栗拾い道具にはサイバチが最適であるのだが、いつもモノを無くす父親がどっかでなくしたので、手元にあった鉄器を手当たり次第持って母親に合流する。母親が落ちている栗をほうきで掃き、その栗の皮を鉄器で剥いて実を取り出すのが僕のお仕事である。腰には蚊取り線香をまいているのだが、田舎のヤブ蚊は気合いが違う。僕はしゃがんで作業をするので、若干だが僕の桃尻はローライズ気味となる。そこを狙って蚊取り線香の煙をかいくぐったヤブ蚊が特攻を仕掛けてくる。気が付けば僕の桃尻はポンカン尻になっていた。。作業をしている間、昔の人はどんな感じで、この栗を採っていたんだ。。とず~と考えていた。。どう考えたってサイバチは最近だよね。。
調べてみたら栗は自然界では弱者にあたるらしく、山栗が自然に ” 林 ” をなす所はないそうだ。つまり人間の手が入って初めて栗が育つということらしい。手を入れるという事は栗林には肥料が欠かせないという事である。実際母親はせっせこ肥料 (主に枯れ葉) をまいている。でなければ土地が痩せて栗が枯れるようである。縄文人にとって栗は大切な食料であったらしく、実際三内丸山の周囲の森はほとんど栗林であるそうだ。また直径 1 m の栗の柱が6本も見つかったそうだ。そんなでかさの栗の木なんか見た事がない。。
いつからかは分らないが、食べ物を与えてくれる栗の木への感謝と畏敬の気持ちが、信仰の対象となったらしく、栗の木を催事用品に用いたり、お供え物としたり、節目に食べる年中行事に取り入れるようになった。秋に取れる栗を正月におせちにわざわざ入れるのはやはり何か信仰的なものなんだろうか。。また戦国時代に出陣に際して食べる縁起物である 『かち栗』 は有名だし、保存食に使える栗は戦場へ持って行かれたようだ。さぞかし戦場で食べる栗はうまかったであろう。また現在では違うが、最近まで線路のレールの敷板には栗が使われていた。栗は柔いが腐りにくいのが特徴である。なので国鉄時代のほとんどの線路には栗の木が使われていたそうだ。これが冬の農家の良い小遣い稼ぎになったようでもある。
夜7時過ぎまで栗拾いはかかった。普段、畑仕事などしない僕などはひぃひぃ言って疲れたが、良い汗をかいたのでちょっと気持ちが良い。 『どれくらい取れた?』 と母親に聞いた。そしたら母親がビニール袋に集めた栗を入れてハカリで量ってくれた。大体5キロだった。まあ、1時間ちょいでこれくらい取れたら十分だろう。母親が言うには僕の町でくり1キロは大体800円なんだそうだ。まあ4000円分儲かったと思えば、それはそれで楽しいモノである。それにお尻の痛みはウナコーワで吹っ飛んだしね。
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栗最高 !!
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