアウトドア派の教授に分けてあげた。そしたら、『凄い発明だ!』と驚いていた。『スプレーと違い、蚊はちゃんと殺せるし、においも良い。それに渦巻き状のデザインがよく出来ている!日本人すげ~』と言ってらっしゃった。それ程のもんかね。。と思ったりしたが。。ちなみにその人はノーベル賞を受賞されている凄い教授なんだそうだ。日本の金鳥はノーベル賞もびびらせよった、ある意味すげ~。。

   蚊取り線香が好評ですぐ無くなったので、母親にせがんでまたまた大量の線香を発注した。そしたら今度は豚の形をした陶器が郵送されてきた。蚊取り線香を入れておく量販店に売っているあれだ。これに蚊取り線香を入れ、プールサイドで読書していたら、ガキが興味津々。そして水着の姉さま方も話しかけてくる。う~ん、使えるのぅ~、ひとみちゃん!(勝手につけたメス豚の名前です) そして、み~んな、『So cool!』と言っていた。確かによくよく考えたら、これはよ~できたデザインだ。別に豚の形にせんでもよかろうものだが、豚にしたおかげでカワイイじゃないか!日本には昔からあるものなんでそんなに気にしてはいなかったが、外国人にはCool!なんだそうです。

   しかしもちろん蚊取り線香には、長所もあれば短所だってある。僕の部屋は隙間だらけの昭和のお家。おかげで蚊だけでなく小さな虫も入ってくる。これが蚊取り線香で殺せるのは良いのだが、ライトの下で大量死する。おかげでこまめな掃除が大変なんだ。。


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