そもそも葬儀に神道が本格的に出てきたのは明治以降だ。元来、日本固有の葬儀がどういった物だったかというのははっきりは分ってはいないが、古事記などに少しだが出ているそうだ。しかし奈良時代の仏教伝来以降、急速に仏式のものが普及した。江戸時代になると、キリシタン対策のための寺請制度により仏式の葬儀が強制され、その後、国学の興隆によって国学者たちが日本古来の精神・文化に立ち返ろうと訴える中で、神葬祭の研究も行なわれるようになり、日本古来の信仰に基づいた葬儀を求める運動がおこり復活したそうだ。その結果、ぽつりぽつりと神式の葬儀が行われ、明治以降になると国家神道が全面に出てきた。調べてみたら1873年には火葬は仏教の教えだという事で、火葬は神道ではダメってなったらしい。大分神道への回帰運動は激しかったと思われる。たぶん廃仏毀釈運動の最中に神道になったご家庭も多いと思われる。また仏教に比べて経費がかからないから神道に帰る人も増えたと聞く。今日の家もそんな理由で神道になったらしい。まあその程度のもんだ。。しかし、仏教伝来以降、明治まで葬儀はほとんど仏教だったわけで、どうも葬儀は仏教に似ている気が僕はする。。
神官さんは儲かるかといえば、そうでもないだろう。僕の同級生も神社の神官さんだ。その神社はそれなりに大きいくて由緒あるものなんだが、大変だと言っていた。その子は一人っ子だったためしょうがなく継いだらしいのだが、神社の維持管理費というのは馬鹿にはならんらしく、そして収入もそれほど多くはない。毎日のように掃き清めなくてはならんために、けっこう大変なんだという。
福岡には太宰府天満宮という藤原道真を祭った大きな大きな神社がある。ここは学業成就の神様と知られる場所だ。毎年受験シーズンなどになると多くの受験生やその親御さんなどが訪れる場所なんだが、ここの神官さんの息子さんは大変なんだそうだ。さすがに学業の神様の神社。その神社の子供が受験で落ちたとなると家業に関わる。なのでめちゃくちゃ勉強させられたとラジオか何かで聞いた。
やっぱり神官さんとこも大変なのね。。
良かったら、ご協力下さい。
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