2012年4月20日金曜日

2年目の口蹄疫。現場から思った事。

  今日4月20日は、宮崎の人間なら誰もが知っている口蹄疫(こうていえき)の悪夢が始まった日だ。あれから2年だが、まだ2年なのか。。なんて思ってしまう。口蹄疫とは豚や牛などの偶蹄類(ぐうているい)と呼ばれる蹄が2つに分かれている動物に起きる病気で、この病気にかると肉質が極端に堅くなり、経済動物である牛や豚はを扱う農家は一気に廃業に追い込まれてしまう。また一番やっかいなのはその感染力で、空気感染するスピードはとてつもなく強い。対策としての抗生物質はあるのだが、これを打つと感染しているのかどうか分からなくなってしまう。なぜなら感染から発症まで2週間の潜伏期間があるからだ。なので現実的な対応としては、感染していても感染していなくてもある一定距離の牛や豚、ペットの山羊なども含め、全部殺さなくてはならない。僕はこの口蹄疫が発生した時は、とある宮崎の動物用医薬品の会社で営業をしていた。そして僕の営業先が一番口蹄疫で問題となった川南町を含む児湯郡地区。なので口蹄疫問題は深~くかかわった。そして2年前の明日、僕はこの会社を辞めた。

  最初は動物用医薬品会社の本店から『今すぐ来てくれ』という電話が、僕の営業所に7時40分頃あった事に始まる。本店に出向いたら会長と専務が二人いて、『口蹄疫だ、8時になったら宮崎県から発表となる。』 最初は頭が呆然となった。僕ら動物用医薬品の会社にいた人間は、その半年前韓国で口蹄疫が流行し、凄い騒ぎになっているってのをよく知っていた。口蹄疫は空気感染力が凄まじく、イギリス・フランスのドーバー海峡だって渡ってしまう。なので日本にいつ口蹄疫が来てもおかしくないと言われていたし、その対策を考えていた矢先の事だった。事務所に帰って東京に出張している社長へ電話。『は~?口蹄疫って何ね』 おいおい口蹄疫を電話で説明せんといかんのか。。この社長は全く仕事をしないで有名で、みんなに嫌われていた。しかしそんな事を言っていてもしょうがない。薬品の受注や発注が凄まじい一日となった。明くる日のんきに社長は東京出張から帰り、これまたのんきにお土産を会長へ持って行き、会長に口蹄疫対策について聞かれ『なんですか?』みたいな事を言って、会長に厳しくどやされていた。。営業所に帰ってきた社長に『あんた口蹄疫を持って帰ってきておらんか?』と痛い質問をされた。おいおい、あんたが行けっていったんだろう。。『口蹄疫が出た川南なんかで仕事をとって来やがって、まったく困ったやつだ』って言われて切れた。『こんな会社、辞めたるわ!!』 って事で辞めた。会長には世話になったし、同僚とは良い仲だったんだけれども、言ってはいけない言葉があるのだ。まあ残っていたとしても営業先が全くなくなるのは目に見えていたが。。

  口蹄疫問題を語る場合、ネット上ではよく言われている話がある。それは最初の口蹄疫発生と報道された水牛農家に韓国の留学生が来ていて、その留学生が口蹄疫を持ち込んだと言われるもの。またその留学生を受け入れるのに奔走したのが、民主党の道休誠一郎議員というもの。実はこれは完全なデマ。知り合いがその水牛農家に勤めていたのでよく知っているのだが、韓国人留学生などいない。道休議員にとってはよい迷惑だろう。まったく関係ないどころか対策に一生懸命だっただろうに。。一番最初に出たと言われている水牛農家だが、実はこれはサンプル上での事。つまり宮崎県に正直に一番最初に報告して検査立ち入りし、陽性となったので、水牛農家が一例目となっている。しかしその隣にある安愚楽(あぐら)牧場は既にその時は口蹄疫が治っていたそうだ。つまり安愚楽牧場が本当の一例目。上司の命令で口蹄疫を隠蔽したそうだ。おかげでたくさんの動物が殺される事になった。

  動物用医薬品の会社を辞めて地元川南に帰って驚いた。口蹄疫とはどこ吹く風。まったく対応がなってない。川南町とは典型的な地方の都市で、もちろんスーパーは農協だったりするのだが、5月の10日ぐらいになってやっと消毒マットが置かれた。畜産農家は口蹄疫って言ってもよく分からず、役場に長靴で来て『課長さん、対策はどうすれば良いとね~』なんてのんきに聞いていた。おいおいあんたが口蹄疫を振り舞とるんじゃないか!! 国の方針でニュースには1ヶ月ぐら後の5月半ばぐらいまで報道規制されていた。そして困った事に、地元の人間だってどこの農場まで口蹄疫が来ているか分からない。個人情報保護らしい。。また殺処分した牛や豚を埋める場所確保が大変で、これまたもめた。そりゃそうだろう。畜産農家は畜産はやっているけども、畑はそんなに持っていない。想定外の被害とは言え、国も県も町も全てが後手に回ってしまったわけだ。

  結果宮崎では29万頭の牛豚やその他ペットが殺処分された。経済的な損失は牛や豚などだけで1000億円と言われるが、その他の産業にも大きい爪痕を残した。例えばイベントなどは自粛の勧告が国と県から出たため、業者は半年間仕事が全くなかった。また外を歩くだけで非国民に近い感覚を住民自信が持ったので、みな飲みに行かない。よって飲食業はもの凄い経営不振に陥った。また各畜産農家は口蹄疫を防ぐため石灰を入口に蒔くのだが、これが飛散し野菜の薬品濃度が高くなったため買ってもらえない。ほとんどの宮崎の商品が敬遠されるといった具合になったわけだ。

  東日本大震災という未曾有の災害があり口蹄疫は忘れ去られた。しかし、こんな現実が2年前の今日に起きた。改めて死んでいった動物に哀悼の意を表したい。

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