だが空き缶は空き缶でなくては困る場合もある。僕の家は小学校から4キロも離れていたため、帰りの道は本当にやることがない。これが空き缶が落ちていたら、僕らクソガキはほっとかない。すぐにサッカーが始まる。缶を蹴る行為はどうも集中できるようで、ず~と家に帰りつくまで一心不乱に蹴りまくったもんだ。もちろん田舎の道なので、車なんて10分に1台通るかな。。ぐらいの交通量なので危なくはない。またよく公園などで集まりがあるとすぐに僕らは缶けりなどしたものだ。だが、よく考えてみると最近は子供らが缶蹴りをしているのを見ていない。だよな。。やってないよな。。
別に考えても意味のないことだが、なぜ子供らは缶蹴りを辞めたのか考えた。まず、子供がいない。。僕が小さいころは、同じ集落に缶蹴りができるほどの子供は当たり前にいたのだが、今は田舎と言えども少子化がハンパない。缶蹴りに参加できるほどの人数がいないのだ。それは、僕らの同年代が結婚できるほど給料をもらっていない(同級生の結婚率3割以下。。)のと、儲けが出ている人間は都会に行ってしまった。。また子供らも塾などで忙しく、僕らが子供の頃よりも時間がないのは確かだろう。第一空き缶が落ちていない。これは日本人が礼儀正しくなったのか、また僕のように空き缶拾いで嫌な経験を持たされたからかはわからない。またコンビニが多くできたというのも理由の一つだろう。コンビニのごみ箱を見ると『家庭ごみの持ち込みはご遠慮ください』などと書いてあるので、持ち込まれるのはイカンのだろう。だがあれはあれで空き缶が落ちていないことを考えると、景観美化には役立っているという事かもしれない。もちろん僕は良い子なのでコンビニには捨てずに持ち帰っているため、いつも机の周りは空き缶だらけなのだが。。
だが子供らが缶蹴りをしないってのも、少し悲しい気がせんでもないな。。
缶を蹴った時のあの放物線は、たまんないんだがな。。
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今日もインスペクション頑張ろう。。
図面も書かねば。。
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