2012年10月7日日曜日

嗚呼、青春のラジオ番組。

   僕が勤める工務店は日曜日がお休み。祝日や土曜日はがっつり出勤のため、今日しか体を休める事は出来ないのだが、現在引っ越しを模索中の僕としては、家でぼ~としているわけにはいかない。不動産屋めぐりをせないかんので出かけて来た。しかし、ここは宮崎の田舎町。多くの不動産屋さんの前には 『本日はタッチパネルのみの営業となります♡』 という看板が立っていた。この根性無し!と、ちょっとだけ思いながら他の不動産屋さんをどさ回りしてきた。回ってみたもんの良い物件はなく、くたびれてしまった。しょうがない、ラジオでも聞きながらドライブでもするか~と、車を転がした。目的地は 俺の石巻小学校♡』 である。ラジオ音楽を聴きながら、快適なドライブとなった。

   以前、僕はラジオ番組を持っていた。場所はアメリカのカリフォルニア。僕がアメリカに留学した19の夏に始めた。好きでラジオ番組をやり始めたわけではないが、気が付けば26歳までやっていた。僕は留学したのは良いのだが、恐ろしい事に一文無しになってしまった。なぜなら母親にVISAカード送ってと頼んだら、郵便局のカードを送ってきたからだ。よって本当の一文無しの留学生。惨めというレベルでなく、煙草を拾って吸う生活。もちろん食べるものもなければ家もない。飯や住む所を知り合いに提供して頂き、生き延びた。いわば100%のヒモ生活だ。遊びに使う金など無いので、借りたギターを公園で弾いて小銭を町の人々にせがんでいた。そしたら声がかかった。You look like wanna have job..(仕事欲しいのか、この貧乏ったれ!)と言われ、カチンと来た僕は言い放った。Yes, please!(お願いします、旦那はん!) 気が付けば楽器屋さんのギター販売を始めた。この楽器屋さんがラジオ番組に楽器を提供していた。そんな関係で、暇な時(&腹が減った時。。)はラジオ局に行って物乞いをしていた。だが気が付けばラジオ制作に手を染め、気が付けば番組を持っていた。恐ろしい事に英語も片言なのにラジオ番組をもつはめになった。。

   ラジオ番組と言っても商業ラジオではない。どちらかと言えばコミュニティーラジオ局だ。よってリスナーなんてたかがしれている。だが僕らがやっている番組は妙なファンがいた。アメリカという国は言論の自由を非常に大切にするため、ラジオで自分のアイディアを披露したり、スピーチしたりできる。またそれだけ流す放送局がある。これは公的資金が入っているため、商業音楽などは流してはならない。よってだれも出ない日は、自分たちでネタを考えねばならない。音楽だってどっかからアマチュアを呼ばねばならないし、出演者が全くいない時は自分らで音楽を作るしかない。しかし、公的資金が入っていると言っても微々たるもの。予算なんか殆ど無い。よってスタッフの給料などは寄付金からまかなわれていた。なので総じてみな貧乏。あと何故か頭がおかしい。いつもピンクのパンツが丸見えのミニスカートを履いている受付嬢(別の日はストリッパー)。プレイボーイ誌しか読んだ事が無い海兵隊の隊員に、世の中の事を何も知らないのに、知ったかぶるFストリートの飲み屋の親父。3年以上風呂に入っていない本物のヒッピー(童貞)。彼は一部の人間からは魔法が使えると信じられていた。。ろくな人間がまるでいない。。

   頭の悪い人間がそろっているので、もちろん番組も総じて頭が悪い。ある日のテーマは、『飲み屋の親父と語る2000年問題』 もちろんめちゃくちゃだ。アホなもんだから、2000年の1月から21世紀だと本気で思っていた。よって2000年問題とは 『welcome 21st century party』 の予算を獲得する難しさの事だとず~と語っていた。2時間もである。ダテに自分のお店で、世界一早い21世紀パーティーを開いただけはある。。(実はみんなでず~と騙してました♡まあ僕も参加した一人だが。。)

   ある時、こんな客が来た。番組中だろうが客が来る妙な番組なんで、何かご用?と聞くと、失恋したんで日本語でタトゥーを入れてくれないか?と言われた。彼女曰く、日本語でタトゥーを入れたいのだが、日本人の知り合いがいない。なので僕の番組に来たという事だ。後ろを見るとタトゥーの店の店員も一緒だ。何て入れるの?と聞けば 『I'm not gonna love anymore !』 直訳すると、『もう二度と恋はしない!』 よって公開ラジオタトゥーのコーナーは始まった。僕が安いボールペンで彼女の腕に書いた 『もう二度と恋はしない!』 をタトゥー屋の兄ちゃんが彫る。ラジオは、ウーウーうなる音声のみ。童貞のヒッピーは泣き出すし、海兵隊員は空気も読まず、その女を口説いていた。

   これが実にうけた。多くの人から日本語でタトゥーを入れて依頼が来るようになり、僕も多くの日本語のタトゥーをボールペンで書く事となった。時はイラク派兵寸前の事。多くの米兵に、 『武運長久』 と入れてあげた。彼らは無事に母国へ帰れたんだろうか?そんな事を思い出しながらドライブとなった。

   しかし、妙な青春を送ったもんだ。。

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3 件のコメント:

  1. なんと…ラジオのDJまでなさった事があるのですね? アグレッシブですね(^-^)

    ラジオは私もよく聴きます。
    車の中や、休日の昼下がりにはだいたい聴いてますね。
    特に木村つづくさんのハイブリや、シローさんのミミコイ、日曜日の密会ラジオ…

    あの二人の絶妙に噛み合わないセッションは最高です。

    あとは、女優木村たえが、小説を朗読する土曜日の昼過ぎの番組とか、日曜夕方5時からの、喫茶店に作家さんとかいろんなゲストが来て語る番組とか。

    高校生の時は、深夜のジェットストリームが子守唄でした~

    今朝も早朝出勤ご苦労様です。
    私も休日は早朝の澄んだ空気を浴びながらウォーキングですよ!

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  2.  決して好きで始めた訳でもなく、かっこいいラジオ番組ではありませんが、妙に人気はありました。大学教授もちまわりのカラオケ大会や、もてないヒッピー(童貞)の男を磨く旅(ナンパ)、何にもわかっていない飲み屋の親父の知ったかぶり政治討論会。近くであったエアロスミスのコンサートを実況中継(盗聴)など、ほんとに頭のわるい番組でしたが、毎週水曜日に2時間もやってました。まあよう怒られんかったもんです。。アメリカだから出来たんでしょうが。。

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  3. 良いですね、朝方のウォーキング。
    僕は一日中、外壁を作ってました。。
    ランナーズハイならぬ大工さんハイになって、へらへらしながら釘打ちをしてました。
    釘を丸一日打っていたら、これが妙にテンション上がるモンなんんです。
    普段はパソコンのお仕事が多いのですが、人が足らないんで。。

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