2012年4月21日土曜日

『かまど』 のある生活

  僕は一人暮らしのため自炊をしている。どうも炊飯ジャーで作ったご飯より、土鍋で作ったご飯が好きなため、最近アマゾンで買った。これがいける。ご飯が起つというか、炊飯ジャーのインスタントな感じと違って『がんばってんな~』って自分で思ったりして、にんまりとしている。このご飯に納豆と醤油をかけて食べると幸せな気分になるのだ。もちろん経済的って事もあるのだが、一人暮らしは自炊にかぎる。

  僕の母方は宮崎の北の方の出身だ。母方の爺さんが彼の天孫降臨で有名な高千穂町出身。婆さんがその高千穂町の隣の日之影町出身。僕が小さい頃などは良く連れて行かれたが、本当に辺境の町で車で凄い山道を進み、いつも車酔いしていた。今は道路も拡張されて快適にはなったが、未だに凄んごい田舎だ。日之影町はきっと一日の半分以上が山の陰に入っているのでそんな名前がついたんじゃないだろうかと思えるほど、山の影にある。この日の影の婆さんの家に行くと、おじさん達が必ずシシ鍋(ボタン鍋の事)を振る舞って下さるのだが、これがおいしくておいしくてたまらない。ご飯とシシ鍋は僕の大好物となった。この日の影の家は未だに竈(かまど)でご飯を炊いている。そりゃご飯も旨いはずだ。

  昔から日本の家々には竈があった。調べてみたら石器時代辺りにはその遺跡が見られるらしい。大分昔からあったんだと思うが、そりゃそうだろう。人間食わねばならぬ。水かて沸かして使っていたはずだ。かまどの構造は単純だが奥が深い。一般的なのは土やコンクリートで形を整え、放射熱を釜に集中させている。そして煙突で排煙する。しかし、この煙突が出てきたのは実は明治以降の事。西洋的な考えが入ってきてからのようだ。たしかに時代劇で煙突がある炊事場は見た事がない。これは日本の高温多湿の気候が原因だ。煙を室内に逃し、言わば家を燻製状態にする事により、シロアリから家々を守っていたのだ。う~ん凄いじゃないか。

  我が家にもかまどはあった。僕が確か20代半ばぐらいまでは確実にあった。しかし、全くその価値を認めない親父に簡単に壊されてしまった。将来僕が自分の家を作るとすれば、かならずかまどをつくってやろうと思う。そして親戚が来たら、かまどで飯を炊きシシ鍋を作ってやると決めている。

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