2012年2月14日火曜日

帝冠様式 軍服を着た建物

京都市美術館、以外とモダンです。
  景観の事を常々考えていると、それじゃ景観って何なんだろうなんて考えてくるわけだが、僕から見ると『見ていて悲しくないもの』 と言う事につきるのではないかと思ってきたりしている。もちろん高さ制限(道路からの斜線ではなく。。) や色合いや文字の規制もさることながら、ちゃんと業者ががんばって作っている。または施主のためだけではなく社会のために考慮して作っているかと言う事になるのかもとも思う。もちろん行政による絶対的なルールも設けて欲しい。そこには建築協会もばっちり入って欲しいもの。建築家達が真剣に街の事を考えてこれからの日本をデザインして欲しいのだ。が、この建築家さま方がどうしようもなくやっかいだったりする。最近ではだいぶ減ったが奇抜なデザイン、新しいデザインを作る事が本物の建築家であり、一般住宅や伝統的なものを作るのは建築家ではないという風潮があった。たしかに建築家を目指す学生の考えは非常に優秀であるし、努力家であったりする。しかし神社をコンクリートで作ったり、京都の町屋を壊してRC造の近代建築を周りの反対を押し切ってまで作る事はどうかと思う。もちろんその京都の建物は表面上は配慮し、目隠しなどを設けていたが、その程度で良くなるほど建築とは浅いものではない気がするのだが。。

  コンクリート製の神社の話がで思い出した。僕の卒業設計は『京都会館の改修に伴う音楽の総合私設への拡張案』(そんな名前だったかな。。) と言う物で京都会館の隣の公園を掘って、総合音楽施設と大きい音楽ホール、そして野外音楽堂なるものを狭い敷地に作るというものだった。京都会館は建築家『前川國男』 と言う方の作品で素晴らしいし実によく出来ている。しかしその京都会館の隣にコンクリート製の神社があるのだ。別にコンクリートでなくても良いのではと言うくらいコンクリート。つまり全く木製の神社と変わらない。そして使用法はどうやら倉庫だった。神社の形をとる必要もなく、また何となく壊すと罰当たりそうだ。な~んとなくだが、単に作りたかったんでは。。と考えてしまった。

満州国の象徴でも人気です。。
  この京都会館の隣に京都市美術館がある。ここの建物は『帝冠様式』 と呼ばれる建物。通常この様式でははRC造の建物に日本風の屋根を取り付けている。これはモダニズムに反抗するように、昭和初期から作られ出した様式の建物で、日本が戦争に負けるまで日本のみならず満州や台湾に作られていた。軍服を着せた建物と言う別名もあったりする。誰が読んだか分らないが、よいニックネームだと思ったり僕はする。やはりその軍服のイメージか、戦後は一切作られなくなった。もちろん戦後にモダニズムが盛んになり、勉強さえされなくなったという理由もある。しかしだ、景観的に見ると結構シックリする。なぜか、やはり古典主義的な建物なので、歴史的にずっとそこにあるように錯覚するかも知れない。さすがに最近ではモダニズム運動やポストモダンに対抗するように、帝冠様式などに近い建物が出てきている。たとえば近江八幡図書館。RCなのだが大屋根が瓦で作ってあり、昔の日本的な感じが出ている。これは近江八幡が瓦の一大産地だったからなのだが、やはり瓦屋根がしっくり来るのでRC独特の寒々しさを感じさせず、景観にしっくり来るわけだ。また満州にも帝冠様式は残っていたりする。昭和初期の夢であった満州帝国なのだから当然と言えば当然なのだが、中国人があれだけ嫌いな満州帝国の象徴である、関東軍司令部(現中国共産党吉林省委員会会館)が壊されずに残っているのは、その威厳に満ちた風格と、景観にばっちり溶け込んでいるからだと思う。帝冠様式という建物たち、その屋根は意味がないと言えば意味がない。しかし景観的には意味がある気がしている。

  新しい考えでものを作る事はよいと思うのだが、新しいの中にちゃんと古いも入れていくと景観にも合うような気がするのだが、どうだろう。

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