だがやはり本物はどこか品が違う。空気が澄んでいるのである。休館日なので家の開口部を雨戸がぐるりと締め切っている。よって中は見えないのであるが、さすが元藩主さんらが住んでいた家だけあって素晴らしい質感だ。もちろん当時としても良い部材を使っているのであろうが、どうも漂う空気にマイナスイオンが出ている。その家はたしか10畳の和室に広縁があり、湯殿とトイレに玄関とミニキッチンがある程度の家なのだが、その開放的な日本の家の良い空気感がとても品が良い。こんな良い家を僕ら日本人は大事にしてきたんだと考えるだけでも嬉しくなる。そんな建物である。ふと町並みを見渡せば、もちろんそこは現代の家々。僕的にはこっちの数寄屋の方が、古い(昭和60年代に補修されているが、作られたのは昭和の初めらしい。。)が、こちらに住みたいと思った。
だが帰り道に現実にふり戻される。だがあれを作ったらやっぱり寒いしな。。蚊が入ってくるよな。。とは思うが、そこは設計のチカラで乗り切らねばならないと思った。また同時に、帰り道にある現代の家々を見てどうしてこう変わったのだろうかとも思った。だがそれが悪い家とは思わない。
戦後日本は一生懸命、今まであった家を潰してきた。その証拠に戦前の貸し家率はとても高い。だがその率は現代の海外とは変わらない。ベビーブームもあっただろうし、建築産業の発達もだろう。試行錯誤し現代の家となったわけだ。そこには以前にはなかった断熱などの新しい技術も入ってきたし、海外からモダニズム建築という考えも入ってきた。いかにシンプルに既成の物を使い、安くて良い品質の家を作るかに気を配りながらやってきた到達点が今の家々である。もちろん戦前の家と比べれば今の家の方が住環境としては格段に良い。
だが現代の家々は昔のように花鳥風月を楽しめるような家は少ない。そもそもそのような目的では家自体を作らないのがその理由だ。だが、 『美の壷』 という番組がある。今は無き谷啓さんが出ていた頃のお家は、それはそれは立派な日本家屋であった。その番組は結構長く続いている。という事は多くの方々がその番組を見てうっとりしているのだと思う。僕のそのうっとりしている一人だ。僕だけではない。多くの設計屋は、 『ああ~いいな~あんなお家を設計したい』 と以前、話していた。どうも近頃、日本回帰が進んでいるようでそんな質問を受けることが増えてきた。僕が設計の世界に飛び込んだ10年前とは明らかに違う家を最近は求められる。町の質感や景観を高めるためには良いことのような気がする。
さてどのような形になるのか、考えねば。。既にぼんやりとだが浮かんでいる。。だが沈む気もする。。その繰り返しで家はカタチになっていくものだとは思っている。
よかったら、押して下さいね。
さあ、お仕事がんばろう。。
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