台湾という国 (正式には国とは言えないが。。) は日本が作ったような国である。旧大日本帝国が清国との戦争に終止符を打った下関条約で、李鴻章 (りこうしょう) に台湾割譲を認めさせたわけだが、台湾を軍事占領する以前の台湾は国と呼べるものではなく、もちろん 『国民』 と呼べる人々はいない。当時の日本は、清国役人が言う 『化外の地(けがいのち)』 であるところの台湾に、インフラ整備を身銭を切って行い (当時の台湾に特産品や地下資源はない)、大日本帝国臣民として日本本土と同等の教育を施した。もちろん日本の国益のためでもあるが、一等国と認められたいという無邪気な明治政府の願望と日本人の親切心である事は言うまでもない。当時は帝国主義の時代である。被植民地の住民に自国民と同等の教育を施すなどは植民地の経営手法として効率としては良いとはいえない。だが日本はやった。それらを台湾の方々は正当に評価されているようで、僕に対し親切にしてくださったようだ。どっかの半島とは大違いなのである。

大陸の建築と日本の伝統建築を見比べた場合、その色彩の使い方には明らかな違いがあるのは誰にでもわかる。大陸系の方々は原色を好むが、日本は原色ではない薄めいた色を好む。神社などの日本の伝統建築の多くは大陸の塗装とは明らかに違う。有名どころのでさえ塗装を全くしていない神社が多い。それには理由がある。
大陸は日本と比べれば良質な木材が取れなかった事に起因するらしい。そのため木目を見せるような日本的な美意識は生まれず、塗装をする事によってそれを補ったようだ。また、木材はシロアリや腐食に弱いという問題がある。それらを防ぐために木材へ塗装をするという意味もあるようである。日本はその逆でシロアリや腐食に強い良質な木材は沢山あった。木材を切っても勝手に生えて来るのが日本の気候であるからだ。また他国よりも日本は植林という意識が強いようで、すでに縄文時代からその痕跡はあると聞く。
もちろん奈良時代から武士が政権を握る鎌倉初期ぐらいまでの建物には、塗装をしている神社や寺が結構ある。それも日本らしくはない原色系の塗装だ。あるお寺などは極彩色の塗装を施され、とても今を生きる僕らからすれば日本的ではない。それにもやはり理由があり、当時ぐらいまで多くの渡来人が海を渡り日本へ大きな影響を与えていた証拠と言えよう。だが、渡来した大陸の方々も世代を重ねることにより、日本的になっていったようで塗装をする事自体をやめ、日本的な素朴な色と木目を愛するようになったようだ。塗装をする事を 『化粧する』 とも言う。この化粧をする文化が日本で発展しなかったのはそんな理由からだと言われている。
塗装をしないのが美しいと考えて来た日本ではあるのだが、その弊害も多い気がする。最近のお家は既に伝統的な作りはしておらず、塗装をかけるお家が多い。だが元来、塗装をする文化的気質を持ち合わせていない国民であるようで、塗装が剥げても再塗装をかけるつもりはあまりないようだ。例えば日本の標識やガードレールの汚れなどは特に目につく。これが塗装が当たり前の国々ではそうではない。しっかりと塗装をかけるし、そのための予算も初めから計上している。僕が住んでいたアメリカなどは塗装をする国柄だ。ありとあらゆる物に塗装を定期的にかける。僕が住んでいたアパートなどは年に1度はどこかしら塗装を入れていた。
塗装にも色々あり、設計をする際には出来るだけ取り入れたいとぼんやり思っている塗料がある。それは塗装をするだけでチョークが使える黒板のような塗料 (黒意外にも沢山の色があります) やマグネットがペタンとくっつく塗料だ。例えばこの塗料を子供部屋やリビング、もちろんキッチンなどに塗装しておけば、子供らは楽しいし、押しピンを使わなくても十分に簡単なメモぐらいは貼ることが出来る。これは使える !! そう思っている。
以前、この塗料を同僚に相談したら、 『そんなのいらんし、飽きるでしょ。。』 と言われた。。だが面白いと僕は思っているし、あの白い壁だけ内装ではいかにも、何も考えてないようで作り手としても不誠実と思う気がしている。だが、塗装は結構高い。一缶の単価は良い品だと結構な値段がするし、職人さんらの給料かて一般の事務員さんらよりも高かったりする。
だが、思うんだ。。自分で塗ってしまえば良いんじゃないかと。。
実は、昨日このマグネットと黒板の塗料について書こうと思ってたんですが。。気が付いたら白の壁紙について書いてました (ついでになぜ白い壁紙が多いのか?も読もう !!) だから国語が2なんだよな。。
良かったら、押しましょう。
長くなってもうた。。
日をまたいどるじゃないか。。
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